客のしつれん(卒暁後)

「へい、らっしゃい!」
 猿投山コンニャク本舗に行くと、男の方が出ていた。いつもは女の人がいるはずなのに。どうしたんだろう。いつもの人を尋ねてみると、男が眉を顰めた。
「あー、ちょっと体調崩しちまってよ。今日は休みだ」
 そうなのか。彼女を目当てで来たのだけど、とはいわないでおこう。とりあえず、適当にコンニャクを選ぶか。あ、担当は変わっても商品の位置は変わってないな。
「おっ、お客さん! お目が高いねぇ!! そいつぁ、朝一で仕込んだコンニャクだ! まぁ、今回はちぃっとそっちの種類は少ねぇがよ。茹でたてのコンニャクを渡すっつー注文なら受け付けているぜ!?」
 どういうシステムだ。それは。でも、コンニャクは元々灰汁抜きが必要だという。それを店側が無料でやってくれるというのなら、ありがたい話だ。こちらの手間が省ける。で、そのシステムとは?
「おう! こっちの紙によ」
 ただのメモ用紙じゃないか。これ。白紙じゃないか。どこにも記入項目の欄など書かれていない。
「連絡できる電話番号と、連絡できる時間帯。それと、なんだっけな。あっ、お客さんの名前を書きゃぁ良いぜ!! あとは、注文した商品だな!」
「糸こんにゃく、板コンニャク、棒コンニャクの三種類があるぜ!!」と男がガッツポーズをして叫んだが、どれだ。白滝と普通のコンニャクと、切れ目の入った太いコンニャクしかわからない。とりあえず、板コンニャクにしておこう。カラシとか付ければ、すぐに食べれるし。頼むと「おう! まいどあり!!」と笑ってきた。とにかく、声がデカい。一先ず注文した時間に再来店することにした。
 仕事が終わる。猿投山コンニャク本舗を覗くと、彼女が出ていた。どうやら、店の戸締りには出るのらしい。こちらに気付くと、ペコリと頭を下げてくる。どうやら、いつもと調子は変わらなさそうだ。
「いらっしゃいませ。えーっと、なにかお探しで?」
 捜しているわけじゃないが、注文したコンニャクを。というと、彼女がハッとした顔をした。「あぁ、あの」口に手を当てている。それにしても、この時間帯にくるとは。アルバイトなのだろうか?
「ちょっと待ってくださいね。少し冷めているかもですが、お湯で温めればすぐなので」
 それって、熱湯で浸すことをいっているのか? と尋ねる暇もなく、店の奥に消えてしまった。「先輩、例のお客さんがきました」「おっ、あのお客さんか!」「えぇ」どうやら、注文した客のことを指しているのらしい。そのやり取りをすると、紙パックと袋に入った商品が到着した。彼女から渡される。そういえば、料金を前払いしていなかったな。
「すみません。なにせ、初めての試みで。今度から、前払いにするつもりなので、よろしくお願いします」
 丁寧に頭も下げられる。そう下手に出られると、こちらが困る。いえ、大丈夫ですよ。という前に彼女の首に目が行く。洗い立ての香りのほかに、男の臭いがした。自分のではない、他の男のフェロモンのような臭いが。レジに立つ彼女が、こちらを見る。
「あの、お代金」
 あぁ、しまった。料金を支払わなければ。紙幣を出して、小銭を受け取る。商品のやり取りを終えると「ありがとうございました」と彼女はいった。その仏頂面がいつか自分に向けられると思ったけど、まさか夢に終わるとは。
「また御贔屓に!」
 うるさい。気まずくて顔も合わせられんわ。苦い涙を流しながら、自宅に帰った。鍵を開ける。
 今日のコンニャクは、いつもよりほろ苦い味がした。


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