四天王と一緒に大晦日を過ごす話(卒暁後)

 幸いなことに、皆が休みに入っていた。なら、久々に会って年を越そう……。ということで、当然のように犬牟田先輩の家に集まった。セキュリティのほどよいマンションのエレベーターに乗り、ボタンを押す。ウィンウィンとエレベーターが上がるけど、怖い話にあるように階数がバグることがない。一、二、三、と順序よくランプが点滅し、先輩のいる階数に着く。チンと音が鳴ると同時にエレベーターを出た。冬の肌寒さが肌を刺す。コートの襟を掻き集め、マフラーを巻き直す。心なしか、寒さはマシになった。
 固い足音が耳に入る。響く足音を聞きながら、扉の前に立った。
 先輩の番号は、あった、これだ。
 スマホの画面に表示された番号と表札を見比べたあと、インターホンを押した。
 ピンポーン、と音が鳴る。数秒、一分、それと数秒。本当にしばらく待ってから、鍵が開いた。
 ガチャっと扉が開く。
「あぁ、なんだ。随分と早かったじゃないか」
「んだよ、犬牟田さん。随分と皮肉が入ってるじゃねぇか。七味の入ったコンニャクのようだぜ」
「コンニャク問答はいいので。で、買ってきたものです」
「はい、どうも。助かる。おや、年越し蕎麦は買ってないのか?」
「あ? 年越しにはコンニャクを食う約束じゃなかったのか?」
「私、ピザだと思いました」
「君たち、ちゃんとラインのメッセージ読んでる?」
 といわれても、どこにも書いてない。そう見せると、犬牟田先輩は「そういうのじゃなくてさぁ」と苦い顔をした。
「まぁ、いいや。寒いからさっさと入って」
「はい」
「邪魔するぜー」
 そういって先に上がる先輩の後に続いて、私も上がる。先輩が靴を脱いだのを見て、私も脱ぐ。踵を上り口に揃えて、横に置いた。いくら少し広い部屋に住んでるからって、玄関は二人分の靴を数個置くので手いっぱいだ。なので先輩の横に靴を揃えて、部屋に上がった。部屋に案内する犬牟田先輩がいう。
「それにしても、結構買い込んだね」
「はい。ピザに合うためのお菓子と夜更かし用のオヤツも少々」
「それにコンニャクに見合う鍋の材料もな!!」
「君らの頭にはもうそれしかないのか? まぁ、散らかさなければ好きに使えばいいよ」
「やったぁ!」
「じゃぁ、犬牟田さんのカードでなんでも買い放題ってことか?」
「誰もそこまではいってない。割り勘だからな」
「はい」
「ちぇっ」
「なんでそこで悔しがった? 立て替えてはやるけど、後でキッチリとるからな」
「ローン返済も完璧ですね、先輩」
「そうだな」
「もう自分で淹れてくれないか?」
「はい」
「冷蔵庫借りるぜ」
「どーぞ」
 犬牟田先輩からポットを受け取り、三人分のカップに注ぐ。先輩が開けた冷蔵庫を横から見ると、食材が少ししかない。
「犬牟田先輩、今日で全部の食材を使いましょうか?」
「やめてくれ。っていっても、賞味期限の近いのならいいよ」
「卵があと三つしかねぇぞ、犬牟田さん」
「オムライス作ってもいいですか? 犬牟田さん」
「残念ながら白米はウチにないんだよな、それが」
「コンニャク添えようぜ」
「やめてください」
 先輩の最悪な提案を下げて、お盆を探す。けど、ない。仕方なく一気に持つ。カチカチとカップが鳴った。
「はい、どーぞ」
「どうも」
「俺の分は?」
「炬燵にありますよ」
 そういって私も炬燵に入る。コートは横に置いて、買ってきたお菓子を広げる。スナック菓子とチョコレートに駄菓子。今まで食べたいなぁと思いつつ、短期間での完食は難しそうだとして買えなかったオヤツだ。今日は皆と集まるから、それで一つずつ食べれるはず。ちょこっとだけでも食べれそうだ。パンッと開いてお煎餅を食べる。
「なんか落ちないやつある?」
「ジャムおじさんのあんぱんならありますよ」
