本能字学園にお化けが出た!(1年)

 あくる日あくる朝、突然伊織先輩からこのような報告がきた。
「最近、本能字学園に幽霊が出るらしいな」
 その発言に、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「はぁ? 下らない。そもそもお化けなんていませんよ。ねぇ」
 同意を他の先輩たちに求めようとしたら、それぞれの思惑が顔に出ていた。犬牟田先輩は動じてなさそうだけど、キュッと眼鏡のブリッジを上げた。
「幽霊ねぇ。確かに非科学的存在だけど、監視カメラに映るのもいるらしい。まっ、俺の観測した限りじゃなかったけど」
 と科学的根拠に基づいて報告を反論する。それに伊織先輩は苦い顔をした。続けて乃音先輩がいう。
「裁縫部っていつも働きづめじゃなぁい? それで幻覚見ちゃったのよ! げ、ん、か、くぅ」
「蛇崩。僕は部下たちに作業のパフォーマンスが落ちぬよう、適宜休憩を入れるよういってある。遊んでばかりの君たち文化部と一緒にしないでもらえないか?」
「あぁ?」
「まぁまぁ、どうどう」
 喧嘩を売った伊織先輩と喧嘩を買った乃音先輩の間に入る。こうして関係のない中立な者が間に入ると、冷戦と激戦は一時は収まるのだ。乃音先輩の機嫌は収まらないけど。
 猫みたいに毛を逆立てたり肩を鳴らしたりする先輩の後ろで、蟇郡先輩がしかめっ面をする。
「犬牟田の監視カメラにも映らないということは、内部の事情を知っているものか? ムム、不届き千万であーる!!」
「ケッ、どうせコソ泥とかの類だろ。んなのは、見つけてとっちめりゃぁいいんだよ」
「そう簡単に考えられる頭で羨ましいですね。猿投山先輩」
「あ?」
 またテーブルの上に置く足へピシッと指摘を入れる。
「そもそも、まだ『なにを盗られた』のかの情報も入ってないんですよ? 犬牟田先輩のコンピュータや、情報戦略部室へのハッキングがあったとも聞いてないし」
「だね。というか、俺のパソコン及びコンピュータ関係は頑丈なセキュリティで守っているからねぇ。そう簡単に、誰彼構わず侵入できないってことさ」
「じゃぁ、犬くんのとこは無事だというわけぇ?」
「まっ、そういうことだね。他はどうかは知らないけどさ」
「風紀部から不届き者は出んっ!!」
「右に同じく。っつーか、次の大会に向けて各部鋭意努力中だ」
「まぁ、運動部は一番征服がしやすいもんですね。ハッキリと力の差を感じられやすいというか」
「フッ。っつーことで、運動部の方からは、そういった報告はなんも出てねぇな」
「そうか。しかし、貴様らの方は夜になったら全員上がっているだろ。運動部やら文化部とやらも深夜まで活動していない。情報戦略部は、犬牟田以外は全員ローテンションで睡眠をとっているだろう」
 そういわれると、立つ瀬がないのか言い返せないのか。先輩たちは黙った。
「でも、仮眠をローテーションで取るのは伊織先輩のとこも同じなのでは?」
「僕たちに休む暇はない。限界の近付いた者は各自休憩を取るようにいっているが、基本ユンケルだ」
「休みましょうよ。体が資本ですよ。風邪を治すのも」
 キリッとキメ顔で栄養ドリンクの名前を出されても困る。それによく見たら目の下にすごい隈が出来ていた。疲れてるなぁ。そう思ってたら、各々先輩方が言い出した。
「だからって、どうして裁縫部の報告を私たちが受けなきゃならないわけ?」
「仮にも学園を支配する生徒会の四天王だろ。学園の問題はそっちの管轄だろう」
「それには一理ある。ならば出現時の状況やその時間帯などのデータも貰わなくてはね」
「出現状況は様々だ。一人のときもあれば二人のときもある。大抵は人気のないところを通りかかったとき。深夜の廊下や教室などだな」
「ふむ」
「特別な科目を実施する教室とかは? 家庭科室とか、はんだこてとか」
「図画教室の部屋だろぉ? ふぁーあ」
「猿投山先輩、欠伸をしないでください」
「なら生徒会の者から警備の者を数名出すか?」
