6月最初の日曜日

 六月最初の日曜日。だからといって、休むことはできない。今日も仕事だ。
 工房はラストスパートに向けて慌ただしいし、カウンターの方は平穏。当たり前だ。この時間帯は、比較的お客さんが空いてるので。ボーッと陳列棚を眺める。昨日はそこまで際立った動きをしてないから、変えなくていいはず。ラインナップも、それにして。(いつ辺りから、動こうかな)とりあえず、先輩が作り終わってからでいいか。コンニャクは、出汁に浸したのがあるし。無味で味わえるので新しいのを作るか。
(あ、生理痛が痛い)
 ズキンとくる痛みに眉を顰めてたら、先輩がきた。トコトコと、前掛けで手を拭きながら早足。近付けば近付くほど、先輩の顔が赤いのに気付いた。なにか、緊張してるし。一世一代の大勝負にでも出るんだろうか?
「なぁ、千芳」
「はぁ、なに?」
「プロポーズ、なんてもんをしたら。受け入れてくれるか?」
 なんで、急にプロポーズの話? 私、生理痛とか吐き気で辛いんだけど。あ、いったら休ませてくれるかな。けど、ラスト接客する体力はあるし。あとお惣菜作り。悶々と考えてたら、先輩が顔を赤くしたまま、しかめっ面になった。
「なぁ、聞いているのかよ。千芳」
「プロポーズって」
 頭がぼうっとするし、意図を掴み切れない。試しに、聞いてみると早いか。
「結婚する、って意味ですよね」
「はっ!? お、お、そうに決まってんだろ!!」
「つまり、家族になるってこと?」
「に、決まってるじゃねぇか。当たり前だろ」
 あ、久々に見た。なんかこう、ぶっきらぼうになってるとこ。大体、本能字学園以降に近い。いや、それからは暫く見たかも。とにかく、とても懐かしい気分になった。
 と、いっても。先輩の眉は鋭く吊り上がったままだし、唇も尖がってるけど。顔もタコみたいに、真っ赤になってる。
「別に、いいんじゃないの?」
「はっ、はぁ!?」
「だって、もう家族同然だし。それと」
 あー、重い。生理痛が重い。怠さも増して、カウンターに倒れそうになる。
「式とかの準備、面倒臭いし」
 誰々呼ぶとか、どこを取るとか、日程とか。色々と考えることがある。(それをやるなら、一層のこと)紙だけでやる方が、楽なんじゃないか? そう思うけど、一言で纏められる気力がない。とりあえず、聞いた方が早いか。「考えてる?」と聞くと、阿吽の声で「当たり前だ!」ときた。
「何個か考えてるけどよ。やっぱ、式を挙げるにゃ、皐月様も呼ばねぇとだろ? それに舎弟たちも全員呼びたいしよ。ドーム借りるっきゃねぇかなぁ」
(現実的に考えて、どうだろう)
 多分そんなお金、一人で用意できるとは思えない。二人で合わせても難しい。そもそも、先輩のいう『舎弟』の数も、結構現実的に考えると、ヤバいけど。(でも、全員ひっくるめて呼ぶだろうしなぁ)先輩のことだから。そう考えると、やっぱり今は、現実的じゃない。のろのろと起き上がり、椅子に座り直す。先輩を見上げると、一人で頭を捻っていた。あー、このままだと暴走しそう。とりあえず、実行に移す前に止めなくちゃ。
「やっぱ」
 えっと、どう伝えたらいいんだろう。ちょっと頭がボーッとして回らない。
「まだ、先に延ばした方がいいんじゃない? 色々と、準備とかあるし」
「んだよ、ロマンねぇなぁ! っつか、待て。それってよ」
 もしや、と急に先輩があたふたし始めた。顔も、また真っ赤になってるし。あ、さっきと違って、それほど吊り上がってない。眉が。「千芳」と再度先輩が名前を呼び直す。
「プロポーズ、オーケーってことか?」
 あ、しまった。慌てて隠したけど、もう遅い。先輩の頭は、蒸気機関車のように湯気を出していた。シュポッポッと。これでは、先輩の暴走を止めることもできなさそうだ。
(どうしよう)
 身から出た錆とはいえ、どうしようもない。釣られて顔が赤くなる。「千芳」とまた名前を呼んで手を伸ばしたものだから、ギュッと目を瞑った。
 少しだけ、沈黙が落ちる。
「いや、やっぱいいわ。とりあえず、また出直すからよ」
 忘れてくれ、と先輩が言い捨てた。いやいや、ここまで人をドギマギさせておいて、それ!? 慌てて目を開けると、もう先輩は振り返らなかった。
 背中を見せて、工房に入る。けれど、その耳は上から下まで真っ赤だった。ついでに、首も赤い。湯気も落ち着いたものの、まだ健在だった。
「あっ」
「あ? なにかいったか」
「いや、別に」
 北関東番長連合総代に戻るな。そういいたかったけど、先輩の名誉のためにいわない。とりあえず、次のやり直しまでに、私も準備しておくことにした。


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