さなげやまは悶々とする(卒暁後)

(そういや、今日はホワイトデーだったか)
 いっておくが、今年のバレンタインなど貰っちゃいない。店も繁忙期だったこともあり、忘れる気持ちはわかる。だが、俺としちゃぁ、忙しい中でも忘れてほしくなかった、っつーか。ぶっちゃけると、すっげぇほしかった。今年一年のやる気も、普通にぶっ飛ぶ。それを見てか、千芳がキスをしてくれたもんだが、いやいや。そうじゃねぇだろ。やっぱ好きな奴からのチョコはほしいに決まってんだろ!? ──バレンタインのお返しはホワイトデー。ホワイトデーはバレンタインデーに貰ったことが前提となるが──このまま行くと、その延長で忘れられそうだ。っつーか、されてたまるか! よって、俺は買う。(たまたま、遠出していて助かったな)恐らく、近所に出かけたくらいじゃ買えなかっただろう。アイツの舌を満足させるにゃぁ、少しは足を運ばなきゃならん。ネットで手頃な店を探そうとするが、やめとくか。アイツの好きそうな店を選んで買った方が早い。(とはいえ、やはり『行列ができている』となりゃぁハードルは低いか)少なくとも、千芳に文句をいわれる可能性も、いや。待てよ? ありっちゃぁ、ありだな。千芳のヤツ、文句をいったら「ったく、もう。今度から一緒に行きますからね」とかいうもんな。どっちにしろ美味しいか。よし。この辺りに適当な店はないか探して、っと。犬牟田さん曰く「SNSでバズっているものだと当たりが大きい。但し口コミやレビューが同一人物でないかサクラでないか要注意」といってたもんな。ちょっと俺のアカウントで調べてみるか。
(なんっつーか、個性的な奴が多いな? ホーム飛んでも、中に人間がいるとしか思えねぇ。百人百色だろ、これじゃぁよ。あーっと、つまり信憑性があるってことか?)
 クソッ、千芳がいたらすぐさま聞けたものを。どうするか。ここから歩きゃぁ、着くには着くもんだが。これで本当にアイツが喜ぶか? いや、ワンチャン地下鉄で買うのもある。観光客目当てで、有名どころが並んでいるはずだ。そっちの方が早ぇ。駅前まで出ていて良かったぜ。改札付近の階段を下り、広いフロアを歩く。この辺りじゃ、ねぇな。おっ、テディベア。しかし、アイツは欲しがるか? それよりも犯し、いやいややめろ、やめろ。そういったのは合意の上でやるもんだろうが。いや、アイツの場合は別に、そういうプレイでも受け取るんじゃ、あー、これ以上考えるなッ! 俺!! 他のことでも考えねぇと、気が紛らわせねぇ。
(おっ、下着)
 いや、ここ女性コーナーじゃねぇか。俺がいたら場違いだろうが。なにも千芳にそれを着てほしいとか着せてぇとか、そういうんじゃねぇし。そもそも買うより通販で千芳にサイズを聞きながらの方が──。ふむ、これ以上ここにいるのはヤバいな。そそくさとこの場を去るしかねぇ。無心で歩くと、大通りみてぇなところに出る。この辺りになると、食い物ばかりが並ぶはずだ。猿投山こんにゃくは、っと。ねぇな。まぁ、お土産やコンビニ、スーパーみてぇなところには並んでるから良しとするか。この辺りのことは、兄貴と相談しねぇとな。千芳にも、先に聞いた方がいいだろ。中華まん、肉まんも美味そうだなぁ。冷凍がデフォだし、それも帰りに買っておくか。お茶漬けもいいな。夕食や朝飯の時短になる。千芳も喜ぶだろ。
(って。そうじゃねぇだろ、俺! 千芳に渡すデザートを買うんじゃなかったのか!?)
『デザート』なら、洋菓子でもギリいけるんじゃね? いや、それだと千芳が気付かねぇどころが「なら、今度からケーキにします?」と言い出しかねない。そうじゃねぇ。そうじゃねぇんだよなぁ。はぁ、とデカい溜息が出る。適当に歩いて物色していると、良さそうなモンを見つけた。
(おっ。これは中々いいんじゃねぇの? きっと喜ぶだろ)
 そうと決まりゃぁ、早い。幸い、並んでいる人数は少なそうだ。俺の番が来るまでに、なにを買うか決めるとしますかね。
(って、なにがいいんだ?)
 よく考えりゃぁ、同じモンしか返していねぇ。チョコを貰ったらチョコをやってるし、手作りケーキとくりゃぁ晩飯の準備だな。俺が飯を用意して、片付けを一緒にやったあと、風呂に入って乳繰り合って、いやいや。俺が得しているだけだろ!? っつーか、今それを考えんなっ!! 息子が反応しちまうだろ!? 俺が通報されちまうだろ!? しっかし、本当身体が正直だな。半勃ちギリギリなのが助かったのか、泣くべきなのか。
(蟇郡の場合だと、どうなるんだ?)
 おっ、萎えた。サンキュー、蟇郡。並んでる菓子を眺めると、解説付きのがあった。
(ほうほう。なるほど、なるほどね?)
 ──いちご味は『恋・結婚』、レモン味は『真実の愛』、ぶどうは『酔いしれる恋』で、りんごは『運命の相手』。ミカン(オレンジか?)は『幸せな花嫁』でメロン味が『素敵なデート』と──。
(少なくとも、ぶどう味は除けてもいいか。他の味は、千芳にあげても問題はなさそうだっつーか抱きてぇ)
 ぶっちゃけ、抱けてもいねぇ。疲れマラってヤツも全然役にも立たねぇし、いざ本番! ってときに疲れ果てちまう。その癖、夢精や朝勃ちばかしはしっかりとする。
(こうなったら、アイツに『朝に襲っても構わねぇぜ』っていうべきか?)
