just b* friends9 | ナノ




9.

ワックスが鈍く光る廊下をひたひたと進む。裸足の足裏から、体温が一気にフローリングへと吸収されていくようだった。こうして私は一歩一歩文次郎から遠ざかっていくのだと思うと、爪先を踏み出す度に胸の奥の静けさが増していくのを感じた。混濁していた何かが濾過されて上澄みが凪ぐように、記憶も思いも何もかも、私から剥がれてこの家の中へ沈んでいく。透明になった私は玄関の扉をくぐったら泡になるのかもしれない。跡形も無く消えてしまうのかもしれない。私からあいつを取ったら、きっと何も残らない。
隅の方へきちんと並べられた二足の靴。毎日歩き回っているせいで大分くたびれてきた文次郎の革靴と、今までほとんど履いてこなかった底が真っ平らな私のサンダルが揃えられているのを見て、少し悩んだ後、やたら派手なオレンジ色のサンダルをつっかけた。家を出ていくのにサンダルはどうかと一瞬思ったけれど、靴ぐらい落ち着いたらいくらだって買える。服だって家だって、代わりのものはすぐに手に入る。器自体は何回だってどんな形にだって交換可能。人間はそういう風に出来ているのだから。

(私が捨てていくのは、お前だけだよ文次郎)

(…さよならだ)

チェーンを外して銀の取手に手をかける。右手に一気に力を入れたその時、背後の空気が動いた。

「仙蔵?」




悲しいほど変わらない心


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