年越しに風邪

「すみません。急に引いてしまって」
「いいってことよ。それより、良くなったか? 風邪」
「えぇ、まぁ」
 そう返しながら、ズビッと鼻を鳴らす。本当、情けない。こんな土壇場で、風邪を引くなんて。
「大掃除、一人で任せてしまってすみません」
「気にすんなって。大したことなかったしよ」
 お前が月の初めからやろうといった結果、特に大変じゃなかったしよ。と先輩が続けていう。年の瀬に、お店の掃除を終えたら倒れてしまったのだ。なんというか「あと家の大掃除が残ってる!」というところで張り詰めた気が途切れてしまって、これが結果だ。
 ベッドの中で鼻を鳴らす。先輩は私の看病をしながら、時計を見ていた。
「飯、食えるか?」
「まぁ、なんとか、かもです」
「そうか。蕎麦、くらいなら食えるか?」
「あー、うぅ」
 どうだろう。蕎麦って、消化によかったっけ。迷っていると、先輩が先に「そうか」といってきた。その気遣いに、居心地が悪くなる。
「すみません」
「謝んなって」
「でも、折角の年越しなのに。お蕎麦を食べれないなんて」
「俺が好きでやってることだ。千芳が気にすることじゃねぇよ」
「すみません」
「だから、謝るなって」
「すみ」
 もう一度いおうとしたら、先輩の眉間に皺が寄った。まるで、不動明王だ。
「はい」
 そう言い直したら、スッと先輩の眉間から皺が消えた。
「それに、最近CMでも『年越しにうどん』とかいってるんだぜ? 流行りに乗れたもんだろ」
「はぁ」
 そんなCMなんて、あったか? そう思うものの、思い出せない。なにせ、テレビの好みすら違う。先輩が楽しく見てるものと私が楽しく見てるもの、全然違う。それでも話が、一緒に見てるのは、単純にどう楽しむかっていう姿勢が似てるだけなのだ。それで、話が合うだけに過ぎない。なので、私には『うどんは年越しにOK!』なんていうCMを知らずにいる。だから先輩の口から聞いて、初めて知ったのだ。
(あぁ)
 風邪だから、思考があまり追い付かない。複雑化して追い付けない思考の渦に疲れていたら、先輩が掌を額に乗せた。
「きもちいい」
「もう少し、寝とけ。治りかけが一番ヤバいらしいからな」
「うん」
「もう少し、良くなったら、一緒に初詣行くか。どうせ店も五日まで休みだしよ」
「すみません」
「謝んなって。風呂、入るか?」
「はいらないんですか?」
 一緒に、と呟いたら先輩の手が止まる。ついでに開きかけた口も閉じた。多分「お前が入ったらな」といおうとしたんだろう。その顔が消えて、段々とむくれっ面になった。真っ赤になってる。
「我慢、できなくなっちまうだろ。病人、なんだしよ」
「そういえば、そうでしたね」
「あー、あれだ」
 もごもごとしていた先輩の口が、ようやくはっきりと開く。
「体、拭いてやるくらいのことは、してやれるぜ?」
「おねがいします」
「そう」
 か、と先輩の声が段々と小さくなる。先の態度はどこへやら、先輩はキュッと肩を狭めた。本当、こんなときに風邪を引くなんて。
「すみません」
「いいってことよ。謝んなって」
「でも、せっかく二人きりですごすのに」
 しかも、乃音先輩や犬牟田先輩、蟇郡先輩とも過ごさない。いつもの生徒会四天王のメンバーと過ごさないのだ。病人の私と二人。申し訳なくなる。
 ギュッと、先輩が手を握り返した。
「いいってことよ。俺が、好きでやってることだしよ。っつか」
 先輩の赤色が引いて、しれっとした顔になる。
「風邪引くと気が弱くなるっての、本当なんだな」
「うぅ」
「そこまで弱気なの、初めて見たぜ。いや、久々か?」
「忘れてください」
「忘れねぇよ」
 あぁいえば、こういう。こう返せば、あぁ返す。なんというか、敵わないな。本当。
「ねしょうがつになりそう」
「その間中、俺が看病してやるよ。心配すんなって」
 一緒にいてやるからよ。と先輩がさらに手を握り返した。両手で、ギュッと手を包まれる。その感触に集中すると、私は先輩の裾を握ってることに気付いた。
(あ)
「あとな、ちょっと、今いうのも卑怯だと思うんだがよ」
「はい」
「『俺のかみさん』っつったら、怒るか?」
 一瞬、思考が止まる。どういうことだろうか。もしかして、年越しの大掃除で、最後のお店の掃除を先輩に任せてしまったこと? それとも、なにかがあったんだろうか。確かに、ご近所さんにあぁだこうだと説明することがあるかもしれない。その結果、一番最適──問題もなくて、いざこざもないのが、俺のかみさん呼ばわりだったのかもしれない。
「はぁ。べつに、なんとも」
 そう上の空で答えたら「そうか」と。また先とは別のように顔を赤くした先輩が、頷いたのであった。


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