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キキーッと思いきり踏んだ自転車のブレーキの音が高く響いて、前方にいたおじいさんがびっくりして振り返った。

自転車置き場にほぼ投げ込むみたいに自転車を止めて、もつれる足で走り出した途端に隣の自転車に俺の爪先がぶつかって、鈍い痛みに歯を食い縛る。
それでもそんなことすら気にせずに思いきり走り続けて、慌てて飛び込んだのは総合病院の玄関。

入り口近くの受付で、にこやかに俺に笑顔を送ってくれる案内嬢になんて目もくれずに、手の甲にメモした部屋の番号を確認して、ちょうど扉が開いたエレベーターに飛び乗った。





それはいつもと変わらない昼下がりのことだったのだ。

今日は天気が良くて快晴で、こんな日はこまめに布団を干すのが暇なヒモの俺の役割。
いつでもふわふわで、さっぱりした布団でいるのが俺たちの寝室のポリシーだからね。

まあ、偉そうにそう言っても、朝働いたのはそれだけで、洗濯と布団干しを終えたら、恒例の二度寝を決め込んだ。
ほんの少しだけだったはずなのに、ハッと目が覚めたら、すでに2時間。

あ〜あ…また寝ちゃった…と一応反省しながら、早くもホカホカに干された布団を取り込んでベッドに運んでから、冷凍庫を開けて、昨日コンビニで買ってきたソーダアイスにかじりつく。

すでにムシムシと暑い日で、ほんの少しベランダに出ただけで汗だくだ。だから、さっきから部屋のエアコンはオン。

ソファでダラリと寝転がって、どうでもいいテレビを半分上の空で眺めながら、溶けて垂れそうになるアイスをまた一口。
そのうちに、冷えた部屋とアイスでさらに冷えたお腹にブルっと震えが走ったので、近くにあったタオルケットを足の指で器用に引っ張って、その中にくるまってみる。

あー最高。冷房の効いた部屋で、毛布にくるまって食べるアイスって最高すぎない〜?と心の中で独りごと。まあ、家賃も光熱水費も払わず居候している身だからあんまり豪遊はできないケド…。

でもアイスは自分のバイト代で買ったもんね!90円だけど。と一人で納得しながらも、浮かぶのは大好きな恋人の名前ちゃんの顔。
それは、(もう、また部屋冷やしてアイス食べてる…お腹こわすよ)って叱る顔だけれど、そんな怒り顔だって愛しくてたまらない。

冷房つけないでよね、でもなく、アイス食べないでよね、でもなく、寒いところでアイス食べるとお腹壊すよ、なんて、叱るポイントがそんなところなんだから。
こんなクズでヒモな俺に本当に甘いんだから。名前ちゃんてば。

なんて、思わず笑顔になりながら再びアイスを口に運んだ瞬間、携帯電話がビビビ…と音を立てる。
着信者は名前チャン。今は仕事中のはずだけど、どうしたんだろう?

「もしもし〜名前チャン仕事どうしたの?今日暑いね!俺アイス食べちゃったよ。あッ!エアコンはつけてないからね!!?」

ソファに寝っ転がったままで、呑気にそう電話に出ると、電話の相手は、しばし沈黙。

「…名前チャン〜?どうしたの?」
「…もしもし」

そう聞こえる声は、名前ちゃんとは似ても似つかない男の声で、一瞬で心臓がドキンと跳ねてしまう。どういうことなんだ、まさか名前チャン浮気……とそこまで考えた俺の心臓を、さらに早く打たせる言葉が、電話口から聞こえたのだった。

「…白石さんですか?俺は…名字の同僚の者です。実は、名字が倒れて、頭を打って病院に運ばれたんです」
「は!?えっ!?」
「病院は、●●病院で、病室は507です。名字がこの番号に連絡しろとのことでしたので」
「ごっ、507ですね!?」
「意識はありますけど、今は眠……

