私は一息吐く(先輩は心配する)

 女性に訪れる月に一度の日って、本当最悪だと思う。お腹は痛いし、眠いし、それで一歩も動かなくなるし、吐き気もするし。食欲もあるのになくなって。本当に、厄介だ。
 あまりにの痛さに早引きしたけど、計画の邪魔になってないだろうか。なっていたら嫌だ。でも治ったらできなかった分は取り戻すから。と思ってたら、ヌッと影が下りてきた。
 額の髪を掻き分けられ、掌を当てられる。熱を測られているようだ。その正体を知りたくて、重たい瞼をどうにかあげた。
「せ、んぱい」
「わりぃ、起きちまったか」
 猿投山先輩だった。
 それもそうだ。毎日悪夢に苛まされて限界だという理由で先輩宅にお邪魔し、居候させてもらってるんだから。
 重たい頭で、額から頭へ撫でる先輩の手を眺める。
「熱は、少しありそうだな。食欲はあるのか?」
「す、こし」
「そっか。少しか」
「ごはん、」
 先輩の作りそうなものに思い当たり、先手を打っておく。
「こんにゃくにするなら、せめて、炊き込みご飯にしてください」
 そう懇願を付けると、先輩は目をパチクリと瞬いた。そして長い沈黙を置いてから、「おう」とだけ呟いた。
 お腹が痛い。思わずブランケットを引き寄せて体を丸めた。
「もしかして、体が冷えるのか?」
 先輩の質問に、頷く。体が冷えるよりはお腹が冷えて辛いのが実情だ。ジンジンと下半身が湿る。あとでナプキンを変えなきゃな、洗わなきゃな、とやることが先行する。けど、お腹が治るのが先だ。ギュッと体を丸める。
 遠退く先輩の足音を聞いてから暫く寝てると、急にポンッとなにか温かいものを被せられる。毛布だ。もしかして、さっきからガサゴソと箪笥を開ける音とかしたのって、これを探していたからだろうか。
「体冷えるんなら、あったかくしないと早く治らないだろ。毛布でも被っておけ」
「あ、りがとうございます」
「リクエストのこんにゃく炊き込みご飯は、腕によりをかけて作ってやるからな」
 こんにゃくをオーダーに取られて嬉しいのか、先輩はニカッと笑った。男性らしさを感じさせる朗らかな笑みだ。なんだか、今ならもう少し我が儘をいってもいいかもしれない。
「あの、先輩」
「あ?」
「できれば、湿布、温かい湿布もほしいです」
「はぁ? 温かい湿布だなんて、なにに使うんだ」
「患部の冷えを取り除くためです」
 先輩が押し黙る。ジッと私の目を見たあと、重く口を開いた。
「熱を、下げるためじゃなくてか?」
「冷えたら逆効果なので」
「ふぅん。わかったぜ」
 女の体はよくわからん、といいたげだ。先輩は「わかった」というように軽く手を振りながら背を向けた。
 先輩が出て行く様子を見てから、また眠る。うつらうつらと舟を漕げば、すぐ眠りに落ちる。レム睡眠に入りそうになる。でも先輩の到来で意識が浮上した。
 トン、と箱を置く音で目を開けた。
「これでいいのか?」
「あ、はい。早いですね」
「俺は運動部統括委員長だぜ? 湿布くらい手の届くところに置いてるっつーの」
「ふぅん」
 確かに、運動時に骨折とか捻挫すると、湿布とか温湿布を使うとか聞いたことがある。
 使いさしの箱を開ける。使いさしの袋があったので、温湿布を一枚取りだす。先輩は、まだいた。
 離れる気配のない先輩に沈黙を保ったあと、先輩に尋ねた。
「あの、先輩」
「なんだよ」
「ちょっと、部屋を出てくれません? 恥ずかしいというか」
「え。自分で貼れるのか?」
「貼れますよ。あとは、自分で出来るので」
「ふぅん?」
 ジト目で見上げると、先輩が腰を曲げてジト目で見返す。そのままジト目の報復を続けた。私は早くお腹に温湿布を貼りたいし、先輩は私を一人にして果たして大丈夫かと疑っている。
 引かない先輩に引導を渡した。
「脱ぎます」
「は?」
「服、脱ぎます。着替えるから、出てってください」
「ッ! わ、悪かった!!」
 瞬間、カッと顔を赤くして先輩は部屋を飛び出した。
 案外、初心なところがあったんだ。私は先輩の純粋なところにしみじみと思いながら、服を捲った。
 シャツ越しに下腹へ温湿布を貼る。貼った瞬間は何ともなかったけど、段々と熱を持ってきた。そしていった手前もあるし、本当に着替えることにした。
 極制服を脱ぐ。多分、伊織先輩や犬牟――田先輩は気付いてるそうだから、まっ、いっか――に今回の体調不良は極制服が原因ではない、ということを伝えなきゃ。
 頭がガンガンとする。体を温めるパジャマに着替えたあと、いそいそと布団の中に潜り込んだ。ブランケットと毛布の組み合わせは、とても温かかった。