「しかし、このような事態は秘密裏に処理すべきだろう」
「そうそう。皐月様の治める学園で幽霊が出るなんて、とんだ風評被害よ!」
「盛り塩置いとくか?」
「そんなことしたら、風で吹き飛ばされるのでは? 一斉射撃で殲滅した方が楽ですよ」
「過激だな、君は相変わらず」
「楽な方を選び、死体の処理も粉々になった肉片及び骨片も集めて燃やすだけで済むので。大変なのは窓や壁、廊下についた汚れなどを綺麗に落とすだけですね」
「こえぇよ!」
「できるだけ穏便な方で頼む」
「さらに皐月様の治める学園の価値も下がるじゃない!! バカッ!」
「えっ、ご、ごめんなさい?」
「うむ。せめてマシンガンではなく網にしておいた方がいいだろう。窓も割れてしまう被害も出るからな」
「流石風紀部委員長。目の付け所が違うねぇ。ついでに監視カメラも壊れる可能性があるからやめてくれ」
「設備は大事に?」
「そういうところだ」
「いやいや、気持ち悪ぃだろ。人がミンチになったところを通るなんざ」
「でも、二つ星や一つ星の通学路にあるスクールバス。いざというときに外部の侵入者を退ける対戦車用マシンガン取り付けてますよね? 他にもロケットランチャーを各家庭に装備させておいたり」
「それは皐月様の御意向だ」
「こちとら弱肉強食の世界に生きてんだぞ? 平穏ぬくぬくと暮らしてる家庭に、いざというときに戦えるよう、それなりの装備を揃えておくのも筋ってもんだろ」
「筋かしらねぇ、それ。まぁ、そう滅多なこともないんだし、押し入れの奥で埃を被ってるだけだと思うけど」
「無星が専用の電車を使わず、一つ星や二つ星の領地に足を踏み込んだときに発砲許可が出る、くらいしかないからねぇ。今のところ使えるものとなると」
「じゃぁダメじゃん。埃被るだけじゃん。今の状況を顧みると、全然使う機会ないじゃないですか。やっぱり戦場に慣れるためにも模擬戦闘をすべきなのでは」
「的はどーすんだよ。空気に向かって発砲するだけかぁ?」
「無星」
「ひどっ!!」
「ついでに彼らの反射神経及び動体視力や身体能力の向上も見受けられるので、一石二鳥ですね」
「いやいや、相変わらずスパルタだなぁ」
「うぅむ。それなら我々の実施する抜き打ちのみで充分だろう。あのコースだけでも、その価値は充分に見込まれるはずだが?」
「まぁ、いっててなんですが、無星の中にスパイがいた場合を考えると、それに見せるのもな……。って考えてましたし」
「待て待て。お前ら、話がズレてるぞ? 僕のいった『幽霊』どうこうを解決する話は」
 どうなんだ、と伊織先輩がいおうとしたとき、カツンとヒールの高い声が鳴った。あっ、これは。思わず片膝を突いて頭を下げる。見たら他の先輩も同じことをしていた。
「騒々しい。いったい何の騒ぎだ。揃、お茶を」
「ハッ! 皐月様」
 はい、というように揃さんが頭を下げる。代わりに蟇郡先輩が答えた。
「裁縫部より、深夜の本能字学園に幽霊が出るとの報告を受けました。それに対して様々な対策を練っていたところです」
「ほう。して、その対策とは?」
「はい。文化部からは、そういうオカルトめいたことを研究する部活がありましたので、そいつらに当たらせようかと」
 そんなことを考えてたんだ、乃音先輩。さっきまでそれの一言すら発してなかったのに。
「運動部からは、もしもの為に備えて戦力が必要でしょうから、大会に支障のないレベルで腕の良いものを遣わせようかと」
 犬牟田先輩かと思ったら猿投山先輩だった。普段あぁなのに、こうなると頭回るのね、この人。
「情報戦略部からは、監視カメラや学園内の情報から『幽霊』とやらの足取りを掴もうと思います。もしかしたら、生きている人間の可能性もありますので」
 そういって犬牟田先輩はクイッと眼鏡を上げた。あ、この人はさっきと同じこといってるなぁ。あのわいわいといってた中で同じことを。
「で、お前はどうするのだ」
 文月、と。揃さんから淹れてもらった紅茶を飲みながら皐月様がいう。有無をいわさずいわせるつもりの眼光だ。
