心眼通の先輩は説明不足

 片付かない書類の仕事はさておき、先輩は事あるごとに三つ星専用体育館に行くことが多い。暇があるごとに、というか。よくそこに行くことがある。
(私の都合上、手合わせの相手にもできるのに)
 そこまで負けるのが嫌なんだろうか。確かにするごとに勝ったりしてるけど。そう思いながら行くことも、以前と変わらない。天眼通で調子に乗っていた頃と心眼通を会得した今も、三つ星専用体育館に行くことは変わらない。そこに籠ることは変わらない。
 広い体育館に入っても、先輩の姿は見えない。
(またあそこかな)
 竹刀射出の練習に弓道場のヤツ使ってたし、架空の人物を使った模擬線でなければ、そこにいる可能性が高い。体育館倉庫を覗きながら、弓道場に入る。離れの弓道場に繋がる渡り廊下を歩いた時点で、もう竹刀を射出する音が聞こえた。トントンと、空気を切り裂く音で的を射抜いている。
(そういえば。あの辺りの修理費ってどのくらいかかっているんだろう)
 的の交換といい。財閥の力があるとはいえ、修繕費が気になるのは気になる。
 三つ星専用だから、二つ星や一つ星のいるものとは違い、誰もいない。此方に気付いて挨拶する者もいない。いるとすれば、剣の装‐改‐を装着して稽古に励む先輩の背中があるだけだ。此方に気付かないというか、気にしてないというか、どっちだ。
(どうしよう)
 声をかけるべきか、気付くまで待つべきか。そう思ってたら、二発目の竹刀が的に当たった。二発目というか、最後の的というか。
 連続的に上がっては下がってを繰り返した的が、全部倒れる。
「千芳か」
 此方に振り向きもせず、先輩がいう。苗字、とは思っても今は二人きりだから問題ないか。名前で呼んだことには触れず、要件だけを伝える。
「さっさと溜まったのを処理してくださいよ。色々と重要なの、立て続けに詰まってるんですから」
「俺がやらなければならないものは、既に済ましたはずだぞ」
「他にもです。あと」
 胸に抱えた仕事を捲りながら、先輩にいう。
「見たのなら、せめて判子でも押してくださいよ。承認の、なければ無意味なんですから」
「書類を見ろという話か?」
「えぇ」
「それは無理な話だ」
「なんでですか」
「千芳」
 名前を呼んでくるけど、反応しないでおく。キラキラと極制服の変身が解ける音が聞こえた。光も見えた。
「今の俺には、紙の上に書かれた文字を読むことは難しい」
「じゃぁ、なんでできたのとそうでないのとに分かれてたんですか」
「読んでもらったからだ。それで承認かそうでないかを判断した」
「じゃぁ、未承認と不承認が混じってることになるじゃぁないですか。あの中だと」
「そうだ。悪い」
「謝るなら、先に気付いてくださいよ」
 人の仕事を増やして。そう思うと自然と唇が尖る。色々と私もやることがあるのに。ブツクサと文句を心の中でいおうとしたら、顎に指をかけられて、唇を触られる。
「どうして、唇を触るんですか」
「癖だ」
「そうですか」
 初耳ですけど。そう伝えると「そうだろうな」と先輩が答えた。それならそうと、説明をしてほしい。
「口下手にもなりました?」
「失敬な。俺の心眼で全てを見通すことができるんだぞ」
 いや、そう胸を張るならちゃんと説明をしてほしい。二度、心の中で思った。


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