just b* friends10 | ナノ




10.

「…もんじろう」

はっとして振り向いた先には、寝間着のままぼんやりとこちらを見る文次郎が立っていた。

「どうした。起きたのか?」
「…ん」

震え出しそうになる足を必死に押し留めて平静を装いながら問いかけると、返事ともため息ともつかない声が返ってきた。視点が定まっていないところからするとまだ完全には覚醒していないようだ。
全身から発されている気怠い雰囲気には覚えがあった。高校時代、部活の遠征試合から帰って来るなりそのままベッドに倒れこんでいた文次郎は、一晩熟睡した次の朝にはよくこんな風に惚けていた。おそらく今のこいつには、この状態が夢なのか現実なのかの区別さえついていないだろう。

「…どこかに出掛けるのか」
「ああ…」
「どこに行くんだ」
「……コンビニに、麦茶を買いに行って来る」

大丈夫、文次郎は何も気付いてない。
私は、大丈夫。

「他に欲しいものはあるか」
「いや…」

髪をかきあげる仕草、骨張った大きな手、目の下の隈。それら全て、もう二度と見ることも触れることも出来なくなる。その声を聞くことも、一緒に眠ることも、くだらないことで喧嘩をしたり、根拠のない焼きもちをやくことも、そんな当たり前の権利を私は自分から手放そうとしている。
ばかだなあ、文次郎。
お前はこうして今易々と恋人を逃そうとしているんだ。こんな重要な時にそんな寝呆けた顔をして、お前はきっと、ずっとこの日のことを後悔して生きて行くんだろうな。自分を責めて私に憤って、取り返しのつかない今日のことを何度も何度も思い出すんだ。

そうしていつか、疲れ切ったお前の側に、寄り添ってくれる人が現れるんだろう。

「じゃあ、行って来る」
「…ああ。仙蔵」
「うん?」



「はやく、帰って来いよ」



…ああ、そうだった。
お前はいつだって間違えたりしない。私が欲しいものを、私より先に見つけてしまうから。
目をつぶって視界を遮る。そうして記憶に焼き付けて、二度と忘れたりしないように。

「…じゃあな」

ゆっくりと押し開いたドアの向こうでは、もう雨が止んでいた。



僕が言わなきゃ


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