酔っ払いに腹をくくる

『今日は飲みに行くから遅くなる』と、ラインにもメッセージが入っていた。口頭でいってたのに、もう一度いうとは。二度手間かな? と思いつつ、わかったと示すスタンプを送る。すると、シュポっと先輩からスタンプが変わってきた。お揃いのだ。確か、プレゼント仕様で送れるヤツ。おちゃらけたスタンプの返事を眺めたあと、画面を閉じた。
 とりあえず、適当に食べて寛ぐことにしよう。一人の時間は久々すぎて、逆に寂しさも感じる。
(暇)
 適当にネットサーフィンをして、クッションを抱える。適当に読み漁っていると、玄関のチャイムが鳴った。いったい、誰だろう。時計を見ると、もう深夜を過ぎそう。ドアスコープを覗けば、犬牟田先輩と猿投山先輩がいた。
「あっ」
 慌ててチェーンを外して、ドアを開ける。すると、疲れた顔をした犬牟田先輩が視界に入った。
「すみません。どうも、お疲れさまです」
「あぁ。ったく、疲れたよ。ほら、あとはよろしく」
「うわっ」
 ぞんざいに先輩を投げ渡されると、バランスを崩される。うわ、酒臭い! 思わず顔を逸らしたら「千芳」と、甘ったるい声で名前を呼ばれた。うわぁ、これだから酔っ払いは。性質が悪い。先輩から顔を離すと、犬牟田先輩が帰ろうとしている。
「あれ、えっと、始発?」
「いや、ギリギリ終電に間に合いそうだから。それに乗って帰ることにするよ」
 じゃ、と淡々と別れを告げて犬牟田先輩が帰る。まぁ、自宅の方が寛げるもんな。「おやすみなさい」とだけ返して、犬牟田先輩を見送った。
 扉を閉めて、鍵をかける。片手でチェーンをどうにかしていると、先輩が頬を擦り寄せた。
「あー、千芳、千芳」
「はいはい。せめてシャワーを、って。無理か。吐かないでくださいよ?」
「吐かねぇよ。あー、クソッ。千芳、好きだぜ。千芳」
「はいはい」
 だからそう、何度も名前を呼ばないで。そう甘いこといわないでよ。まったく、そう思いながら、先輩をリビングまで引っ張った。
 カーペットの上に横たわらせる。あ、もう寝る態勢に入っちゃった。私のクッションを枕にして、先輩が寝返りを打った。
「うー、千芳」
「はいはい、ここにいますよ」
 毛布を取ってこようと思ったら、腕を引っ張られる。酔っ払いの先輩が顔を赤くしたまま、ジッと私を見ていた。どうやら、懐に入れたいようである。ぐいぐいと自分へ寄せようとする手を、無言で外す。
「いてくれよ」
「なにが? とりあえず、そのままだと風邪を引きますからね」
「離れるんじゃねぇ」
「だったら、せめてお布団で寝ましょうね。ところで、立てます?」
 項垂れる先輩の脇に手を入れたら、ドサッとそのまま倒れ込む。うん、知ってた。真正面から覆い被さろうとした先輩を撫でながら、思う。
「千芳、うぅ」
「どうしたんですか。泣き上戸でしたっけ?」
 首に顔を埋める先輩の頭を撫でるけど、反応なし。ただただ「千芳、千芳」と私を呼ぶだけだ。こんなに傍にいるのに。どうやら、酔っ払ってる先輩には気付いてないようだ。至近距離で抱き着いているのに。そんなことを思いながら、寝息を立てるのを待つ。酩酊状態からここまでの状態まで進んでいるのだ。恐らく、寝落ちするのもすぐのはずである。そう見立てを立てて、先輩が寝静まるまで待った。
「うぅ、千芳」
 それにしても、まるで赤ん坊のようである。言葉は主語も修飾語も抜けて、なにをいっているかサッパリだし。述語だけ述べられても、前後の文章がしっかりしてなければ無意味だ。唯一わかるのは、私の名前を呼んでいる、ということだけ。なんだか、寂しそうに縋りつくのだから、頭を撫でるしかない。
「なぁ、千芳」
 ゆっくりと先輩が顔を起こす。見ると、目は腫れぼったくてトロンとしている。鼻の頭まで顔は真っ赤だし、唇も尖らせていた。
「好きだぜ」
 そう私に確認させるかのように、一言だけ告げる。それに安心させるつもりで「はい」とだけ頷けば、先輩の瞼が重く沈んだ。
 コテンと私に寄りかかる。耳元で立てた寝息を見て、私はリビングで寝ることを決めた。


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