18-5

もう家のドアは目前だというのに、マフラーを首に巻き直して肩をすくめる。
強く冷たい風で芯から凍えそうな今日は、秋なのに真冬日のような寒さだ。

風にあおられて買い物袋が引っ張られるのを慌てて押さえ込んだ。
今日は休日で、用事を済ませに街中へ出たついでに、馴染みのお茶屋さんで緑茶の茶葉を購入しておいたのだ。

少し贅沢な茶葉を少しと、普段用の茶葉、ついでにお徳用があったので、それもひとつ。
やっぱり緑茶は茶葉から入れないとね。
白石君の会社でも風邪が流行っているみたいだし、健康のためにもね、とついつい同棲中の年上の恋人を案じてしまう。

「ただいま〜」と、玄関に入ると、
「あぁ〜…もう帰ってきちゃった〜名前チャン…」と残念そうな白石君の声。
…もう帰ってきちゃったってどういうことよ、とリビングに入ると…

「…な!何コレ!!!」

…リビングは大惨状。
ソファの前のセンターテーブルがどかされて、空いたスペースに広がる大きな段ボール、発泡スチロール、そして緩衝材やその欠片がバラバラと散らばっている。

「何やってんのよ、白石君…これ何?!」と、両手の人差し指をツンツン合わせてモジモジしている白石君を問い詰める。
「……こたつだよ〜。名前チャン最近こたつ欲しがって調べてたじゃん。だからこっそり買って出掛けてる間に組み立ててびっくりさせようと思ってサ…」とシュンとする。

落ち着いて見回してみると、どうやら、組み立てタイプのこたつをせっせと1人で組み立てていた最中らしい。
側にはこたつ布団らしい包みも転がっている。

「…買ったって…白石君が買ったの?」と聞くと、
「そうだよぉ。ちゃんと名前ちゃんがチェックしてたシンプルでウチのリビングに合うやつにしたからねぇ?こたつ布団は俺が勝手に選んだけど」と口を尖らせる。

まじまじ見てみると、それはシンプルな木製のこたつ。同じ木材の曲木で作ってある脚がとても私好みだ。
こたつ布団も、リビングのインテリアのトーンに合わせてあり、色もアクセントカラーになるシンプルなデザインのもので、思わず感心してしまう。

「…びっくりした…。白石君センスいいじゃん…」と振り返って白石君を見ると、
「…でしょ!二人で入ったら暖かいよ!」とニコニコ笑顔。

…可愛いとこあるんだから。

白石君に近寄って、ぎゅっと抱きついて目を閉じる。
「…ありがとうね。こんなの買って、無理しちゃったんじゃない?」と聞くと、押し黙る白石君。

………あれ?
こ、これは。もしや。

「…あのね…その無理をできなかったから、後払いで買ったんだよぉ〜。名前チャン…買って…?」と、請求書を出してテヘッと舌を出す白石君。

…やっぱり。

買ったよ、って、注文だけしたってことじゃない!と思わず沸騰しそうになる気持ちをなんどか抑制。
まぁ、買おうかと悩んでたものだったから、まだマシか…。

「…はぁ。まぁいいや。それよりこの状態じゃリビングめちゃくちゃだから早く組み立てちゃおう」
と、請求書を奪い取り、小さく白石君をにらみつつ、二人でせっせとこたつを準備したのだった。



「はぁ〜〜」
「やっぱりいい…あったかーい…」

すっかり片付いたリビングのこたつに二人で入ってまったり。
うん、やっぱり買って良かったかも。

「あ、せっかくだからお茶入れようか。今日お茶買ってきたから」と立ち上がると、白石君も立ち上がる。
「俺もいいものもらってきたんだ!」とダイニングのほうへ。

何やら大きな紙袋をゴソゴソやっているのをお茶を入れながら横目で観察。
2つの湯飲みを運んでこたつのテーブルに置くと、そこにはツヤっとしたみかんが並んでいた。

「あ、みかんだ。小粒でオレンジ色がきれい!」と1つ手にとりクルクル回し見る。
「これ職場でもらったんだ。食べよう〜」と早速みかんを剥き始める白石君。
私も久しぶりのみかんに、もう冬も近いなぁ、としみじみしながら皮を剥く。

一房剥ぎ取って口に入れると甘酸っぱくみずみずしい味。
「…あ、甘酸っぱいけど美味しい〜。このくらい酸っぱさがあるほうが私好きだな」と笑顔の私を見つめる白石君。
「20個くらいあるから沢山食べれるよ!」とニコニコ言う。
「…そんなに沢山頂いたの?」と驚くと、
「今さぁ、うちの会社風邪流行ってるって言ったじゃん?」とみかんをモグモグ食べながら眉をひそめる。
「その風邪が、事業部に一番蔓延しちゃってて、来週からいろんな部でヘルプに入るのね。そのお礼がてら差し入れがいっぱい来てて、皆で分けてんだ。その1つ」と二つ目のみかんを手に取る。

「ふーん。大変だね…。でもみかんはビタミン取れて風邪予防になるからね。白石君も食べて予防しないと」と言ってから、ふと思い立つ。
「そうだ。緑茶も殺菌効果あるから身体にいいんだよ。これ、今日お茶っ葉買ってきたから白石君の会社にお返しで持っていきなよ」と、いい方の茶葉の袋を手渡す。

「名前チャン真面目ぇ!優しい〜!」と笑顔の白石君が、
「皆で飲めるように給湯室に置いておくよ〜」と私を抱き締める。

全く調子いいんだから、と熱いお茶を一口。

「でさぁ、最初俺に回ってきたのは別の差し入れだったんだけど、たまたま他の人と取り替えてみかんになったんだよ。でもやっぱりこたつといったらみかんだから、ラッキーだったね!」と自慢顔。
「へぇ、何と交換したの?」と聞くと、
「ナントカって店のチョコだよ。別の部の人が俺が持ってるの見て、どうしてもチョコレートがいいって言うから。でもチョコは3つしか入ってないんだよぉ?みかんのほうが沢山あってお得だし!」と、鼻息荒く主張。

……話を聞くと、それ、とっても有名なショコラティエのチョコレートじゃない。と、思わず少々ガックリきてしまう。
…食べてみたかった…。

「白石君…多分それ、3つでみかん全部より高いチョコレートだから…」と肩をポンと叩いて励ますと、ガーンと口を開けてすごい顔で落ち込む白石君。

…まぁ、私達に合ってるのはこっちかもね。と、開いた白石君のお口にみかんを一房放り込んであげる。
それをモグモグしながら、「…ま、俺らはこうやって、ずっとのんびり仲良く過ごそうね」なんて言うものだから、頬が緩んでしまう。

「…そうだね」なんて返事しながら、こたつで暖まった身体を、ほんの少し白石君のほうに寄せて、そっと白石君の肩に頭を預けたのでした。

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