バイクとバイバイ(卒暁後)

 どうやら、バイクを知り合いに預けていたらしい。先輩がオイル塗れで戻ってきた。服も行ったときと違う。借り物の作業着を着ていた。
「っと、わりぃ! 来ていたのか?」
「忘れ物があったので。というか、渦のバイク?」
「んっ、知り合いに預けてたんだよ。あれ以来、滅多に乗ってねぇけど」
「ふーん」
 メンテナンス工場を覗こうとしたら、先輩にグッと肩を押される。そんなに接近されるのが嫌だったか? 距離感を見たくて顔を覗き込んだら、先輩はキュッと目を閉じていた。真一文字に閉じた口がうねうねと動いて、よく見たら顔が赤くなっている。
「作業の邪魔だ」
「先輩は? お邪魔してたのに?」
「今は休憩中だからいいんだよ」
「それ、先にいったのと矛盾してるの、気付いてます?」
 すると、胸を張った先輩がムッとした顔で私を見た。
「仕事中だ」
「下手したら営業中ですよね。それ」
「いいんだよ! 知り合いのやってるとこだし、端で弄ってる分にゃあ問題ねぇよ」
「経営してるんですか?」
「親がな。家業を手伝ったり引き継いだりするヤツが多いんだよ」
「へぇ」
 つまり、北関東番長連合の繋がりと。スッと先輩に近付いてみて、スッと作業着の襟元を掴んでみる。チャック式だ。胸ポケットに、この工場の名前が刺繍されている。チラッと先輩の顔を盗み見すると、顔を真っ赤にして視線を天井へ逸らしていた。必死にこちらを見ないようにしている。
「なんですか」
「いや、それはコッチが聞きてぇよ」
「へぇ、なんですか」
「わかってて聞いてるんじゃねぇのか?」
 呆れたように聞いてくる。けど、服を掴んでる手を外そうとはしない。グッと顔を近付けてくる。
「妬いてんのも、可愛いけどよ」
「えっ」
 ドキッとして思わず手を離す。少しだけ距離を取った。危ない、先輩に気付かれるところだった。自然と頬を隠し、熱さを両手に伝わせて、熱を逃がそうとする。少し様子を見れば、先輩も同じように赤かった。ジト目だけど。
「ちょっと、そこで待っててくれねぇか? すぐに終わるからよ」
「あ、うん」
 こっちまでタジタジになってしまう。そう顔を赤くしたまま視線を逸らされてもな、近くにあったベンチに座る。客用だからか、座面がフカフカだ。カウンターの方には誰も立っていない。まぁ、家族経営の小さなメンテナンス工場だ。恐らく、お母さんが接客と会計を兼用しているんだろう。多分、簿記とかの知識も持ってそうだな。(先輩と店、やるとしたら)(その辺りの知識も必要なんだろうなぁ)お店といっても、こんにゃく作って出来立てを売る、ってのが強そうだけど。
 店の壁にある時計を眺める。一分、二分、五分、七分と経って、十一分の時間が過ぎようとする。細い秒針が次のメモリに行く前に、先輩が工場から戻ってきた。まだ作業着で、顔にオイルの汚れが付いている。
「わりぃ! すぐに着替えるから待っててくれ!!」
「うん」
 まぁ、ここまで一番に考えてもらえると、嬉しい、気がしないでもない。カァッと顔が赤くなるので、工房の出入口から顔を反らす。先輩はもう、着替えに戻っていた。(それにしても、どこでやるんだろう。ロッカーとか?)他に従業員がいるなら、あるはずだ。お爺ちゃんの整備員が何人かチラホラ見えるし、多分あるだろう。あまり使われてなさそうでもあるけど。そう構造について考えてたら、先輩が戻ってきた。行ったときと同じ服だ。でも、顔の汚れがまだ取れてない。
「わりぃ、待たせたな。行こうぜ」
「あ、うん」
 少し背を伸ばして、先輩の顔に手を伸ばす。先輩が気を利かして屈んでくれたけど、手の動きに気付くと、顔をムッとした。ジト目で呆れたように、こっちを見てくる。
「それ、濡らしたのでやった方が早くねぇか?」
「そうだけど」
「お前の手が汚れちまうだろうが」
 そういわれて、手を外された。そんなことをいわれると、とても恥ずかしくなってしまうのですが。それは、と思っていると、外との出入り口に人の影が見えた。ちょうど店の前である。振り向くと、誰かがバイクを押して歩いていた。
「あぁ、心配ねぇよ。元舎弟だ。ほれ、北関東番長連合の」
「あぁ、その人のだったんですか」
「女かと思ったか?」
 ニヤッと先輩が意地悪く聞いてくる。
「そんな予定があるんですか?」
「ねぇよ」