「放送コードに引っ掛かるようなことをいうなよ」
 キッチンから先輩のツッコミが入る。見れば、先輩はもう鍋の準備を始めようとしている。
「早くないですか? 皆が揃ったときにやれば……」
「あ? 寒い中で食べるコンニャクは最高だろうが!!」
「それはオデンだろ。って、冷めないか?」
「コツコツと弱火で煮込む!!」
「ガス代ヤバくなりそうだからやめてほしいなぁ」
 と犬牟田先輩は小言をいうけど、先輩はお構いなしだ。もう鍋の準備を始めてしまった。
 次にジャムおじさんのあんぱんを開いて、パクパク食べる。
「食べるの速いね。太るよ?」
「余計なお世話です。食べたかったら食べてもいいんですよ?」
「ふぅん。じゃ、貰おうかな」
 といって、キャラメルコーンの封を開けた。
「きゃらめるこーん」
「うん」
「手、ニチャニチャにならないんですか?」
「ならないように気を付けるさ」
 甘味は必要だしね、といってカタカタとパソコンを打つ。私は私で暇なので、スマホを弄ることにした。SNSを更新する。他のアカウントを見れば、皆大晦日に向けて準備をしたり、呟いたりしている。とりあえず空になった箱は捨てて、ポタポタ焼きをまた食べた。
「あっ! 鰹節の厚削りがないぞ、犬牟田さん!?」
「んなの置いてあるか。そういえば雑煮用の餅も買ってきたのか?」
「お雑煮? いえ、現地解散では……?」
「あっ、そう」
「なんだぁ? まさか同じメンツで朝まで過ごすと思ったのか?」
「黙れ、猿。まっ、いなけりゃいないで清々するけど」
「あ、乃音先輩たちは買ってきそうですね。途中で蟇郡先輩と合流したらしく、一緒にくるそうです」
「えっ」
 そうラインのメッセージを読み上げると、チャイムが鳴る。すごいなぁ、タイミングいいなぁ。と思って部屋を出る犬牟田先輩を見送ると、段ボールを持って戻ってきた。皆お馴染みアマゾンである。どうやら注文の品が届いたのらしい。
「なんですか、それ」
「PS4。気晴らしにやろうと思ってね」
「へー」
 なんて会話を交わしてる内に、キッチンからは美味しそうな匂いがする。和風出汁だ。先輩お得意の出汁だろう。味噌を入れたらさらに美味しくなるのは秘密だ。
 テレビのリモコンを探す。
「なにをしているんだ?」
「いや、今の時期だとなにか面白そうなのがないかなぁ、と思って」
「ないよ。大体24時間テレビの前番組とかだろ」
「こんにゃく特集はないのか?」
「ないよ」
「クソッ!!」
 なんたる無念。しかし私は黙って暖を取る。炬燵で温まる。ぬくぬくだ。先輩は「くそぅ……」とまだ悔しがりながら、鍋をジャブジャブやった。なにしてるんだろ? 少し体を伸ばしてみると、お玉でなにか出していた。
「暇ですねぇ」
「そうかよ」
「鍋はまだできねぇぞー」
「コンニャクのな」
「先にピザ注文しときます?」
「やめろ。これ以上俺のスペースを取るな」
「結構広げてるのか? 太るぞ」
「犬牟田先輩と同じことをいわないでください」
 といいつつ、もう一つ食べる。ポタポタ焼きの袋が半分まで少なくなったので、別のに手を付ける。チョコレートだ。純粋なるチョコを食べる。
「あっ、カカオ100%のやつ? 俺にもくれよ」
「72%のミルク味ですけど。どーぞ」
「どうも」
 差し出した箱からチョコが一切れ消える。そして二切れも消えた。少し悲しい。自分の取り分が減って悲しいけど、自分からいったことなので我慢する。もう一個食べる。
「なぁ、暇なら手伝ってくれねぇか?」
「はー? あの猿投山がなに特殊なことを。どうせ、男の台所に入るなというんだろ。板前かなにかか、お前」
「実際に総代務めてましたもんね」
 グルッとカーペットに寝転がる。
「手伝うといってもなにをですー? 鍋代わることぐらいしかできませんよ」
「んっ、とりあえず今は代わってくれ」
