just b* friends11 | ナノ




11.

たとえばの話をしたって意味がない。だけどどうしたって考えずにはいられなかった。
たとえば私が女だったら。
たとえば文次郎が私を選ばなかったら。
たとえば私達が、ただの友達だったら。
こんな結末を迎えることはなかったのかもしれない。暑苦しくばか正直な文次郎の隣で、変わらず飄々と我が儘を言い続けるような、そういう未来があったのかもしれない。
けれど無数にある可能性を一つずつ潰していったとしても、どこかで必ず、私は文次郎に恋をしたと思う。
たぶん私の体は、生まれた時から文次郎を愛するような形に作られていた。

駅までの二十分間を黙々と歩き、気付いた時には大学に行くのとは反対方向の電車に乗っていた。やみ上がりの空からは厚い灰色の雲を割いて薄日が差し込んでいる。街の中心からどんどん遠ざかっていくせいか、休日だというのに車内はほぼ空席だった。夏の空の不自然な明るさと体を揺らす穏やかな振動の中で、まるでサンダルのきついオレンジ色だけが現実を繋ぎとめているような、そんな奇妙な感覚にとらわれる。
覚悟していたはずだった。
一ヶ月間繰り返し今日のことを思い描いてきた。
それなのに胸が痛くてたまらない。閉ざした瞼の奥からは、次々に鮮やかな光が溢れ出してくる。
初めて手を繋いだ距離を、抱き締めた背中の温度を、不器用でもどかしい笑顔を、私は一体いつまで覚えていられるだろう。
呼吸をする度、喉が焼けるように熱くなる。手のひらに食い込んだ爪は痺れて動かなくなった。
こんな張り裂けそうな苦しみも、かさぶたのように乾いて、何も感じなくなる日が来るのだろう。声を枯らして叫んでも届かない。私達の時間は今日から止まる。止まった時間は巻き戻ることなく、そのまま緩やかに朽ちていく。
なあ、文次郎。
いつかお前がこれまでの十年間にちゃんと見切りをつけて、優しい誰かと歩き出すその時には、私もきっと、新しい誰かの隣で笑っているはずだから。そうして違う場所で生きて、それぞれに年老いて、その先で迎える最後の瞬間には、お前のことを思い出してもいいだろうか。
言ったことはなかったけれど、ばかたれと照れてうつむくお前の顔は可愛いと思っていた。ひた向きな眼差しと強い意志に憧れた。本気で心配して、容赦なく怒ってくれるところが好きだった。

本当は、手放したくなんてなかった。
ずっと側にいられればいいと願っていた。

均等な失速と終点を告げるアナウンスに周囲の景色が俄かに霞む。赤いランドセルを背負った子供が、しげしげと私を見つめながら目の前を通り過ぎて行った。

(…ここまでだ)

ジャケットのポケットの奥から取り出した一回り大きなリングは、ぼやけた世界で鈍く輝く。一度右手で強く握りしめてから、今まで座っていた座席にそれをそっとのせた。


「さよなら」


振り向くことはしないでホームと電車の隙間を一気に飛び越えれば、緑の深い夏のにおいがした。

私達が恋を始めた季節だった。



さよなら、愛した人




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