 間髪入れず聞いたら、即座に断ってきた。とても不愉快そうな顔である。嘘を吐くのではなく「そんなことを思われて、心外だな」といわんばかりだ。頭の後ろで手を組んで、店の外へ向かう。そんな先輩の背中に、続けて尋ねた。
「じゃぁ、私が聞いたらどうするんです?」
「あ?」
「男の人の元に訪れてたら、って」
 そう意地悪い質問を同じように返すと、クルッと先輩が向きを変えた。私に正面向いて、ズカズカと歩いてくる。目と鼻の先に立つと、真っ直ぐ私の目を見ていった。
「絶対ぇ、やだ」
 まさかの子どもである。幼い子みたいに、駄々を捏ねた。(人には聞いた癖に?)と思いながら、影を落としてくる先輩を見上げる。「そうですね」とだけ返した。
「私もですよ。そういうことです」
「はっ? そ、そういうことって、どういうことだ!?」
「さぁ、て。ご自分の頭で考えたらどうです?」
「おいおい」
 ギュッと先輩が腕を掴んでくる。さて、なんだろうか? 引き留めた先輩を見上げる。
「お前の口からいった方が、安心できることもあるだろ? って、そうじゃなくてだな」
「は?」
「お前、ここまで徒歩で来たのか?」
「まぁ、はい」
 先輩だって、ここまで徒歩で来ただろうし。まさか、チャリに乗ったとか? そうぶっきらぼうに返すと、先輩がホッと胸を撫で下ろした。
「じゃ、乗って帰ろうぜ。ちょうど、メンテナンスも終わったところだしよ」
「へぇ。ヘルメットはあります?」
「勿論。買ったぜ? 自腹で」
「つまり警察に補導される心配はないわけですね、安心です」
「おう。まぁ、これもすぐにお別れだけどよ」
「えっ?」
 突然の言葉に、頭が固まってしまう。(えっ、別れ? えっ?)頭がグルグルしてしまうけど、先輩は元舎弟と会話を一言二言で済ませるし、固まる私にヘルメットを被せてくる。仕舞いには、ちゃんと被ったか確認をしてきた。カチャっとバイザーを上げてくる。そこで私の顔をちゃんと見たからか、ギョッとした顔をしていた。肩を掴んで、キョロキョロと辺りを見回している。そこに原因がないと見ると、おろおろとし始めた。「えーっと、なんだ? あー、その」「は? つまり、はぁ?」などと、一人で百面相や会話をし始めた。ダラダラと冷や汗が出ている。もしや、脂汗? グズッと鼻を鳴らしてたら、先輩が恐る恐る尋ねてくる。
「あーっと、もしかして。そんなに、コイツとの別れが惜しかったのか?」
「グズッ、こいつって?」
「この、バイク。ほら、一緒にニケツしただろ?」
「そういえば、そうですね。グズッ、うぅ」
「泣くなって。お前を売るわけじゃねぇんだぞ?」
「はぁ?」
「ちょっと、コイツを処分することにしてよ。まぁ、売りに出すんだけどな。整備に使った部品は、ちゃんとコイツん家に払ったぜ。そこは安心しろ」
「なら、安心ですね」
「だろ?」
 視界がぼやけて直視はできないが、ニカッと笑ったことはわかる。先輩の声色はわかりやすいから。息を止めて涙を止めていると、ヘルメットに入った先輩の指が涙を掬った。
「で、最後にタンデムを一緒に楽しむかって思ったわけよ」
「初代、それだとまた誤解されるんじゃぁ」
「ごご、誤解されねぇよ!?」
 先輩が慌てたように返した。思い当たることも多いせいだろう。自然と涙が引っ込んだ。
「そうですね。先輩って、言葉足らないところが多いですし」
「おい」
「ほら、行きましょう。運転、してくれるんですよね」
 先に後ろのシートに乗る。ちゃんと二人乗りに合わせたパーツだ。トントンと操縦者のシートを叩いたら、先輩がぶっきらぼうな顔になる。ムッとして、素っ気なく答えてきた。
「おう」
 と一言だけいって、ヘルメットを被る。すぐにバイクに跨って、エンジンを駆け始めた。大きく排気管が震え出した音を聞いて、先輩に抱き着く。ギアを上げて、ペダルを踏む。一連の動作をすると、先輩が元舎弟にいった。
「世話になったな! もし予定より多かったら、そっちにいくらか入れておくぜ」
「いや、恋人さんの機嫌を取る方に使った方がいいっす」
「テメェは本当に一言が多いな!?」
 先輩のツッコミが炸裂した。どうやら、北関東番長連合にも、本能字学園と引けを取らない個性的な人物がいるようだ。
 斜めになったバイクが起き上がる。ブゥンと勢いよく走り出した衝動を受けて、ギュッと先輩に抱き着いた。本能字学園よりお世話になった足は、今日でおさらばとなった。


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