just b* friends8 | ナノ




8.

(…もう、行かないと)

そうしてしばらくの間蹲って息を整えた後、私は何とか両足に力を込めて立ち上がり、そっと文次郎の眠るベッドから離れた。そしてそのまま足音を立てないように細心の注意を払いつつ、今はもうほとんど書庫と化している自室に移動する。薄暗い室内はうっすらと埃のにおいがして、雨の落ちていく音がはっきりと聞き取れた。

(寒いな…)

もうすぐ七月になろうというのに、ひんやりとした空気肌にまとわりついてくる。昨日の内に用意しておいたサマーセーターとジーンズに素早く着替えると、少し迷って、クローゼットから薄手のジャケットを取り出した。おととしの春に買ったそれは若草色をしていて、文次郎が珍しく「似合う」と褒めたものだ。去年までは、このジャケットを着て文次郎と二人、色んな場所に出かけた。大分余ってしまう袖から覗く私の指先に、あいつはよくからかいまじりのキスをした。

(本当は全部、置いていくつもりだったけれど)

風邪を引いたら面倒だからと自分に言い聞かせ、私はそれをセーターの上に着込んだ。フードまですっぽり被ってしまえば、雨音さえ少し遠くなったようだった。

(…ああ、もう、早く)

早く、ここから出てしまおう。そうしなければ、どこかで怖じけ付いてしまいそうだった。そんなことになればきっと、何もかも無かったことにして文次郎の腕の中へ引き返してしまいたくなる。そうしたら、もう二度と動くことは出来ない。
財布と携帯電話だけを無造作にジャケットのポケットへ突っ込むと、私は唇をぎゅっと引き結んで自室の扉を開けた。



足掻く僕の唯一の活路


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