「はーい」
 なんか喉に詰まったような声を出したな……。そう気になりつつ、炬燵から出る。「放っておけばいいのに」という犬牟田先輩に「暇ですから」と返す。寒い。先輩の分のカップを持ち、キッチンへ向かう。エアコンのリモコンを見つけたので、1度だけ温度を上げた。
 心なしか熱風が出てくる。それに当たりながら、先輩の横に立った。
「代わりますよ」
「おう」
 ぶっきらぼうな返事のあと、お玉を受け取る。ついでに昆布の入ったボウルも受け取った。「とりあえずアクは取ったが、残ってるものがあったら頼む」といわれたので、「はい」と返す。お鍋を見る。アクが少し浮いてたので、掬って取った。
 美味しそうな匂いがする。けど味見はしちゃいけないんだろうなぁ。そう思ってたら、横から先輩が手を伸ばした。
「おっと」
 お腹の前で先輩の手がコンロのツマミを捻り、火を弱くする。そして距離を詰めたまま、鰹節を入れた。この人、距離感というものを知らないんだろうか? と思いつつ、先輩が離れるのを待つ。
 先輩は新しいボウルを取り出した。
「結構すぐにできるからな」
「はい」
「そのあとコンニャク茹でるからな」
「はいはい」
 下茹でをするんだろうが、生憎先輩は一人暮らしだ。大人数で食べれるくらいの鍋はあるが、それ以上はない。つまり人数分用意したコンニャクを一気に茹でることはできない。が、片手鍋を取り出した。ラーメン鍋だ。小分けで茹でるつもりなんだろう……。先輩は水を張り、もう片方のコンロに片手鍋を置いた。沸騰させるつもりだ。
「あまりガス代を使うなよ」
 と先輩はいうけど、小言を無視している。沸騰するまで、材料を切るつもりだ。冷蔵庫に入れた材料を取り出した──と思いきや、ボウルを引き寄せた。その上に乗せたザルに布巾も乗せて、こちらに身を乗り出した。
「出すぞ」
「はいはい」
 伸ばした袖をミトン替わりにして鍋を掴む先輩を見送る。少し首を伸ばすと、ザルと布巾ごしに鰹節と煮干しを濾していた。
 ブワッと鰹節と昆布の濃い香りがくる。美味しそうだ。黄金の出汁を出したボウルはもう曇っていて、一口飲むことも叶わない。先輩はそれをしたあと、鍋をコンロに置いた。
 ザルに残された煮干しと濡れた鰹節は、横に除けられる。
「それ、どうするんですか?」
「ふりかけやオカズにするんだよ。楽しみにしておけ」
「へー」
 いつのまにかお裾分けが決定したようだ。
 ザルにあげられた出汁の残りはそのままにして、ボウルに入れた出汁を鍋に戻す。
「サクッと切っとくから、鍋を温め直してくれ」
「はーい」
 別に冷めてはないと思うが、なにか違うんだろうか? そう思いつつ、弱火で煮込む。鍋の方はもう少しで煮えそうだ。強火と蓋もあって、すぐ沸騰する。そう思ってると、アクが入っていたボウルでなにかを揉んでるのが見えた。コンニャクだ。どうやら水洗いしたので塩もみをしているのらしい。向こうに、塩の容器が見えた。そして三角コーナーにはコンニャクの入っていた袋が大量にある。もうそんなに切っていたのか……。さらに別のコンニャクも出す。
(コンニャクパラダイス……)
 いつかのことを思い出したら、今度はザルを用意してきた。鍋が沸騰する。片手鍋の方だ。出汁の入ってる方はさらに弱火にする。もう消えそうだから、いっそうのこと一旦消してしまいたい。
「退きます?」
「おう」
 鍋から離れる。
「あっ、なんだったら薬味の用意をしておいてくれ」
「えー。大根おろしばかりでいいのなら」
「それ好きだな、お前。まぁ嫌ならいいぞ」
「はい」
 お言葉に甘えて戻る。なぜか先輩が寂しそうな目を送ってきたけど、気にしないことにした。気のせいだろう。
 洗い場で手を洗い、炬燵に戻る。そしてテーブルに置いたお菓子に手を伸ばし……?