 そもそも、アイツがやるか? いや、やるかもしれん。いやいや、やっぱやらねぇかも。(わかんねぇ)全てアイツ次第じゃねぇか。と、悩んでるうちに俺の番に来ちまう。やべぇ。全然決まってねぇ。店員が「なにになさいますか?」って聞くが、全然わからん。なんだ、女の好みって。一層のこと、千芳に聞いた方が早ぇと違うか。
(いや、待てよ?)
 同じ女っつーことで、なにか教えてくれるかもしれねぇ。餅は餅屋、こんにゃくはこんにゃく屋にだ。千芳も「その道の人に聞いた方が早いですよ」というし、このくらいで嫉妬はしねぇだろ。いや、やきもちを焼いてたら焼いていたで、可愛いが。抱きてぇな、チクショウ。破れかぶれだ、店員に洗いざらい吐くことにした。
「実は、好きなヤツへどうお返しをすればいいのかが、わかんなくて、とりあえず来てみたはいいものの、どーにもわかんなくて。いったい、どれをあげれば喜ぶんですかね?」
 クッ! こう他人へ話すと恥ずかしいな!! 店員も「まぁ!」と高い声出してやがるし、クソッ。いったいどういう感情だ、これ。カーッと耳まで赤くなる。穴があったら入りたい俺に構わず、店員はベラベラと話し出した。「その好きな方は、これとかお好みですか?」「もしくはこういうものも良いかもしれません」「オススメはこれですよ」「本命ならこういうのもいいかと」「マカロンには特別な意味があって」ベラベラと喋るなッ!! いってることが、まったくわからん! っつーても、直に怒鳴れるわけでもねぇ。グッと羞恥心を押し殺す。店員のいってることはわからんが、とりあえずどの点とどの点が大事なのかだけはわかった。
「えーっと、ここで一番美味ぇモンって? どれっすか」
 こうなりゃ自棄だ。ここにあるモンは、全部変な意味は持たねぇ。しかも店員に選ばせば、なんだ? 本命にちょうどいい意味合いを持つモンになるはずだ。ということは、だ。俺が下手に選んで千芳が変な誤解を持つこともねぇ。互いにwin-winというわけだ。っつーか、やっぱ抱きてぇ。今夜抱けねぇかな。抱けねぇと困るんだが。普通に互いに触って終わりじゃぁ、なんというか、やっぱ欲求不満が残るだろ。不完全燃焼にも近ぇし。
 店員に選んでもらったのを、俺は買う。まぁ、いくつかピックアップされた中で選んだんだ。俺が選んだことに変わりはねぇはずだ。来た道を戻って、家に帰る。鍵は当然のように、掛かっている。当たり前だ。防犯の意識は大切だからな。「たでぇまぁ」と気だるげに声をかけりゃぁ、奥から「おかえりー」と眠そうな声が返ってきた。(眠ぃのか)寝込みを襲うのは、まぁ有りか。千芳の様子を見て、判断するとしよう。靴を脱ぎ、スリッパを履く。おっと、忘れずに鍵もかけねぇと。チェーンもかけて、リビングへ向かう。(今日、風呂でも入るかね)千芳といちゃつきてぇし、一石二鳥だろ。リビングへ入ると、クッションを抱えて寝転がる千芳がいた。テーブルにはタブレットとキーボードがあり、カーペット──千芳の手元にはスマホがある。恐らく、休んでいたんだろうな。疲れ気味の千芳が、俺を見上げる。
「買ってきた、んですか?」
「おう。ばっちりとな」
 出かけた本命の分は、既に入手済みである。っつーか、話はそこじゃねぇ。起き上がろうとする千芳の横に座り、もう一個の本命を出す。出されたものに驚いたのか、眠そうな千芳の目が、二回瞬きをした。重い瞬きじゃねぇ。本当にびっくりしたヤツだ。
「これ、って?」
「やるよ」
 咄嗟に「キスがしてぇ」って口を塞いだ俺、偉くねぇか? んなぶっきらぼうな言葉でも伝わったのか、千芳が「ありがとう」といって受け取る。
(あっ、キスがしてぇ)
 ただでさえ、最近まともに触れちゃいねぇ。っつーか、今から、タイミング掴むのか? 今から。千芳が俺より小さい手で包装紙を解く。(あっ、抱きてぇ)(押し倒してぇな)(駄目か?)(俺より、いや抵抗するか? あぁ、今は俺の方が力強ぇんだっけか)(そもそも、本能字学園にいた頃から無抵抗だったはずじゃ)(そうだったか?)(わからん)(っつーか、そもそも抱きてえ)いや、これ座禅した方が早ぇな。一〇八つの煩悩どころじゃねぇ。
 じっと千芳を見る。俺の葛藤を知らず、呑気にクッキーから食いやがった。
(クソッ。今すぐむしゃぶりつきてぇ舌を絡みてぇ)
 ジッと千芳を見ることしかできねぇ。今度はマカロンを食い始めた。あーあー、あーあー、あー、もう抱きてぇなぁ。
 千芳が「抱いてもいいよ」というのは、いつ頃になるんだ? そう引き出した方が早ぇんじゃねぇのか。っつーか、やっぱり抱きてぇ。
(まともに考えられねぇな、こりゃぁ)
 据え膳どころか、とことんお預け喰らってる。んな中じゃ、まともに考える方が無理だろ。動く千芳の唇しか追えなかった。


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