たまに戻る(卒暁後)

 同じ濃い深みの抹茶でも、味わいは違う。こっちはクリスプという部分が少なく、その分抹茶の味に集中できる。対してこっちは、クッキー部分の棒が多い。舐めれば、チョコレートの部分が消える。クリスプの方は、舐めてもまだ消えない。チョコレートの残量は多い。値段を比較しても、クリスプの方が分があるだろう。今自分の抱く要望と比較して、どちらを買うか考える。
(でも、両方買うのもありだろうな)
 財布に余裕があれば、それも良策ともいえる。云々と難しいことを考えていたら、渦が横から口を出してきた。
「んなに悩むなら、買えばいいじゃねぇか」
 両方とも、というように指も差してくる。それができたら、苦労しないというのに。カートに入れたカゴをチラッと見る。大体、これを二つ買ったら予算オーバーだ。一つに絞らなければならない。(それだったら、一層のこと)二つを比較するのをやめて、欲望に従った方がいい。チョコレートの量が少ないのをやめて、多い方を選んだ。値段も安いし、こっちの方がお財布に優しい。手にした商品を戻して、カートのカゴを引っ張る。それに合わせて渦も動いた。コーナーを離れて、レジへ向かう。けど、ちょっと他のコーナーも見て回ろうかな。迷っていると、渦が立ち止まる。気になったのか、私の入れたお菓子を手に取った。
「懐かしいな」
「そう?」
 私にとっては見慣れたものである。シミジミというものだから、少し気になった。もう少し尋ねる。
「おう」
 口を開く前に、渦が応えた。
「本能字学園にいた頃、結構買っただろ?」
「そうだっけ?」
 確かに買った覚えはあるけど、そこまでだっけ? 悩んでいると「おう」とまた渦が頷く。
「徹夜時とか、結構見たぜ?」
「へぇ」
「んで、それを結構食ってた」
(なっ)
 まさか、と言い切れないのが悲しいところだ。いわれてみれば、覚えがある。サクサクとした食感で、何本も食べた覚えがある。
「蟇郡はなにも食わず、犬牟田はガムで蛇崩が飴玉」
「よく見てるね」
「他の連中もそうだろうぜ? まぁ、そこから好みのこんにゃくの種類を推し量ることはできなかったが」
(どこからそうなる)
 なにをどう繋げば、こんにゃくに繋がるというのか。不思議だ。呆れつつ、レジに向かう。カートのカゴを引っ張ると、また渦が動いた。カートを押す。
「けど」
「ん?」
「なんか、すげぇ小っちゃくなってねぇか? スケールダウンどころの話じゃねぇぞ」
「知らなかったの?」
 逆に驚きである。あんなにネットでは騒ぎになってたのに。聞き返すと「あ?」と渦が少し不機嫌そうに返した。
「ネットでも比較検証の話が上がってたぞ?」
「よく残ってたな」
「残ってたんでしょ。まだ買ってなかったとか、なんとか」
「賞味期限は、まぁ長いか」
 こんにゃくの足元には及ばないが、と続けていう。やっぱり食べ物の話になると、いつでもこんにゃくの話に結び付けるな。いつもながら。そう思いつつ、財布を取り出す。とりあえず、足りるかな。
「足りなかったら俺も出すぜ」
「これは家計の分だから。出したら予定狂っちゃうでしょ」
「そうかねぇ」
「そうだよ。気を抜いたら、火の車になっちゃう」
「そんなにヤベェのか?」
 あまりにも呑気に聞いてきたものだから、思わず睨んでしまった。ヒョッと驚いたように渦が目を丸くする。肩も縮めた。
「わりぃ。好きで作ってるモンかと」
「それも少しあるけど、節約も考えてるよ」
「うっ。そんなにヤベェのか。世知辛い世の中だぜ」
 金は天下の回りものってぇのによ、ともぼやいてくる。消費税増税の件も知らなかったのかな。知らなくて使ってた可能性もある。どっちにしても、それで気が楽になった部分はある、けど。
