くれたグラデーション

 もう四月が終わり、五月になる。この季節感だけはわかった。桜が落ちて、実を付け始める。夕焼けがゆっくりと落ちて、長く日暮れと夜のグラデーションを味わえる。この季節が好きだといったら、先輩がキョトンとした。
「なにか。変なことでも?」
「いや、お前の口からそんなこと。うんにゃ、なんというか」
 先輩が言葉に迷ってる。そんなに、変なことだっただろうか? 泳ぐ視線が下に沈み、後ろにあるのを見ながらいう。
「お前の口からそんなこと、聞けるとは思わなくてよ」
「そうですか」
「驚いただけだ。初耳、だからよ」
 驚いただけだ、と先輩が繰り返す。それもそうか、一度も口に出したこともないし。「そうですか」と頷けば「おう」と返された。
「そうか。この季節が、ねぇ」
「といっても、五月の新緑とか、その辺りですけど。それと、この季節の時間帯とか」
 限定的なことばかりである。それも付け足すと「それもそうか」と先輩が頷いた。スーパーの袋が揺れる。
「人の好みは、それぞれだもんな」
「重い。どうして寄りかかってきたんですか」
「かかってねぇだろ。詰めただけだぜ?」
「そっちの方は、そっか。道路」
「別に、なんともねぇけどな。避けられるし」
「用心に越したことはないですよ。歩道に乗り上がるケースもありますし」
「あー、名古屋とかか?」
「その辺りって、聞いた覚えが」
「俺もだぜ」
 どこから? といおうとしたら目で察せられたのらしい。「舎弟に、知り合いがいるんだとよ」と返される。
「舎弟、しゃてい? えっと、北関東の、ですよね?」
「あぁ。俺らからしたら、知り合いの知り合いってとこだな」
「知り合いのしりあい」
 ん? というか『俺ら』て? 疑問にわからなくなる。先輩から目を逸らすと、スーパーの袋が擦れた。
「嫌、だったか?」
「いや、嫌というより、その。いいのかなって」
「いいに決まってんだろ。お前だっていつかは、猿投山になるんだからよ」
「えっ」
「あっ」
「え、その。文月という選択肢はないんですか?」
「そこかよ、クソッ」
 お前のそういうところ、苦手だぜ。と先輩が口にした。見上げれば、苦虫を噛み潰したような顔をしている。「苦手ならどうして」と口走った結果、先輩の顔に血が集まった。朱が灯ったみたいに、カッと赤くなっている。
「んなの、好きって気持ちが強いからに決まってンだろ。馬鹿野郎」
「なら、どうして『馬鹿野郎』って」
 いうんですか、と減らず口を叩こうとしたら塞がれる。いつもこればっかり。離れたところで、言い切った。
「他にいうこと、ないんですか?」
「ねぇよ。口喧嘩になっちまうだろ」
「それもそうか」
 つまり仲直りのキスに近いってことなのだろうか? ジッと考え込んだら、先輩がジト目で見下ろしてきた。それがなんだか腹立たしくて、思わず肩を叩いた。
「ムカつく」
「いてっ! なんでだよ!?」
「なんというか、背が高いから」
「あぁん? んなのしゃぁねぇだろ!! これもコンニャクのおかげだぜ?」
「昔はあんなに、小さかったのに」
「中坊の頃と比べんじゃねぇよ!!」
「ちゅうぼう? えっ、中学生のとき?」
「ハッ!! いや、昔と比べんじゃねぇ!!」
「えっ、えっ?」
 少なくとも、中学生の先輩と会ってない。もしかして、学園にいた頃の先輩、最初のに会ったときが、まさか。えっ。
(成長、してないとか)
 激痛の酷い成長痛にも苦しんだんだろう。次はギュッと目を閉じて肩を怒らしてきた。
「あぁ、クソッ!!」
 その場で地団太を踏んだ。悔しいのだろうか、眉間に皺を険しく寄せながら、頭を傾かせた。
「くそぉ。お前に、んなとこ、見せるつもりもなかったのによぉ」
「そんな悲しまないでくださいよ。なんというか、うん」
 意外性が強くて、笑いが堪えきれない。ポンッと先輩の肩を叩く。
「気にしないでくださいよ。フフッ」
「なら、なんで笑うんだよ!?」
「ハハッ」
 顔を真っ赤にして目に涙を溜めるのが可笑しくて、つい笑ってしまった。ピーッとケトルみたいになってる。それでますます可笑しくなって、噴き出してしまった。
「馬鹿だなぁ」
「あぁん!?」
「そんなので、嫌いになるはずがないのに」
「はっ」
 あ? と、今度は固まった。顔に集まる熱が別のものになっていく。「変なの」と呟けば、ポカンとした目尻も眉もキッと吊り上げた。
「うっ、るせぇ!! 誰のせいだと!」
 うるさいので口を閉ざしてあげた。


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