「ん?」
 減ってる? 最初に広げてたのに対して、なんか減っている。覚えてる限りの要因に目を向ければ、犬牟田先輩はなにかモグモグしていた。
「先輩、その」
「あ?」
「食べすぎじゃありません?」
「それ、君がいう?」
 とそう返されるけど、先輩、私と比べて運動してないじゃないですか……。この調子で食べると太りますよ……。といおうとしたら、インターホンが鳴った。
(乃音先輩らかなぁ)
 そう思ってたら、のっそりと先輩が出ていった。玄関の方から話し声が聞こえる。乃音先輩と、蟇郡先輩のようだ。どうやら遅かったことに犬牟田先輩がチクリと皮肉をいって、それに皮肉で返したのが乃音先輩で、律儀に返したのが蟇郡先輩のようだった。
 待つ。さっき食べていたチョコレートの一つを食べたあと、新しいのを出す。カラムーチョを開ける。辛い。水がほしい。そう思ってると乃音先輩らが入ってきた。
「はーい、久しぶり。邪魔するわねぇ」
「息災そうだな。邪魔するぞ」
「はーい」
「俺ん家だけどね」
 とまた先輩がチクッというけど、気にしないでおく。
 乃音先輩も蟇郡先輩も、炬燵に入る。
「はー、ぬくい。ガマくん、入れるの?」
「うむ、潜ることはできないが足を入れることはできる」
「足湯だな、足湯。まったく、デカイのも大変だな」
「あら? そういえば猿くんっていたのかしら」
「あ、いますよ。鍋してます」
「あらぁ。気の利く下働きさん……って、あ。入るとこないわね」
「本当だ」
「む。この四人でもういっぱいいっぱいだからな……」
「別に気にしなくてもいいんじゃない?」
「でも不公平だってあとでいいそうですよ」
 とかいいつつ、カラムーチョを抓む。
「俺にもくれよ」
「辛いですよ」
「アタシにもちょうだい。ん、なにか飲み物がほしいわね」
「ふむ。なにか淹れてくるか? 犬牟田、キッチンを借りてもいいか?」
「今、猿投山が使っているよ」
「占拠してますね。借りれるんでしょうか」
「あ! アイツ、コンロ二つも使ってやがる!」
「あー、こりゃ無理だ。100%無理だね」
「すみません、下茹でに時間がかかってるようで……」
「下茹で? そんなに下茹でが必要なものってあったかしら。アレじゃあるまいし……」
 あっ、コンニャクではないんだな、と。今この瞬間に悟った。
 どうやら乃音先輩たちのなかでは、今作ってるのはコンニャクではないと考えているのらしい。しかし、実際はそれである──とはいえず、炬燵を出る。
 キッチンに近付き、後ろのカウンターに置いた急須を取る。
「ポット狩りますよ」
「おう。あっ、もうすぐでできるからな!?」
「はぁ」
 いったい、それは朗報と取るべきなんだろうか。と思いつつ、残ってるお茶っ葉にお湯を入れた。ちょっと濃いお茶ができる。それを炬燵へ持っていき、ついでに出した新しいカップに二つ注ぐ。
「はい、どーぞ」
「ん、ありがと」
「感謝する」
 それを二人に渡す。ズッと一口飲んだ瞬間、乃音先輩は苦い顔をした。
「アンタ……」
「はい」
「これ、二回目に淹れたでしょ」
「はい。他人様の家ですし、勿体ないですし」
「その判断で間違いないよ。蛇崩にはちょうどいい」
「ちょっと、どういうことかしら?」
「おい! もうすぐで出来上がるから、テーブルの上、広げてくれ!!」
 とキッチンから声がかかるので、テーブルに広げたのを片付ける。とりあえず封を開いたのと開いてないのを分けて、開いてないのは袋の中に入れて……。
「あっ、それならアタシのヤツに入れた方がいいわよ。ちょっと、犬くん。これ入れといてよ」
「お汁粉、か……。君、年末にはお汁粉を食べる口かい」
「あら。そういう犬くんは違うっての?」
「俺の家だと、雑煮を食べるな」
「へぇ。お蕎麦ではないと」
「できたぞ!」
