チョイスミス

 ミスった。チョイスが悪かったのらしい。千芳が号泣しながら引き篭もった。おかげでノックしても、まともな返事が返ってこねぇ。「先輩のチョイスが悪い」「今ちょっと無理だから、放っておいて」と取りつく島もねぇ。(まさか、ここまで気分を悪くするとは)そこまで苦手なのかよ。『サスペンス』って付いてっから平気だと思ったが。まさか中身が始終一貫して、アレだからなぁ。(けど『サスペンス』に変わりはねぇじゃねぇか)ただ、主人公が徹頭徹尾家族思いの良いヤツだった、ってだけで。なにもパッケージで分かるわけ、ねぇだろ。もう一度ノックをする。何度目かの正直かで、ようやく千芳が扉を開けた。
「あっ」
 ヤベェ泣いていたことに、今気付いた。目尻から涙は垂れてるわ、頬に涙の痕が何筋も残ってるわ。こりゃ、見終わったあとでも泣いていたなということがわかる。まぁ、見てる間でも泣いてたからなぁ、コイツ。そういうところが好きなんだけどよ。惚気を吐いてたら、千芳が口を開いた。
「あぁいうのを見せてくるから、グスッ。もう」
「おいおい、悪かったって。そうすぐに閉じるなって」
 ヤッベ、下手したらすぐに閉めることを忘れていた。すかさず手を挿し込み、閉じる扉を塞ぐ。反対側に力が加わったからか、千芳は扉を引こうとはしない。ただジッと俺の足元を見つめている。
「わざと?」
 んなわけねぇだろ。と思ったことが口に出ていた。やっべぇ。続けていわねぇと誤解されちまう。
「あー、パッケージだと気付かねぇんだよ。あぁいう中身だったってことがよ」
「そりゃぁ『サスペンス』ですからね。グスッ。それだけで気付いたら、その。サスペンスの要素が。うぅ」
(鼻噛んだらどうだよ)
 涙と鼻水でグチョグチョの千芳を見てたら、部屋に引っ込む。お、戻ってきた。ティッシュなんざ、こっちにもあるってぇのに。健気なヤツだなぁ。
「良作でしたけど、ズビッ。泣けるので、何度も見たくはないですね」
「あー、そうだな。良作だってのは認めるけどよ。こう何度も引き篭もられちゃぁ、堪んねぇからな」
「それ。なに。どう、うぅ」
 ズビッとまた鼻を噛む。いけねぇ、嫌味に取られちまったか?
「俺じゃねぇので泣かれるのは、こう。なんか妬けるってぇことだよ」
 そういったら、千芳がキョトンとした。おい、どういうことだ。おい、俺ぁ変なことなんざいってねぇぞ。
「んだよ」
「え。いや、えっと」
 いつのまにか、千芳の涙も引っ込んでるしよ。ビックリ箱で驚いたシャックリかっての。
「顔、洗ってきたらどうだ? 酷いぜ?」
「うっ。余計なお世話です」
 泣き腫らした目のまま、俺をギッと睨む。グッと俺の体を押し退けて出ると、洗面所に向かった。(んだよ)あんな顔、するこたねぇだろ。それとも、またいっちまったか? あー、クソッ。女心ってのがわかんねぇ。
「ちっくしょぉ」
 また拗ねられたら、俺としても困る。とりあえず、千芳の好きそうな映画を用意して、それから好きなモンを用意するか。冷蔵庫を開けりゃぁ、なんかあんだろ。それと、口直しになにか用意するか。
(っつっても、早めに戻ってきそうではあるが)
 あー、クソッ。どうしたらいいのかがわかんねぇ。居間に置いた千芳のノートパソコンを開き、配信サイトを覗く。国内と国外の映画・ドラマがたくさんラインナップされている。どれがどれだかわからねぇ。おっ、千芳の足音。
「えっ、まだ見るんですか?」
 お前のために決まってんだろ。とはいえず「おう」とだけ返しておいた。あー、ヤベッ。今のぶっきらぼうになりすぎたか。スクロールバーを掴んでサイトを見てたら「はぁ」と千芳が溜息を吐く。
「もう。貸して。私が見てあげるから」
「おう、助かる」
 ぜ、という暇もなく千芳が距離を詰めた。「う」お、と思わず変な声が出ちまいそうになる。お前よ、そう無自覚なところ、直せよ。
 千芳がマウスのホイールを回しながら、全体のラインナップをチェックする。
「先輩だと、アクションとかの要素が強い方がいいから。この辺りの、って。聞いてる?」
 ムッと千芳が頬を膨らませながら尋ねてくる。ヤベェ「抱きたくなった」なんていえねぇ状況だよな。これ。あー、どうすっか。「抱きてぇ」以外に思い付かねぇ。なんかよ、こう。この状況を打開できるような、おっ。
「それ、見てみねぇか?」
「いいですね。良作は何度見ても飽きないですし」
 これだと、我慢していても話は通じるだろ。しばらく我慢大会にもなるしな。千芳の機嫌も良くなったこともあって、配信された映画を見る。が、千芳の距離が近ぇ。(抱きてぇ)予想通り、俺の我慢大会となった。


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