空中落下(1年後期)

 今年も、残り二日になった。残された期限は、来年になるともう二年しかない。指折り数える。皐月様から色々と鍛錬や訓練のメニューを頂いたけど、果たして羅暁打倒までに間に合うのだろうか? 間に合わせるしかない。息切れを起こしている先輩方を眺める。本当に間に合うのだろうか? 不安になってきた。
「へばるにはまだ早いですよー。敵は待っちゃくれないんですから」
「うっ、るさいわねぇ!! んなこたぁ、いわれなくっても! わかってんだよ!!」
「ちょ、タンマ。俺はデスクワーク担当のはずなんだけど!?」
「ちっ、くしょぉ。まだまだだぁ!!」
「この蟇郡苛! これしきのことで、へこたれん!!」
「はぁ、そうですか」
 犬牟田先輩はギブアップ寸前で、乃音先輩と猿投山先輩、蟇郡先輩はガッツでどうにかできると。うん、限界ギリギリで無理をすると精神的にタフになると聞くし。恐らく、皐月様もこの点は考えてのことだろう。ガコン、と赤いボタンを押す。重々しい雰囲気で、黄色と黒の縞模様の縁に囲まれたものだ。拳で勢いをつけたら、ガラスが簡単に割れる。そのまま赤いボタンを凸がなくなるまで押し続けた。ビーッビーッと、辺りが赤と黒に照らされる。緊急の灯りだ。とても身近に危険が迫っていることを知らせている。先輩方々の方から「あっ」「はっ?」との声がハモって聞こえる。「なんだなんだ!?」「緊急事態か!?」「いったいなんだってんのよ!!」と猿投山先輩と蟇郡先輩が慌てふためき、乃音先輩が声を上げる。一方、犬牟田先輩だけは冷静に状況を分析していた。カチャリ、と眼鏡のブリッジを上げ直している。あっ、パカッと襟元が開いた。
「これはあれだね。うん。あれだ、あれ」
「『あれ』ってだけじゃわからないわよ!!」
「今、文月が如何にも『押すな!』っていう風のボタンを押しただろう? あれが切欠になって、仕掛けが発動したんだろうね」
「だからなんの仕掛けが発動したというのだ!? 犬牟田ァ!!」
「『リセットボタン』といったらわかるかな? つまり、最初からやり直しだ」
「はっ? おいおいおいおい、そりゃぁマジかよ」
「うん。マジだろうね。現に今、俺たちは斜めに曲がっているじゃないか」
「これはですね、多分アレですよ。いきなりちゃぶ台返しみたいにされたときに、綺麗に着地しろというヤツですよ。多分」
「『多分』じゃないわよ! このアンポンタン!! 新体操選手じゃないんだからね!?」
「新体操、そうか! 運動部として新体操部ってのを認めるのも有りだな!」
「あのさ、今はそういうことを考えている場合じゃないと、思うんだよねぇ」
「神色自若、鷹揚自若。矢石の前に至るといえども、泰然自若たり。今こそ、不動の鋼の心を得たりと見たり!!」
「見れねぇよ! チッ、どこか手すりみたいなもんは!!」
「ないですよ。そんな馬鹿な。周りを見てれば、わかることじゃぁ、ないですか」
「まっ、精々仕掛けられたものが変わってないことを祈るばかりだね。変わってる?」
「さぁ。そこまでのことは聞いてませんから」
「つまり、これは最初からそのつもりだったってこと!? あーん、抜かったわ! こうなったら、やってやろうじゃないの!!」
「その意気です。すごい」
「だが、それをいうとお前もだぞ? 文月、体力の方は大丈夫なのか?」
「ご心配なく。こう見えて、もう一往復できそうな余裕は残してありますから」
「ケッ、気にくわねぇ。だったら、勝負だ! 次の勝負、どっちが先にゴールできるか、もう一勝負だ!!」
「さっきと変わらない内容ですね。やる意味があるとでも?」
「っつーか、今負けたばっかなのにね。性懲りもないわねぇ」
「なんだ! 悪いか!?」
「あーあ、俺はさっさと休みたいんだけどねぇ! 調べたいことも山ほどあるっていうのに!!」
「タイピングをやりながらだと、骨折しますよ? 指」
「キーボードもないのにか?」
「おっと。足はともかく、指だけは遠慮願いたい。で、このまま真っ逆さまに落ちる感じ?」
「ここまで心の準備を付けてくれる優しさがあるとは、思いもよりませんでしたね。そうじゃありません?」
「あー、死ぬよな? 普通だと」
「なるほどね。死にそうなときになると、人間火事場の馬鹿力が出る! これを利用して、生命戦維を使うコツを獲得しろってことなのね!! 皐月様!」
「皐月様、聞いてるかなぁ」
「祈りにも似たようなものだろう。で、生命戦維入りの制服はできあがったのか?」
「あ? あー、あー!! 落ちる!! 今!」
 猿投山先輩が青褪めて驚いたかと思うと、地面から足が離れる。訂正、床から足が離れた。地球のコアを覆う地表へと向かって、強い力が頭を真っ直ぐ引っ張ってくる。重力だ。スカイダイビングの応用をしなければ、ここから生還することは難しいだろう。地味に犬牟田先輩が、空へ正面を向けて体を丸め始めた。蟇郡先輩はロケットの形になってるし、乃音先輩は両手で胸を握り締めて、半泣きになっている。猿投山先輩は、平泳ぎをしていた。空中で、地面に向かって泳いでいる。
(いや、本当。どうなるんだろう、これ)
 このまま行くと死んでしまうんじゃないか? そう思いながら、着ている服に織り込まれた生命戦維について考える。──気合いで着れば、どうにかできる──。要は『気合い』が重要なのだけれど、果たしてどうなるのか? 空中の冷たさを感じながら、そう思った。


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