 との威勢のいい声が後ろから聞こえてきた。先輩だ。ミトンを嵌めた両手に熱々の鍋を持っている。「待っていたわよ」と乃音先輩がいい、蟇郡先輩が無言で頷く。犬牟田先輩は黙ってi‐Padを自分に引き寄せ、
「鍋敷きはどうした」
 と、聞きだした。それに先輩は「あ」と固まる。
 仕方ない。
「ちょっと取ってきますよ」
 そういってキッチンから鍋敷きを持ってきて、ポンっとテーブルの真ん中に置く。そして炬燵に入り直す。
「サンキュ」
「いえいえ」
 と返して、テーブルの真ん中に置かれる鍋を見守る。蓋は、されている。その小さな口から蒸気が漏れている。その熱さから、鍋の中身が熱々なのは明らかだ。乃音先輩や蟇郡先輩は期待をしているようだけど、知っている我々にとってはそうではない。
 先輩は待機する我々にそれぞれ取り皿を分け、ポン酢を入れる。気が利くなぁ。ついでにそれぞれの薬味も添えられる。犬牟田先輩には紅葉おろし、蟇郡先輩には柚子こしょう、乃音先輩には七味と万能ネギで、私には大根おろしだ。
 すぐポン酢と混ぜる。
「おい、早ぇよ」
「お玉、早くお玉ください」
「気が早ぇよ。コンニャクは逃げねぇぞ」
「えっ」
 その瞬間、乃音先輩が凄く嫌そうな顔をした。
 急かされた先輩はお玉を置く器を鍋の横に置いたあと、パカッと蓋が開いた。
 ──ほくほくの湯気。芳香な和風出汁の香りに食欲をそそる風味。白菜鶏肉豆腐につくね……。ここに鍋の三大具材やお馴染みの顔ぶれが揃えば、どんなに良かったんだろう……──。
 しかし現実はコンニャクである。先輩お馴染みの『コンニャクパラダイス』が目の前にあったのだ。
 ワクワクしていた乃音先輩も、手を止める。蟇郡先輩は難しい顔をして、犬牟田先輩にいたってはスマホを取り出した。
「千芳のいった通り、ピザを頼むか」
「そうね」
 さらに現実は非情であった。

 ホクホクのコンニャク鍋が炬燵テーブルの真ん中に現れたものの、まだ問題はある。ミトンを脱いだ先輩は、ジッと人数の埋まった炬燵を見ていた。一、二、三、四。五人目の入る場所はない。腕組みをしても無駄だ。誰も温かい炬燵から退く気配はない。やがて、ちょいちょいと動く手が視界に映る。
「ちょっと、退け」
「えっ。なんでですか? 今食べてるんですけど」
「いいから退けって」
「えっ、あ、ちょっと!」
 しかも強引に私のいたところに自分の取り皿を置いている!! 強引に足を突っ込んでくるので、少しだけ横に退く。けれども先輩は男性、体格の差がある。よって、私の方が狭いし、一人分で余裕のあるスペースはぎゅうぎゅうになった。
「ちょっと、すみません。乃音先輩」
「いいわよ」
 モグモグと暇潰しにコンニャク食べている乃音先輩の横にちょっとお邪魔する。けれど自分で取った場所だから取られたくない。ギュッと端っこを占拠し、頑なに抵抗する。
「ちょっと、寒いんですけど」
「そうかよ。じゃぁ、これで我慢しとけ」
 そういわれて、頭から大きいダウンジャケットを被される。邪魔、と思ってたら肩にかけられる形で直された。
「食べにくいんですけど」
「そのくらい我慢しろ」
 といいつつ、先輩はもう食べる準備をしていた。
 お玉で掬ったお汁を取り皿に出し、ポン酢と混ぜる。そしてお玉で掬ったコンニャクを取り皿に流したあと、薬味を付けずそのまま食べた。
「いっただきまーす!!」
 そう上機嫌に大声でいっているけど、オチは知っている。
「あっちぃいい!! あち、あちちち、あちっ! あっちぃいいい!!」
「馬鹿か、馬鹿なのか」
「馬鹿ね。最大級の馬鹿ね」
「学習しろ、猿投山……!!」
 これである。
 落ち込む先輩を余所に、大量のコンニャクを食べる。そういえば、人間が一日で摂取できるコンニャクの量は、板コンニャク一枚だそうだ。いったい、この量はどうなんだろう。遥かにその量をオーバーしている。
(いや、もしかしたら四人分でも計算しているのか? 五人分……?)
