先輩と窓際で夜の本能町を眺める

 とても眠れやしない。やることも多いし、こなさなければいけないことも多い。だからといって寝ることができないのだ。前述した通り、眠れない。例え寝ることで気分がリフレッシュして、作業が少しでも速くなるとしても。
 そんなことを思いながら、執務室を出る。夜風が冷たい。ふぅっと息を吸いこむと、冷たい空気が肺に入った。そのまま、満天の夜空とそれが照らす町並みを眺める。本能字学園がトップにある本能町だ。裾が下へ広がるに釣れて、一軒当たりの敷地や家屋の価値も造りも、ランクが低くなっていく。まさに格差社会であり、弱肉強食を体現した世界だ。この世界の仕組みが生徒一人のランクによるものだから、実に本能字学園の生徒を中心で作った社会のシステムである。
 そう取り留めのないことも思い出して、頭を整理する。今までのことを思い出していたら、右方から足音が聞こえた。体を起こし、振り返る。同じように眠れないのか、猿投山先輩がいた。視線はこちらに刺さったままである。
「どうも」
 適当に挨拶をして、顔を町並みに戻す。皐月様の作る世界の裾野では、ポツポツと灯りが付いては消えていた。恐らく、水商売とか居酒屋とか、ほんの一部しか付いてないのだ。海へ広がる裾の部分は、殆ど暗い。そう思ってたら、隣に先輩が立っていた。
「なんかあんのかよ」
 ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、町を見下ろしている。
「いいえ、別に。なにもありませんよ」
 見ての通り町は平和だし、変なものやスパイも入り込んだ気配もない。その報告に先輩は「ほう」とだけ頷いた。
「なのにここで堂々のサボりかよ。ハッ、いい気味だな」
 そういって、窓枠に寄りかかる。私が退かした窓がそっち側にあるので、充分に頭も寄りかかれた。そのまま、頭から落ちることもない。
 冷たい夜風が、頬を触る。
「猿投山先輩こそ、そうなのでは? この時間までどこかに出かけていらしゃったようで」
「ハンッ、野暮用だ」
「なるほど。毎日毎夜野暮用で出掛けるとは。なんて大変な毎日でしょうね」
「他人のことをいえる立場か? 手前ぇこそ、こんな夜遅くまでなにをやってることやら」
 ハッ、とまた鼻で返す先輩に、皮肉で返す。
「さぁ? きっと、猿投山先輩を始めとする、提出が遅れた方で滞る犬牟田先輩の作業がスムーズに進むよう、裏から手を回すとかじゃないでしょうか」
 そう事実を織り交ぜて聞き返すと、先輩が黙る。図星だ。グッと口を閉じる先輩を横目で見ながら、夜景に目を戻した。
 相変わらず、本能町は格差社会を映し出している。
 無星のスラム街と一ツ星のマンションとを見比べていたら、先輩が「戻らねぇのかよ」と呟く。いったい誰に呟いているんだろうか。気配を探るが、先輩以外に人の気配も生物の気配もしない。自分に対してなのだろうか。「えぇ」とだけ返した。
 会話が途絶える。そのあと、ボソッと「そうかよ」と先輩が答えた。だから、どうしたというのだ。そう思うものの、聞く暇などない。
 ボーッと、本能町の夜景を眺める。相変わらず先輩は横で、窓に寄り掛かっているだけだった。


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