「私は」
 一息おいていう。
「先の『生きている人間の可能性』を考慮して、少数精鋭部隊で行動するのが良いかと。もし幽霊が本当に実在しているのであれば、除霊をするなりすればいいし、人間であった場合は我々で秘密裏に対処すれば、公にはならないはずなので」
「ハハッ、除霊か! 面白いことをいう。敵に塩を送るつもりか?」
「いいえ。しっかりと口を割らせて対処するつもりなので」
「ほう」
 笑った皐月様は紅茶をもう一口飲む。まさか除霊の話を本当にするとは思わなかったんだろう。乃音先輩と猿投山先輩、次いで蟇郡先輩から文句をいいたそうな目が刺さる。
「皐月様。文月の意見には賛成です」
 ここで伊織先輩から助け船が入る。
「非現実的存在が目の前に現れたとき、その正体を知らぬが故に、恐慌状態に陥って最悪の事態にもなります故に。早期解決を目指すために、早急に手を打つのがよろしいかと」
「そうだな」
 皐月様は頷く。大抵、伊織先輩が口を出したときに結論はついてるんだよなぁ、ある程度の。そう思ったら、カツンとヒールが高く鳴る音が聞こえた。
「お前たちに命ずる! これより生徒会四天王は、その学園に蔓延る幽霊の駆除に務めよ! 期限は一週間!! 手段は問わない! 一匹残らず駆逐せよ!」
「ハッ!」
 皐月様の命令に反射神経で応える。承諾するのを見ると、皐月様は揃さんを連れて生徒会室を後にした。それにしても「駆逐せよ」ってどこかで聞いたことある台詞だよなぁ。
 と、思いながら過ごしているとすっかり夜になる。学園に残るのは一日も休まず稼働を続ける裁縫部と、我々生徒会四天王とそのプラスアルファである。犬牟田先輩、なんかゴーストバスターズみたいな格好、してません?
「なぁに、それ。犬くん、とんでもないアレルギー発症しちゃったわけ?」
「万が一憑りつかれるといけないのでね。アルミで作った防護服で自衛をさせてもらっている」
(ネットの海の知識からなんだろうか)
「ふぅむ。しかし憑りつかれるのは強靭な精神を持たないものに限るのではなかったか?」
「つまり、怯えなきゃいいってことよ! 簡単な話だな」
「では強い鋼の心を持ってくださいね。内臓飛び出たゾンビが出ても驚かないでください」
「一々いうことがこえぇよ、お前は。ゾンビ映画の見過ぎだろ。もうちょい気を楽に持てや」
「そう楽観的に捉えることが羨ましいですね」
「あ?」
「喧嘩している暇はないぞ。探知レーダーが反応している」
「はぁ? なによ、それ」
「俺特製、幽霊兼人間の探知レーダーだ。生命反応のある場所にレーダーが反応する」
「幽霊って。確か生きてましたっけ?」
「さぁな」
「幽霊といっても、電子の働きには働くものさ! 微量な電子の動きで特定をしているのさ」
「ふぅん」
「チャフばらまいた方が早くないですか? 胡椒入りの」
「やめろ! 機械が壊れる!!」
「ヒッ!」
「まー、冗談は置いといて。で、これはなによ」
「ん?」
「この表示よ、表示!」
「あぁ。これのことか。幽霊兼人間を反応するのに余計な要素は入れたくないんでね。俺たちの反応にはそれぞれのアイコンを入れさせてもらった」
 そういって携帯端末の画面をタップする。
「蛇崩には蛇で、猿投山は猿、蟇郡は蛙で俺は犬」
「私は?」
「文月はこれだ」
 そういってシルクハットを刺される。一応、まだ改良中なんだけどな。この極制服。
「これでわかりやすく識別しているのさ」
「ふぅん。で、どこ向かってるんですか、コイツ」
「学校の地図くらい頭に入れておけ。家庭科室じゃねぇのか? ココ」
「あぁ、ウチの管轄ね。確か、料理部のヤツらが次の部活動のために使う食材を入れておいたってあったわ」
「食料」
 なんか犯人が絞り込んできた。
「とりあえず、もうオチが付いたような感じがしますけど、気を抜かずにやりましょうか」
「はぁ?」
「ネタバレすると、無星の連中の可能性が高いですよ。変に能力の高いヤツらがいますからね。コソ泥の才能があったんでしょ」
