開校一年慌ただしい日常の一幕(1年初期)

「猿投山先輩って、変ですよね」
 ある日突然、暇してる俺に文月が言い放った。あん? どういうことだ、それ。口から思ったことが出た。
「あん? 喧嘩売ってんのか、テメェ」
「蟇郡先輩や犬牟田先輩、蛇崩先輩は用意してるのに。猿投山先輩だけはしてないですよね」
「『だけ』ってなんだ。俺だってしてるぞ?」
「そうですか? 全く、進んでないように見えますが」
「進んでるっつーの。俺の頭ん中だとな!!」
「それ『絵に描いた餅』ってことですよね。最適な例ですね」
「あ? だからテメェ、俺に喧嘩売ってんだろ」
「さぁ。ずっと遅れてるの猿投山先輩だけですから。催促をしてるかもしれません」
「ケッ」
 確かに、他の奴らと比べたら全然動いてねぇように見えるけどよ。こう見えて運動部は本能字学園の要なんだぜ? といったら文月は「そうですか」と答えた。当ったり前だろうがよ、おい。
「こうして昼寝してんのも、休憩だぜ? 戦士にも休憩は必要だからなぁ」
「そうですか、そうですね。適度な睡眠を取らないと、身長も伸びないと聞きますし」
「は? オイ、今どこ見ていいやがった。テメェ、答えねぇか!!」
「先輩、背ちっさいですもんね」
「うっるせぇ!! すぐに追い越してやらぁ!」
「そうですか。でも、その年でこの背丈って」
「るっせぇ!! 成長期がまだ来てねぇだけだ! せい・ちょう・き・が!!」
「そうですか」
 あー、んだ、その目は! その顔は!! すげぇ腹立つ!! 「うるせぇ!」と怒声がまた口から出る。しかし文月は涼しい顔をしたままだ。「そうですか」と。クッ、ムカつく!!
(当面の目標はコイツをブッ倒すことだが、っつか。コイツ。果たして休んでんのか?)
 俺の見た限り、犬牟田の仕事に付き合うわ蛇崩の我儘に付き合うわ、蟇郡の仕事に付き合うわをしている。オマケに俺たち生徒会四天王の行動を逐一皐月様に報告していると聞く。
(寝る間を惜しんで、修行している俺も人のこたぁいえねぇけど)
 コイツの方がよっぽどなのではないのか? 見りゃ、滅茶苦茶目の下に隈が出来ている。「寝ねぇのかよ」と聞けば「余計なお世話です」と返される。滅茶苦茶舟を漕いでやがるのに、とんだ威勢だなオイ。
「すげぇ頭が舟漕いでんのにか? えらい威勢をかましたもんだな、オイ」
 っつか、また口に出ていた。それを聞いてか、文月がすげぇギッと睨んでくる。んな、睨ませるつもりはねぇんだが。
「今、寝ている人よりはマシです」
「俺のは休憩だっつーの」
 少なくとも、はち切れる筋肉がねぇように休んでいる。「鍛錬っつっても、休憩する時期も大切なんだぜ」というと「そうですか」とまたいう。
「お前、『そうですか』ばっかだな」
「それしかありませんから」
「あん? それってどういう意味だ」
 オイ、と食いつくよりも前に文月の喉笛が遠くなる。代わりに紙束だ。ザッと見て、分厚い。俺の人差し指と親指をいっぱいにして掴めるほどまでの厚さがある。
「これ、全国から集めた高校生の分布表ですから。推薦なり抜擢なり。将来使うんですから、目を通しておいてくださいね」
「お、おう」
「例え敵になっても、対策はまぁ練れますし。手の内に引き込めば、それはそれで上々ですよ」
「お、う。相変わらず、物騒なこったで」
「そういいます? 元々逸れ者を率いてた癖に」
「逸れ者じゃねぇよ。アイツらは、行く場所がなくて暴れてたヤツもいるんだ。もう一度いってみろ、いくら女でもぶん殴るぞ」
「そうですね。人にはそれぞれありますから。言い方、悪かったです」
 ジッと文月の顔を見るが、伏せた瞼は伏せられたままだ。チッ、やりにくいったらありゃしねぇ。素直に頷かれると、これ以上なにもいえん。
 バッと文月の手から、資料を奪い取る。
「あとで見とく」
「期限、次の入試までですから。今は人員が足りませんし、有力な候補は早めにほしい。なので」
「あー、わぁかてるって! この一年が大事なんだろ? 準備する期間がよ」
「えぇ。皐月様が生徒会四天王の他に目星を付けていたとはいえ、今は雑兵が多いのが現状ですから。なので軍曹やら中将を作るとしたら人材の確保」
「あー、あー。わぁってるっつーの。要は二年に上がるまで有望な一年の確保だろう? いわれなくても、その辺りは頭ん中入ってるっつーの」
「本当に?」
「おう。マジだとも」
 お、この顔いいな。って、なにいってんだ。俺。幸い、今のは喉を通らなかったのらしい。俺の胸の中に納まるだけで終わった。
 文月はジト目で俺を見たあと、スッとまた涼しい顔に戻った。いつもの顔である。
(んな顔すりゃぁ、ちっとは可愛らしいものを)
 って、なにいってんだ。俺は。文月は俺の確認を取れたことで満足してか「それならそれで、いいですけど」といって膝を伸ばした。
(もう行くのかよ)
「それ、期日が迫ってるので。早くしてくださいね。他のも生徒会四天王運動部統括委員長のデスクに、貯まってますから」
「おーう」
「皐月様の、生徒会室に集まる日程、覚えてます?」
「来週の月曜日」
 それだけをいうと、文月は満足して帰った。っつーか、それだけかよ。
(休んだかどうかも、わからねぇな)
 少なくとも、文月が来るまでの少ししか休んでねぇ。っつか、ねみぃ。しかし、やることが山積みなのは確かである。
(クッソ、効率良くタスク終わらねぇかなぁ)
 とりあえず、現状、ヤツらの状態も見なければならん。俺ぁ他にもやるこたあるんだがなぁ。そうボヤきながら、俺も本能字学園の戦力増強の仕事へと戻った。


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