 と思っても、一山が微かに崩れたぐらいの変化しかない。もぐもぐと食べる。無言でコンニャクを食べる我らに引け目を感じたのか、犬牟田先輩も少し抓むくらいのペースで食べ始めた。
「うん、紛うことなきコンニャクだ。おい、猿投山。作った張本人にも協力すべきだろ」
「おい! 俺のコンニャクパラダイスを除け者にするようなことをいうんじゃねぇ!! クソッ! この猫舌さえなければ、俺も熱々のコンニャクを平らげることができたというのに……!!」
「馬鹿ね。等身大の馬鹿ね。そんなに熱いと食べられないに決まってるじゃない。あーん」
「熱すぎても、ちゃんと味はわかりませんし。食べれる程度まで冷めました?」
「やめておけ、猿投山の猫舌はお前の比じゃないぞ。出汁がぬるめにならんと食べれんのだろう」
「なっ……! ふ、ふざけるな!! 蟇郡! そのような温度にならなくとも、俺の舌はコンニャクを食せれる! も、もう一度……!! いっただきまーす!」
「氷、用意した方がいいですかね」
「こんな馬鹿のために出なくていいわよ、千芳」
「あっちぃいい!!」
「やはり馬鹿か。君は」
 二度目の声が聞こえた。
 こうして先輩の挑戦を聞きながらコンニャクを食べ続けていると、もうガキ使が始まる時刻になった。
 蟇郡先輩が炬燵から出て、犬牟田先輩のテレビを付ける。薄型だ。契約していたのか、番組が映った。そのままチャンネルを変え、ダウンダウンのガキ使が始まるCMが始まった。
「あら、ありがとう。気が利くじゃない」
「ここからじゃ見えないのがネックだな。誰か場所、代わってくれないか? 蛇崩」
「どうしてアタシよ!」
「いや、君の場所だとちょうど真正面になるから。それにここだと寝転がりながら見れるぞ? いいだろう」
「アンタの中でアタシはどうなってんのよ……!! 嫌よ! 食べてすぐ寝たら牛になっちゃうじゃない!!」
「実際はちょっと胃がもたれてウッてなるらしいですよ」
「もぅ! 細かいわねぇ!! そういわれてもタダじゃ動かないわよ!?」
「しかし蛇崩。このままだと貴様、犬牟田の頭で邪魔になって見れないぞ」
「そうだぜ。ガキ使見るなら犬牟田の要求を飲むんだな」
「はぁ? なら猿くんが変わればいいんじゃない? そこに入れば見れるし。あっ、千芳。アンタが動くのはどう?」
「私、寝転がるとすごく足を伸ばしたいんですよね。つまり」
「俺らが正座か胡坐をしろということか」
「俺だって足を伸ばしたいぜ」
「つまり蛇崩。この中で一番背の低いお前が、寝転がっても伸び伸びできるということだ……」
「ちょっと! 人の気にしてることをズケズケといわないでくれない!? これだからデリケートのないガマは……。はぁ、わかったわよ。特別に、この乃音ちゃんが折れてあげるわよ」
「わぁ」
「自分でちゃん付けするのは、ちょっと……」
「そこ! 温度差のある反応をしないで!! オラ、さっさと退きなさいよ。ワンコ」
「やれやれ。いったい誰がこの部屋の家主かわからないな……。君の尊大な態度は、その身長の低さと反比例しているのかい?」
「うっさいわね! この犬!!」
 あっ、今度は蹴られた。「いって!」と脛を抑えて動く先輩を見送る。そして乃音先輩は人のいなくなったスペースに寝転がった。
「あら、快適」
「先輩、クッションあったら最高ですよ」
「まっ、本当ね。まったく、千芳は相変わらず気が利くわぁ」
「このまま寝落ちしそうだな」
「これが怖くて寝転がれないんですよね、実は」
「蛇崩がこのまま寝ないか賭けをしようか?」
「賭博など不健康極まりない!! 厳罰であーる!!」
「おいそこ! 勝手に人を賭博の対象とするな!」
 そんなツッコミが先輩から入ると、ガキ使が始まった。

 ──トレジャーハンターに扮したメンバーがいつものバスに乗り、そこで拷問当然の罠を仕掛けられる。我慢するメンバーに吹き出してバット食らうメンバー。そこからある施設に辿り着き、休む暇もなく爆笑の罠がメンバーに襲い掛かる──。

 テーブルの上にはピザの空箱が積み重なり、ごみ箱にはお菓子の空き袋が詰まる。ポテトチップスを抓んで、お茶を啜る。ぬるくなった。相変わらず横を陣取る先輩はお茶を啜りながらガキ使見てるし、乃音先輩にいたっては舟を漕いでいる。もう寝落ち寸前だ。
 蟇郡先輩はちゃんとテレビ見てて、犬牟田先輩は飽きてポチポチi‐Pad触っている。まったく、本当人それぞれで過ごしている。
(それでも)
 パリッとポテトチップスを齧る。
(こうして年を過ごすことは、また何年も続くんだろうなぁ)
 とのことを考えながら、年が明けるまでの数時間を過ごした。


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