「コソ泥って、おいおい。マジかよ」
「マジです。人間いつ才能発揮するかわからないものですから。大方、日中の学園生活で監視カメラの位置を把握し、夜中学園に忍び込んで各施設や設備を確認してたんでしょう」
「設備って、なにをだよ」
「監視カメラとか、赤外線センターとか、色々」
「ムッ! 由々しき事態だな」
「その通りですね。お金とてもかかりそうだけど」
「まぁ、バックに鬼龍院財閥がいるから、お金の問題はなさそうだけどねぇ」
「後はどう、対処するかだな!」
「先輩、煩い。とりあえず敵を吐かせて侵入経路を吐かせてから、諸々対処するとしましょう」
「だな。侵入した敵から全部ゲロった情報を検査して参考にしてしまった方が早い」
「デマを掴まされないといいけどねぇ」
「それが拷問官及び自白させる側の腕の見せ所ですよ」
「お前がやるのか」
「その通りです、蟇郡先輩。とりあえず、家庭科室ってどのような感じでしたっけ?」
「おいおい、肝心なところで抜けてんなぁ、お前は。蛇崩」
「アンタも肝心なところで抜けてるわね! 確か窓があったわね。ここと、ここ。それで入り口はこことここで」
「ふぅん。なら蟇郡先輩は家庭科室上で待機して、相手が逃げたら空中プレスしてください」
「空中プレスってなんだ」
「ほら、あの、両手を広げて、大の字で」
「あぁ。あれか」
「ありゃぁ痛いね」
「な、なんの話をしておる!?」
「とにかく、相手が窓から逃げたらすぐに窓から飛び出して追いかけてください。それで入り口のところにはすぐに反撃できる態勢で」
「俺が行くか」
「じゃ、僕は一番手の少ないところで」
「入るところですね。では猿投山先輩はそこから遠いところで。一応、乃音先輩には私と一緒に付いてきてください」
「はー、仕方ないわねぇ。まっ、コソ泥さんの顔を見るのも悪くはないかもね」
「最悪人相を描くときの参考にもしたいので。描けないけど」
「美術部に任せましょ」
「じゃ、文月の作戦で良いってことで」
「おう」
「異論はない」
「じゃ、作戦開始だ」
 そういうと同時に、犬牟田先輩が光学迷彩をやり出した。ピカッと一瞬だけ周りが光ったけど大丈夫かな。確かにそれは相手の不意を打ちやすいけど、果たして大丈夫なんだろうか、バレてないのだろうか……。
「あぁ、ちゃんと付いてきてるから大丈夫だよ。ただ君たちの目に見えないってだけで」
「はいはい」
「バレてないことを祈りましょう」
「クソッ、こんなことなら俺も剣の装にするべきか!?」
「しなくていいです。不意打ちなら素の状態で充分できるので」
「うむ。わざわざ無星相手に三つ星極制服を使うことはない。では、上の階に行ってくる」
「はーい」
「で、猿くんはアッチ」
「へいへい」
「この会話、聞かれてないといいんだけどなぁ」
「今更だろ。深夜の廊下は意外と音が響くんだぞ」
 と後ろから光学迷彩で背景に溶け込んだ犬牟田先輩からいわれた。

 ──結局のところ。私の予想通りコソ泥の才能に目覚めた無星の連中が食料や換金できるものを目当てに忍び込んだことがわかったので、こってりと搾り上げて改良案の報告書を書くことなった。コソ泥の後始末ですか。【学園の風紀を乱す者】という判断をしたので、蟇郡先輩に全部投げた。後のことはどうなったか知らない。

「ので、こうなりました」
「ばっかじゃねぇの!?」
「アンタ、子どもの落書きでもこうはならないわよ!? 幼稚園の男児並の発想!!」
「いやいや、重装備すぎるだろ。宇宙生命体と戦争を起こす気か?」
「でも」
 方々から批難のあった計画書だが「重装備すぎる」との意見を受けた報告書は通った。そして秘かに学園をロボット化するとの話も聞いたが、果たして、その。
 不安は色々と残る中、とりあえずいつもの業務に戻ったのであった。


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