そうやって話をしてくれているその途中で、財布と自転車の鍵だけ手に取った俺は、その辺にあったペンで部屋番号だけメモして玄関に駆け出した。
途中で、まだ何か言っている携帯電話もポケットに突っ込んで、転びそうになりながら、エレベーターすら待たずにマンションの階段を駆け下りる。

マンションの駐輪場から、いつもの俺用のママチャリを引っ張り出して、飛び乗ってからは全速力でペダルを踏んで走り出した。

名前チャン、どうか無事でいてくれよ…と、頭の中で何度も何度も唱えながら立ち漕ぎで走る坂道には強い日差しが照り付けて、すでに汗だくだ。
こんなに全速力で走ったのなんていつぶりだ。でも、不思議とペダルを踏む足は止まらない。

早く名前チャンの顔を見て、傍に行って安心させてやらなくては。

そうやって、必死に漕ぐこと10分。そして、冒頭に至るというわけだ。




507号室にたどり着くと、部屋の前には年配の看護師さんがいて、汗だくの俺を不審そうな目で下から上までチェックしてくる。そんな視線になんか構わずに、看護師さんの肩をガバっと掴んだ俺は、ゼエゼエいう喉をなんとか押さえつけて、口を開いた。

「あのっ、名字名前の、家のものですけど!名前チャン…名前は大丈夫ですか?!」

突然肩を掴まれて恐怖でいっぱいな顔だった看護師さんは、その俺の言葉を聞いてすら未だに顔をこわばらせながらも、不審者ではないと安心したのか、病室の中を指さしながら名前チャンの状態を説明してくれたのだった。

まだ目が覚めないですけど、眠っているだけですから、という言葉は名前チャンの顔を見るまで信用できなくて、恐る恐る足を踏み入れた病室の中は薬っぽい匂いでなんだか落ち着かない。

そういえば、6人部屋のどこが名前チャンのベッドなのかは聞いていなくて、横目でベッドをのぞき見ながら名前チャンを探す。
覗いても覗いても、そこにはおばあちゃんばかりで焦ったけれど、ようやく、一番奥の最後のベッドのカーテンの下から、置かれた名前チャンのパンプスが見えたので、ホッとしてため息を飲み込んだ。

カーテンの隙間から滑り込んで入って丸椅子に腰を下ろすと、スウスウ眠る名前チャンの寝顔はやっぱり顔色が悪い。どうして…今朝はあんなに元気に家を出ていったのに。

布団から片方だけ出た白い腕の内側には点滴がされていて、なんだか不安しか湧き上がってこない。

「名前チャン、起きて…」

小さく呟いて、おでこや頬をそっと撫でていると、背後のカーテンの外に人の気配が。
振り返ったとたんにカーテンがシャッと引かれて開くのと同時に聞こえるのは、「おい名前、お前…」という、電話で聞いた男の声だ。

「…うお!」
「あっ…」

俺がカーテンの中にいることが予想外だったのか、男の人は一歩後ずさりしてから、ペコっと頭を下げて会釈する。

…なんだか、不穏なくらいイイ男だ。ビシっとしたスーツをキメて、高級そうな鞄と靴と時計の3点セット。この人が俺に連絡をくれたのか、とゴクリと唾を飲み込んで観察していると、座ったままの俺に、その男は慌てて鞄をあさって名刺を差し出した。

「あ…失礼しました。白石さんですか?俺は積田と申します」

出された名刺には、中央法律事務所 弁護士 との文字。べ、弁護士…。まだ若そうなのに…。

「…さっきはそのほうが話しが早いと思って同僚ですって言ったんですけど、実は職場は別で。…大学時代の同期です。たまたま名前の職場に打ち合わせに来ていたら、名前が倒れるところに出くわしまして」
「そうなんですか、ありがとうございました」

