犬牟田さんはとても大変(酔っ払いの相手は大変である)

「男はいいよな、出すもん出しちまったら、それで終わりだからよ」
 は? なにいってんだ、コイツ? 突然酒の席で変なことを言い出した猿投山に、悪態を吐きたくなった。事の始まりはそう、コイツが誘ったからだ。今回は女性メンバー無し。この面子で行けば、蛇崩と文月辺りだ。皐月様と纏流子付近は論外である。彼方は彼方で、仲良くお茶会とかしてほしい。よって、俺と伊織と蟇郡、そして主催の猿投山と相成った。最初は取り留めのない話や、互いの近況を話したりとしたわけだが、なぜかこうなった。酒が進んだせいもあるのだろう。蟇郡は既に潰れているし、伊織の目も据わっている。猿投山にいたっては、現状がそうだ。
 ヒックと肩を揺らしながら酔っ払いはいう。
「女だと、そうもいかねぇんだよな。出したら妊娠するかもしれねぇし、それからあとツラいと聞くし」
(それ、蟇郡が起きたときに話したら、一発で説教物だぞ)
「男ほど楽に行かねぇってのが、ツラいもんがあるよな」
「そもそも。男は出して終わりで女は妊娠出産する。それが自然界の掟だろう。如何にして子孫を残すかで、生物の生態も変わるって話なんだぞ」
(伊織。お前は藪から棒になにを言い出すんだ)
 しかも、猿投山とは違って専門的な分野で例えを出してきた。おいおい、この手の話なら蟇郡はセーフだが、なにせ話が話である。猿投山の方は実際のことで、伊織は学問的なこと。妙に話が噛み合ってる分、ツッコミが追い付かない。というか、どこでツッコめばいいんだ。これ。
「魚類だと産卵するメスは最悪死ぬが、射精と同時にオスが死ぬ場合もある。なににせよ、子孫を残す際は莫大なエネルギーを使うということだ」
「だよな。だから、出したら終わりじゃいけねぇんだよ。男である以上、こう、出しちまったもんの責任ってのを」
「ペンギンだと、托卵、いや、それは鳩か」
(カッコウだよ)
「まぁ、ペンギンの場合だとオスメスの両親が交互に卵を温めて、その間は狩りに出るという」
「でも、俺たちゃ哺乳類だろ? 伊織のその考えで行くとよ」
「まぁ、そういう感じだ。僕たち人間は生物学でいうところの、ヒト科ヒト族ヒト属ヒトのホモ・サピエンスだ。因みに共食いするとプリオンが発生して、端的にいうと死ぬぞ」
「だからこそ、負担は全部妊娠した女に全部行くじゃねぇか。男の俺が代わりに受けることもできねぇしよ」
「まぁな。生物学上、身体の構造で考えると無理な話だ。遺伝子工学で人工子宮を作成し、さらにその動きも再現する──となれば、話は別だが」
「ちげぇよ。俺はな、アイツのでかくなった腹も撫でてぇんだ」
「そうか。なら、ヒト科ヒト属のヒトのオスである以上、狩猟や家事などをすることをオススメする。なにせ、妊婦の負担は想像以上にツラい」
「だよなぁ。はぁ、千芳」
 あ、なるほど。もしやコイツ、俺たちにおめでた報告をするつもりで誘ったのか? もしくは、できたかもしれないっていう相談か? まぁ、いい。他人の惚気と分かってしまった以上、酒を飲むしかない。というか本当、伊織。お前、相当酔っ払っているな? 皐月様と万が一鉢合わせる場合を考えると、最悪である。
(やはり、早々に話を切った方がいいか)
 ウゥ、と項垂れる猿投山に声をかける。
「おい、猿投山。一つ聞くが、もしや文月となにかあったわけじゃないだろうな? ここにきて相談だとか抜かすと、ぶっ飛ばすぞ」
「あ? そのよわっちぃ腕でかぁ? おっと、ワリィ。少しは足技ってのも習ったはずだもんな」
「あぁ。その君の生意気な口ごと顎を蹴り上げてやろうじゃないか? 売られた喧嘩は、まぁ買う主義でね。久々に君のデータを取らせてもらおうじゃないか、って。話を逸らすな」
 危うく酒場で殺傷沙汰を起こすところだったじゃないか。いや、殺傷には至らないが、テーブルや備品が破損するなどの事態が起こるな。そして伊織。「やるなら僕のいないところでやってくれよ」と賛同するようなことをいうな。せめて止めてくれ。蟇郡は、既に潰れているから話にならないな。良し。
 喧嘩腰になった猿投山に、もう一度聞く。
「で、文月となにかあったわけじゃないんだな? 相談なら弁護士をオススメするよ」
「別れるつもりもねーよ!! っつうか、離婚する気なんてサラサラもねぇっつーの!」
「は? お前、もう結婚してたのか?」
「まだだよ!!」
 しまった、伊織。それは火に油を注ぐ行為だ。ほら見ろ、ただでさえ自棄になった猿投山が、テーブルに突っ伏して泣いてしまったじゃないか。こうなったら余計に面倒だぞ。帰りたい。
「プロポーズの言葉も考えてるけどよ、中々いう機会がねぇんだよ。チャンスが、チャンスが」
「ふぅん」
「ねぇ、んだよ。クソッ」
「なるほど。それは一重にムード作りとやらが足りないせいじゃないのか? 一般的な女性を例に出しても、そう一概にいえるわけでもない。ちゃんと相手を見て、作戦を練るんだな」
「ちょっと伊織。水を飲もうか」
 このままだと凹んでる猿投山へさらに追い打ちを掛けそうだな。店員にお冷を三つ頼む。ついでに会計も近いことを伝えた。流石にもう帰りたい。家に帰って仮眠取った方がマシだ。
「んんっ? もうない」
「これ以上飲むのはやめてくれ。追い付かない」
「は? なにをいっているんだ、お前」
「チックショォ!! でも、無理矢理ヤっちまって孕ませちまうのは、もっとダメなような気がする」
「当たり前だろ。もしやったら、僕はお前を軽蔑するぞ。見損なったぞ、猿投山」
「まだやってないだろ。しても未遂程度だろ。あーあ、起きろ。蟇郡。そろそろお開きだぞ」
「千芳にも嫌われちまうからできねぇ」
「当たり前だろ。したら軽蔑するぞ。僕は。というか全員に軽蔑されるぞ。それを企んでやったら」
「お、来た。とりあえず水を飲んで落ち着け」
 流石に酔っ払い三人の相手はキツイ。せめて伊織、猿投山の二人は自力で歩いてくれ。そして俺の手伝いをしろ。この蟇郡を一人で運ぶには骨が折れる。