「娯楽の費用を削ると、そこで心の余裕も失われるからね。少しは取っておかないと、大事だから」
「そういうもんかね。金より大事なモンはあると思うが」
「さっき自分で『金は天下の回りもの』っていったでしょ」
「あっ」
 もう忘れたのか、と思いつつ、カゴをレジに置いた。ソーシャルディスタンスを維持しつつ、自分たちの番がくるまで待つ。後ろの方を確認すると、そんなに距離を詰められていなかった。
(やっぱ、男の人がいると違うなぁ)
 と思いつつ、レジに表示される金額を見る。後ろでカートに寄り掛かる渦が「足りるか?」と聞いてくる。「足りるよ」とだけ返して、漱石を数枚出した。これで、一週間はまた保ちそうだ。持ってきた袋を広げて、二つに分ける。先輩が重い方を積極的にもう一方の袋に入れる。
「卵は、入れないでね。できるだけ上に」
「だったら余計に気を付けねぇとな」
 どうして私を見ていうんだろう。と思ったが、なんとなく気付いた。私が卵を入れると見越しての、ことなんだろう。
「別に、そこまでないから」
「どうかねぇ。もしかしたら、あるかもだぜ?」
「ないから」
「そう頑固一徹になるなよ。蟇郡じゃあるまいし」
「蟇郡先輩の場合、一徹どころじゃありませんよ。溶鉱して叩き上げた鉄みたいに固いですから。寧ろ頑迷固陋の悪さも見える」
「そうかぁ? 昔ほど頭が固いようには思えねぇが」
「それは私も同意見です。まぁ、蟇郡先輩と比較された場合においては、ですね。その過去の行いも見て」
「っつーか、戻ってんぞ。敬語」
「人の話も遮らないでくれます?」
 そもそもその話を持ち出したのは、そっちだ。腕を組むと、先輩が眉を下げる。
「んなこたぁいったっても、よ。なんか悔しいぜ」
「なにがですか」
「本能字学園の話を持ち出すと、いとも簡単にそうなっちまうのかって」
「寧ろ植え付けられた本能みたいなものですから。寧ろ、ここまで変えた先輩の方がすごいのでは?」
 少し皮肉を交えていったら、先輩がキョトンとする。思わずこっちの毒気も抜かれる。袋の方を見たら、まだ詰め終えてない。口喧嘩は、これで終わりだろうか? あの、と口を開く前に目を点にした先輩がいう。
「それ、褒めてんのか? 照れるぜ」
「褒めているというか、なんというか」
「思えば、長い道のりだった」
「いきなり回想に入らないでくれます?」
「そのおかげで、少しぁコツを掴めてはきたが」
「だから、なんの?」
「敬語がオンとオフになるとき」
 まっ、どっちも好きだけどよ。そう素面でいってくるものだから、今度はこっちが不意を突かれる。卵をまだ落とさなかっただけ、偉い。カッと顔も赤くなる。惚気は後にしろ、馬鹿っ、との罵倒の言葉が色々と出てくるのは出てくる。パクパクと口を動かしても、言葉が出てこない。「あー」とだけ声に出す。「馬鹿」とだけ振り絞った。なのに渦は得意そうな顔で、自分で自分の顎も擦っていた。
「そういうのも、好きだぜ?」
「蹴りますよ」
 流石に真っ赤になりつつ脅したら「悪かったって」と謝罪の言葉を引き出せた。
「まっ、昔を思い出して楽しいぜ? 俺はよ」
「は?」
「悪かったって」
 顔には「これは胸の内に仕舞っておくか」と出ていた。わかりやすい。気を張りながら、入れた袋を持つ。卵の方は大丈夫そうだ。袋の中を覗いてもわかる。
「持つか?」
「いい。両手が塞がったら、悪いだろうし」
「そうか。まっ、そうだもんな」
 と同意を求めつつ、手を差し出すのはやめてほしい。今繋げというのか。「後で」とだけ答えて、先延ばしにしておいた。


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