確かに、花ちゃんも会社では法務部門を担当しているから、知り合いなのは不思議ではない。

だが、そこまで冷静に説明した彼は、ふと、黙ってそれを聞いているTシャツにハーフパンツの俺を見て、不思議そうな表情を浮かべている。

当然、自己紹介してもらっても、名刺どころか名刺に書く職業すらまともに持っていない俺は、出された名刺に自分のものをお返しすることもできず、ただ固まった笑顔を浮かべているからだ。はあ、俺って、なんて頼りないんだろう…。

それでも顔を上げて、「あ、俺は名前チャンの………」 

…恋人です、と言いかけて、足に突っかけてきたお古のサンダルを見て、ゴクリと唾をのむ。
こんな俺が恋人です、だなんて言えないし、正直に、ヒモです、とも当然言えない。
いったい何て言えばいいんだよ…と頭を抱えてウキーっとジレンマに陥っていたその時、ベッドのほうから小さく名前チャンの声が聞こえたのだった。

「…ん」
「名前チャン!?」

しばらく眩しそうに目をぎゅっと強く閉じていた名前チャンは、大きく呼吸を繰り返したあと、ふう、と今度は細く息を吐く。
これは名前チャンがお目覚めの時の癖で、これを見る限り、すっかり目が覚めたのだろう。

「起きたんですかね?」と独り言のように言いながら名前チャンの顔を覗き込もうとする男と、ゆっくりと目を開ける名前チャンを交互に見た俺は、慌てて名前チャンの頭を掴んで、至近距離で自分の顔を近づけた。

「…ん、…ん!?わあっ、ちょっ、何!?」
「名前チャン!!!俺っ、オレ俺だよ!見える!?俺、白石由竹!!名前チャンの恋人だよ!俺っ!俺だからね」
「知ってるってば!!近い近い!どうしたのよ急に・・・!」

俺が思わず発した「恋人」という単語に反応してギョッとしているあいつの視線から名前チャンを遮るように身体をかぶせて、名前チャンをぎゅうっと抱きしめた。

「あ〜〜〜もう!よかったよ〜意識が戻って」
「えっ?!もともと意識失ってないから大丈夫だって。疲れて寝ちゃってたの」
「だって、頭打って目が覚めないって…」
「…落ち着いて人の話聞いてたかなぁ、白石君…」
「聞いてたよ、電話が来た時は俺のほうが倒れるかと思ったよ。名前チャンが頭打って倒れたってさ…」
「…頭打って倒れたんじゃないの。倒れた拍子にちょっと頭ぶつけちゃったの。やっぱちゃんと話聞いてないじゃん…」

そんな風にワーワーやっている俺たちを興味深げに眺めていた積田という男は、手刀でさりげなく俺たちに割って入ってきて、ニッコリ微笑んだ。

「名前」
「…あ、積田、ゴメン、心配かけちゃって」

申し訳なさげに頭を下げた名前チャンは、同じようにマネしてペコリと頭を下げた俺のほうを見て、思い出したかのように口を開いた。

「あ、そういえば、この人が私の恋人の白石くんだよ。電話、お願いしてゴメンね。どうしても早めに連絡しておきたくて」
「いや、いいよ。電話したら仰天してたぞ、お前の彼氏。あんまり早く来てくれたから俺もビックリだったわ」
「…そうなんだ」

頬を上気させて俺のほうをチラリと見た名前チャンは、照れ隠しみたいにもう一度積田さんのほうに向きなおって、かしこまって頭を下げた。
俺も同じくマネして頭を下げてから、「ありがとうございました」と呟いた。

「いや、たまたま居合わせてビックリしたぞ。ま、なんともないようでよかった」
「うん、大丈夫だから、みなさんにもよろしく」
「ああ、じゃあな」

俺たちを邪魔しないようになのか、爽やかな笑顔で挨拶した積田さんは、俺をチラッと一瞥して微笑ましそうに口角を上げたあと、あっさりと「じゃあ失礼します」と帰っていった。