 暑苦しさで目を覚ます。温かいと思ったら暑くなっていて、体が汗ばんでいた。
(でも、お腹は痛いままだ)
 ガンガンと痛いし重い頭で眠気を堪える。眠くて頭が痛くても、胃袋は空腹を訴えていた。
 スリッパを履き、台所へ向かう。美味しそうな匂いが段々と近付いていた。
 リビングに入ると、先輩が宣言通り炊き込みご飯を作っていた。
「おっ、お目覚めかい? 少しは体調が良くなったのかよ。オーダー通りのこんにゃく入り炊き込みご飯、完成しそうだぜ」
 先輩の声も、さっき会ったときより幾分と弾んでいる。なにか、いいことでもあったんだろうか。緑色のニットタンクトップに極制服のズボンを着用した状態の先輩が振り向く。瞬間、固まった。
 なにかあったんだろうか? 不思議に思いながらも、水を飲む。
「おい、千芳」
 蛇口を捻る。あ、コップ忘れた。
 先輩は視線を明後日の方向に反らしながら、口をへの字に曲げて顔を赤らめていた。
「ボタン、おい。ボタン。最後の一個まで留めろよ」
「え」
 トントン、と自分の胸板を捧ぐ先輩を見上げる。顔を真っ赤にする先輩は汗を掻いていた。おかしい、そこまで暑くないはずなのに。と思って自分の胸元を見たら、結構ボタンが開いていた。どうやら寝てる間に外れてしまったようだ。
(涼しかったから気付かなかった)
「すみません。お見苦しいものを」
「いや、見苦しくなんかね、ゴホン! 喉、渇いたのか?」
「あ、はい」
 話を変えた先輩の話題に頷く。コップの中身は水で溢れていた。
 適当に中身を捨てて、コップに残った水を飲む。先輩はお味噌汁を作っていた。
「結構、体調悪い感じかよ。大分適当になっているぞ」
「そうですね。もう少しすれば治ります」
「『もう少し』? 二、三日治るような風邪じゃないのか」
「え」
 先輩の発言に顔を上げる。先輩は眉を顰めていた。本当に、心配しているようだ。
 先輩の心配の元がわからなくて、首を傾げそうになる。けど、訂正は加えておいた。
「風邪じゃないです。月に一度の日です」
「月に、は?」
「『月に一度の日』。わかりやすくいうと『生理』です」
「せっ……!? せ、せ、ッ! わ、悪い! 男の俺が、その、女の体に勝手な口出しをしちまってよ」
「はぁ」
 全く心当たりがないので、曖昧に応えるしかない。
「でも、今みたいに気遣ってもらえるの、嬉しかったです」
「へ」
「さすがに、学園でされるのは困りますけど。でも」
 喉が渇いて、飲み足りなくて蛇口をもう一度捻る。
「プライベートの時間に、こう心配されると、とても嬉しいです」
「そ、そうか。そうなのか、うん。うん」
 と、先輩は最後の頷きに余韻を残したあと、安堵したように呟いた。
「それなら、よかったぜ」
 そう、憑き物が落ちたように息を吐いたのだった。


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