雪がもうすぐくる

 肌に突き刺す寒さだ。この様子じゃ、きっとすぐ雪が降るだろうな。雨と混ざって、じゃりじゃりの霙《みぞれ》になりそうだ。そう思って空を見上げたら、ポスっと首にマフラーをかけられた。先輩のだ。先輩へ尋ねる間もなく、クルクルとマフラーを首に巻かれる。少し苦しい。もう一度先輩を見上げると、鼻の頭が赤くなっていた。
「寒くないんですか」
「さみぃ」
 だったら、人にマフラーを貸さなければいいものを。外そうとしたら、止められた。
「寒いんじゃ、ないんですか」
 確かに温かい。先輩の首に巻かれていた分もあって、人肌の温もりも残っている。正直いうと、外すには少し惜しい。アクリル繊維の安物でも、防寒には役に立つ。少し浮足立った繊維を触ると、ザラザラとした感触があった。
「そりゃぁさみぃぜ? まっ、お前よりは寒さに我慢できるけどな」
 といった傍から「さびっ」と小声でいってる。身体も小さく震わせて、自分で自分を抱き締めて、腕を擦っていた。やっぱり、寒いじゃん。首に巻かれたマフラーを触る。
「寒いじゃないですか」
「ばっきゃろう。テメェよりは耐性があっ、はっ、っぷし!!」
「あー、もう。ほら、すごいクシャミもしたし」
「だから、いらねぇってっぷし!!」
 またクシャミをした。名残惜しいが、マフラーを返した。途端に首元が寒くなる。けど、先輩が風邪を引くよりはマシだろう。背伸びをして、先輩の首へマフラーをかけようとした。届かない。お前はでくの坊か。踵を下ろして、少し膝を曲げる。そのバネを利用して、マフラーの端を投げた。投げ縄の応用だ。右肩から左肩へ、マフラーの端が届く。ズルっと行きついたマフラーが丈を短くした。重力に負けた。先輩も折れたのか、ズルっと鼻を啜りながらマフラーの端を抓んだ。胸の方へ引っ張って、左肩から右肩へかける。手に持ってた方も、スルスルと先輩の首元へ引き寄せられた。
「もう少し長かったら、良かったのによ」
「身長差分、考えてます?」
「考えてねぇ。足りねぇか?」
「足りないですね。せめてお揃いのマフラーですね。できるとしたら」
「ふぅん」
「もしかして」
 クリスマスプレゼントに? と先手を打とうとして止める。こういうのは、隠しておいた方がいいか。もし外れても、違う機会にすればいいわけだし。そもそも、そんな機会などあるか? 明日、明後日のいつ頃に。そう思い始めて、なんだか不安になってきた。
「今」
「ん?」
「お金や財布に、余裕あります?」
「なんか、ほしいモンでもあんのか?」
「いや」
 別に奢らせるつもりはない。キョトンとする先輩に続ける。
「一緒のマフラー、買いませんかって聞こうとしただけで」
「は?」
「それ以外は、別に」
 とそこまで続けたら「は?」とまた先輩に二度聞かれる。なんか、信じられなさそうな顔をしている。「だから」と同じことを二度繰り返そうとしたら、先輩の口が動く。
 ポカンと開いた口が、閉じた。
「どこでだ?」
「え」
「どこで、買うつもりなんだ?」
「えっ。えっと、その」
 まさか、そこまで食いつくとは。咄嗟に思い付いたのを口に出す。
「手頃なところで、男女兼用で使える、ベーシックなヤツですね。単色もの」
「お、おう。そういうヤツね」
「えぇ。ファンシーなヤツだと思いました?」
「うっ」
 否定はできないんだな。確かに、ちょっとファンシーなのは好きだけど。だからといって、まだあそこまで行くのに人を巻き込むつもりはない。(いや、もしかしたら一緒のヤツをと)仮にそうだとしても、私が恥ずかしい。そうだ。今はベーシックな単色で押し通そう。そうしよう。
「ベーシックな方だと使い心地がいいし場面を選ばないし、比較的安くてお得でしょう?」
「そう、だけどよ。別に高くても構わないぜ? 柄入りでもいいじゃねぇか」
「柄入りの方が、お好きで?」
「いや」
 聞き返したら、チラッと先輩が目を逸らす。さっきと違って、頬も赤い。冷たい鼻先をマフラーに埋めていた。「なんつーかよ」とブツブツいっている。マフラーに口を埋めているものだから、わかりにくい。
(まぁ、いいか)
 単色ベーシックなのは、あくまで案の一つ。正確には、お店に行かないとわからないところである。もしかしたら、そこで新たな出会いもあるかもしれないので。マフラー一つを取っても、冬のコーデというのは奥深いのだ。コートの襟元を寄せる。裸の手に、はぁっと息を吹きかけた。
「手袋も買います? ベーシックなデザインだと、流行りを気にせず使えますし」
「ふぅん」
「雪が降るときには、大活躍ですよ」
「へぇ。でも、今は降ってねぇよな?」
「え? そりゃぁ、そうですけど。でもそれが」
「んで」
 ズイッと先輩が私の胸元を指している──と思ったら、よく見たら指だ。最後までいわせることなく、先輩が話を続ける。
「今は寒いと」
「そりゃ、そうですけど」
「ならやることは一つだろ?」
 ん、といって先輩が手を差し出す。今度は指を差すじゃなくて、手の平を見せてきた。ただ見せるだけじゃない。なにかを待っている。(見せかけじゃなく、マジなんだな)先輩の誘いにどう応えようかと迷っていると、手の高さが落ちていく。先輩のテンションの高さと相まっているようだ。声のトーンも心なしか、落ちている。
「しねぇのか?」
「しますよ」
 しない、と答えようとしたけどやめた。これ以上意地悪をすると、先輩が本格的に拗ねてしまいそうだからだ。差し出した手をギュッと握る。温かい。先輩がパァッと顔を明るくした。
(本当、子どもっぽいんだから)
 一人で浮かれていて、馬鹿みたい。そう思いつつ、私も赤い顔を隠せないでいた。


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