マシュマロの不意打ち

 マシュマロが安売りされていたので、噂のマシュマロトーストとやらをしてみる。「先輩、食べてみます?」と聞けば「おう、頼むぜ」と返ってくる。二人分の食パンを用意し、まずトースターでじっくりと焼く。焼き目がついて硬さを持ってきたら、熱々のうちにマーガリンを塗った。(ちゃんと端まで塗らないと)バターやマーガリンは、小麦粉の類とよく合う。ご飯にだってそうだ。お米。またあのジャンキーな味わい方をしたい。二枚分塗り終えると、そこにマシュマロを敷き詰めた。けれど、レシピによると『端は余分に残すように!』とある。膨らむのだろうか? とりあえず、その助言に従う。カパッと、冷蔵庫の開く音が聞こえた。
「こんにゃく、乗せてみるか?」
「いいです」
 少なくとも、こんにゃくは歯応えがプリっとしていて、ゼリー状でもない。対して、マシュマロはトロリとした感触だ。チョコレートラテを作るついでに、マシュマロを乗せて温めたのだから合う。こんにゃくと熱したマシュマロは、なんか混乱する。想像できない。「そうかよ」と先輩がションボリするけど、今は未知のこんにゃく探究に付き合う余裕はなかった。
 もう一度トースターに入れる。設定温度は低めに調整して、時間を短くした。これでマシュマロに熱が通るはずだ。
「口直しにこんにゃくとか、必要じゃね?」
「どうして、そうこだわるんですか。失敗しませんよ」
 そもそも口直しにこんにゃく、って。いや確かになるかもしれないけど。なんというか、どうしてこんにゃく。「とりあえず茹でておくか」といいながら、鍋も取り出さないでほしい。
(いや)
 味付けこんにゃくを作る分には、いっか。そう思いながら、レシピを探す。こんにゃくの味付け、こんにゃくの味付け、あった。出汁を染み込ませた方が美味いと。そりゃ当たり前だ。先輩の口癖や言い方が移っていると、チンとトースターが音を出す。どうやらできあがったようだ。先輩がいう前に、中身を出す。
(うわぁ)
 マシュマロに焦げ目がついていた。どうやら焼きすぎたようである。トースターの端に出来上がった黒焦げのガードを、三角コーナーへ捨てた。
「焦げてんなぁ」
「魚の焼き目と似たようなものですよ。はい」
「わりぃな」
 サンキュー、と軽く礼を伝えてきた。どうやら、こんにゃくを千切り終えるまで食べないのらしい。私だけ先に食べた。パン皿で受け皿を作る。手頃な端の方から、パリッと食べた。
「ん」
 中々に美味い。マシュマロの表面に焦げ目がついたからどうしようと思ったが、案外無事だ。焦げ目のないときと変わらない。トロリと伸びて、甘さの味わいが深い。先輩がこっちにくる。サッと退いて、場所を譲った。もう一口食べる。先輩は手を洗って、鍋に水を入れた。それをコンロに乗せて、沸騰するまで待つ。その間に、先輩がマシュマロトーストを食べた。焼いてからそんなに経ってないので、まだ熱い。熱さも最初から、猫舌の先輩でも食べられる温度だ。「んっ」と先輩が声を漏らす。食べ終えてから一言「甘ぇな」と口に出した。
「そりゃぁね、そうですよ。なんだって、元が『マシュマロ』ですから」
「あれが、こうねぇ。どういう反応が起きたのやら。こういうの、流行ってんのか?」
「いいえ。食べ方を検索した際に、色々と」
「ふーん」
 興味なさそうな反応だ。それでも残すのは勿体ないのか、大きな一口でトーストを食べた。ガブリ、と。トーストから先輩の口に向かって、マシュマロが伸びる。これにビックリしたのか、先輩の目が丸くなった。マシュマロの糸が切れる。口に入れた一口をモグモグと食べて、先輩が口を開いた。
「納豆みたいに伸びたな。これ」
「いわないでください」
 確かに、それに似てるなとは思ったけれども。納豆とマシュマロとじゃ大違いじゃないか。
「なんか、食いたくなってきたな。納豆」
「それじゃぁ、どうぞご勝手に。勝手に食べれば?」
「んだよ。普通に白い炊き立てのご飯が必要となるじゃねぇか。それと、こんにゃくだ!」
「別に玄米でも五穀米でも、稲から収穫した実であれば、なんでも合うと思いますが?」
「よく噛まなかったな、お前」
「うるさい」
 そう簡単に噛むとでも思うなよ? と視線で威圧をかけながら、もう一口食べる。クソッ、本当に納豆を食べたくなってきた。まさか、こんなところで空気の読めなさが発揮するとは。読めるわけ、ないじゃないかっ! と、先輩の読めなさに腹を立てた。食べ終える。先輩を見ると、まだ食べていた。
(あっ)
 よく見たら、口に溶けたマシュマロがついている。けれど、マシュマロはマシュマロだ。ふんわりとしていて、味があるのに空気みたいな軽さを持つ。触感だけではわかりにくいだろう。「先輩」と呼びかける。「あん?」と先輩が視線をこっちにやった。
「ついてますよ。白いの」
「はっ!? マジかよ」
「いや、違う。そこじゃなくて。あぁ、もう屈んでくださいよ」
「クッ! まさか、この目を以てしても見逃すとは!! すまん、頼む」
 意外と変なところで素直だなぁ、もう! 律儀に両目も瞑ってくるところから、なんかその、うん、あれ。変な悪戯心が芽生えてくるな、なんとなく。普段から、先輩にそういうことをやらされている分もあって、余計に。
 先輩の手からマシュマロトーストを退かす。「念のため、戻しておきますね」と皿に移した旨を伝える。「おう」と返事が返ってきた。まだ両目を瞑っている。律儀な。と思いつつ、実行に移した。ガッと襟首を掴んで、先輩の屈んだ上半身をさらにこっちへ近付ける。「あ!?」「なんだ、やんのかコラ!!」と威勢のいい文句が口から出始める気配を感じた。カッと先輩の目が見開く。その売り言葉が出ないうちに、自分の口で閉ざした。(あっ、これ。もしかしたらセクハラになるかも)でも、先輩が散々してきたことだ。物証は、後から録画するなりでとる必要があるけど、過去の事例はたくさんある。先輩の唇に自分の唇を重ね、少し離して角度を変える。唇の感触でマシュマロの感触──実際、なかったんだけど──を確認してから、舌で白いのを取ってあげた。私の唾液はついたけど、あっ食パンの食べかすがついた。もう一度キスをしてから、綺麗にした。(これで、ゴシゴシってやられたら流石に傷付くけど)ぼんやりとそう思いながら、先輩から離れた。
 掴んだ襟首も放す。
「はい、綺麗になりましたよ」
「お、おう」
 悪びれもなく伝えたら、たどたどしい返事が返ってくる。屈んだ上半身が伸びて、ジッと私を見る。見返したら、混乱したように視線が泳いだ。その間に、先輩の顔が見る見るうちに赤くなる。最後には、ボッと赤くなった。視線を泳がせたまま、自分の手で口を覆う。「はっ?」と小さく声が漏れていた。う、うん。どうやら、セクハラには──該当、しなかったようかな? こっちまで顔が赤くなる。鍋が沸騰するよりも先に、先輩が沸騰してしまった。


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