こんにゃく愚弄で我を忘れる(卒暁後)

「なっ、んだとぉ!? 貴様、もういっぺんいってみろ!!」
 突然、先輩が画面に向かって叫んだ。なんだ、なんだと思いつつ画面を見れば、昨日見ていたヤツだ。外国人が日本で、なんとかチャレンジをするヤツである。ちょうど、こんにゃくを食べて「不味い」とコメントしたところで停まっていた。思わず一時停止を押したんだろう。先輩は怒り狂っていた。
「『選んでられない』だと? 馬鹿をいうな!! 貴様がこんにゃくに選ばれているんだろうがッ!! 何故ッ! 素直に! こんにゃくの賛辞を受け取らないんだ!?」
「ちょっと。先輩」
「そもそも! そんな生活を挑戦した時点で!! 貴様がこんにゃく入りのおでんが入った自販機に辿り着いたこと自体が!! 奇跡の産物だろうがァッ!」
「先輩、ちょっと。声、大きい。声が大きいから」
 またご近所さんに苦情入れられちゃう、といっても効果なし。よっぽど腹に据えかねたんだろう。『なんだろう。これ不味い』と素で天然に首を傾げてるのを前に、先輩が膝を崩した。訂正、この世の終わりかと思わんばかりに肘と膝を床につけていた。
「『なんだろう』じゃねぇよ。『なんだろうこれ』じゃねぇよ。馬鹿野郎。こんにゃくはなぁ、こんにゃくはなぁ」
 ダメだ。これは面倒臭い酔っ払いの絡み上戸と泣き上戸が組み合わさったパターンだ。飲んでないけど。全然お酒飲んでないけど。とにかく、先輩は哀しさに心を呑まれていた。
「こんにゃくのプリップリとした食感が、美味いじゃねぇか。なんだって、ゼリーなんか。ゼリーなんか、その親戚みたいなモンじゃねぇかッ!?」
「わっ、唾を飛ばさないでくださいよ。もう。そもそも、ゼリーに味は付いてますよ」
「こんにゃくだって、味が染み込んでらぁ!!」
「第一。向こうの舌とこっちを一緒にする方が違いますよ。日本人の舌とは違うんです」
「はぁ?」
「舌が、違うんです」
 ベッと舌を出して指で示す。それを見た先輩がボソリと「食っちまうぞ」と呟いた。「そうじゃないですから」と返した。なんで急にキスしたがってるの?
「日本人の舌は、米の甘さを味わうために発達したといわれています」
「へぇ」
「逆に、西洋の場合は肉や果実を中心とした食生活をしているため」
「それがどうした。今はハンバーグとかハンバーガーじゃねぇのか?」
「失礼。昔の話です。遺伝子発達論とか、そういう」
「ほーう」
 もっといえば、その国柄で育った特有の傾向、と述べた方が的確か。まぁいい、別に教えるわけでもないし。教壇に立ったわけでもない。多少あやふやでも、多分大丈夫なはず。
「ですので、欧米人は肉に強い消化器官を、私たち東洋人というか、日本人は海藻を消化できる器官を得たわけですね」
「おい、こんにゃくはどうした。さっきまでこんにゃくの話だったろ!?」
「話はこれからです」
 というか、こんにゃく大好きすぎるでしょ。いや、元からか。会ったときからそうだったわ、先輩って。忘れてた。
「こういった育ちの違いから、こんにゃくの味わい方も違うということです」
「どういうことだ」
「日本人は出汁を楽しむけど、向こうは大まかな味しかわからない。逆をいえば、こんにゃくの楽しみ方を知らないということですね」
 大体纏めるとするなら、こんな感じになるだろう。要するに、画面の中の人は『こんにゃくの食感』に奇妙な感じをして『こんにゃく自体に味がない』『あってもおでんの汁を薄めたような感じのもの』にしか認識できないから、あの発言が出たと。大体、分析をすればこの辺りになる。ここまで説明して腑に落ちたのか、先輩が黙った。
 ストンと怒らせた肩を落として、真面目に考え込んでいる。顎に指をかけて、頭を回しているようだ。
「つまり」
 変なことを言い出さないといいのだけれど。
「全世界を、こんにゃくで征服すりゃぁ、いいんだな!?」
「突拍子なことをいいださないでください。理由はわかるけど」
 しかも『日本の味』といわず『こんにゃく』と言い切った。物事には順序があるだろうに。「日本の味わい方を土着させる方がいいのでは?」と当たり前のことを聞けば、当然といわんばかりに「こんにゃくで知った方が早いだろ!」と返される。確かに、こんにゃくの推進を考えれば、それが早いだろうけどさぁ。
「はぁ」
 溜息しか出ない。


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