 ──話を端折るが。とりあえず猿投山の手を借りて、蟇郡を連れて行くことに成功した。伊織は遠方なので、駅で別れた。まぁ、元より戦力に入れてない。足元がふらつく猿投山は猿投山で、かなり不安だが。伊織、蟇郡と各自を家へ送り、最後に猿投山を送る。幸い、一駅分しか離れていない。往復分は、猿投山の財布から抜き取ることにしよう──。

 こうして、猿投山を引き摺って階段を上る破目になった。クソッ、なんだって俺がこんなことをしなくちゃならないんだ! 当の引き摺られている本人は「千芳、千芳」と項垂れてるし、他人を惚気に巻き込まないでほしい。いや、蟇郡が潰れるまでの間、そういった話は全く出ていなかったな。猿にしては学習した方かもしれない。ふむ、人間工学的な分野でのデータの一つにはなるか? 思考の際の行動とかの辺りが。
 そう思いながら、インターホンを押す。ドアの向こうの音は聞こえないが、視線を感じる。それから慌ただしく扉が開いた。
「あっ、先輩! なに潰れてるんですか!?」
「やぁ。酔っ払いを連れてきたよ」
 肩を竦めて声をかければ、文月の視線が俺に向いた。すぐ申し訳なさそうな顔になる。
「犬牟田先輩もすみません。こんな遅くに。疲れてません?」
「あぁ、とっても疲れたとも。ひどくね」
「すみません。えっと、始発で?」
「いいや、終電で帰るよ」
 ほら、といって酔っ払いを渡す。流石に男の俺でも重かった分、女の文月だとツラいようだ。すぐにバランスを崩した。
「うわっ」
「うぅ、千芳」
「ちょ、っと!」
「ここで殴らないでくれよ。吐瀉物が辺りに飛び散る」
 そこまでいうと、文月も察したのか。猿投山に裏拳を入れる手を止めた。サーっと顔が青ざめる。全く、その片付けに俺を巻き込まないでくれよ。
「とりあえず、往復分は貰ってもいいかな?」
「ケチ。現金でいいですか?」
「まぁ、電子マネーを手渡しで、ってのは今すぐには無理だろうからね」
「はぁ、わかりましたよ。では、あとでギフトカードで」
「それで手を打とうじゃないか」
 恐らく詫び代も入ってるんだろう。それにしても猿投山、お前。人前でいちゃつくな。蹴るぞ。背中に強いのを一発入れるぞ、オイ。
「じゃ、そういうことで」
「はい。すみません、ありがとうございました」
 そうとだけいって、頭を下げる。そんな文月に頷き返しながら、俺は扉を閉めた。スマホを見る。ギリギリ歩けば、間に合うか。ついでに未読メッセージはなし、と。仕事の連絡も入ってないようだ。
(休日に突然、なんてことはないか)
 流石に、久々に空き時間を利用してリラックスはしたい。そんなことを思いながら、静まり返ったビルの間を通った。


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