「白石君、心配かけてゴメンね」と、俺のほうを見て気まずそうに苦笑いする名前チャンの手をぎゅっと握って、今度は俺もムリヤリにゴロンと狭いベッドに割り込んで、並んで横たわって名前チャンを抱き寄せる。

「ほんとだよ、心配した…なんだったのさ、結局…」
「めまいがしちゃってさ。結構ひどくて、検査も含めて1週間くらい入院するかもしれない。白石くん一人で生活できるかなあ」
「…できない…名前チャンが元気になってくれないと…」

つむじにそっと口付けを落として名前チャンの肩に頭をコテンと乗せて甘えると、ハア…とため息をついた名前チャンが呆れたように「…甘えちゃって。どうせいつも昼間は一人でダラダラ過ごしてるじゃん…」と呟いた。

俺をからかうそんな皮肉も通じないくらいに、俺はもっと名前チャンにくっついて、今度はほっぺに何度もキスをした。
俺の大好きな名前チャン。こんなにも愛しくてたまらないなんて、俺のほうが頭の病気で入院したほうがよさそうだ。
でも、それもそうだろう?さっき、名前チャンが何気なく発した一言に、こんなにも心が温かくなっているのだから。


「…名前チャンにとって、俺ってちゃんと恋人なんだよね?」
「そうだよ。どうしたの?っていうか、さっきもなんかすごく変で気持ち悪かった…白石君こそ頭大丈夫?」
「大丈夫じゃないゼ…」

なにそれ、と怪訝な顔をしている名前チャンには、こんなガキっぽい感情は分からないんだろう。
だけど、すっごく嬉しかったんだ。俺のことを公式に恋人だって堂々と言ってくれたことが。
しかも、あんなに立派な職業のイケメンの前で、こんな薄汚くて汗まみれのヒモの俺のことを。

「俺は名前チャンにとってただのヒモじゃなくて恋人だったんだネ…ってことさ」と照れ隠しに拗ねたように呟くと、「恋人でありヒモだけどね」と冷静に返されたので、俺はもうキャッハァー!!と固まった笑いを見せるしかなかったりして。

「ねえ、さっき私が起きたとき、なんであんなに焦って興奮してたのよ?」
「…だってさ。もし名前チャンが記憶を無くして目が覚めた時に、あんなイケメンがまず視界に入ってさ、『俺が名前の恋人だぜ!』とか言ったら…。絶っ対刷り込まれて俺のほう選んでくれないじゃん!!!だからその前に思い切り俺が恋人だって刷り込んだんだよ。ったく…」
「…バカじゃないの…ほんとに…。あの人は同じ職場にちゃんと片思いの相手がいるからさぁ…」

それでも、そんな風に言う名前チャンの頬は少しだけ赤くて、照れ隠しなんだっていうのは俺にはバレているんだけど。

「…でも、本当ありがとね。走ってきてくれたの?」
「自転車漕いできたよぉ。俺あんなに体力使ったの久しぶり……だからさ、名前チャン、大好きだよ」
「…わたしもだよ」

一瞬目が合ったあと、流れる少しだけ甘い空気に絆された俺が、思い切り名前チャンに伸し掛かって、あわよくば唇を奪おうとちゅう…と唇を尖らせると、「…汗クサイ」と名前チャンから容赦ない一言が飛んできて、クーンと声を上げる。

「なんでよぉ、しばらくできないんだからチューさせてよ…」
「ここ大部屋だからね…?ちゃんとして!それに本当は着替え持ってきてほしかったの。しばらく帰れないから…。電話で頼んでもらったのに、白石君手ぶらだしさ…」
「エーッ聞いてなかったかも…ごめぇん…」
「もう。そんなにあわてんぼうだと一人暮らしで困るからね」

ジトっとこっちを睨む名前チャンに、再びクーンと鳴き声を上げてから、渋々ベッドを降りて一旦荷物を取りに家まで退散だ。

でも、こんな名前チャンの一大事に、役立たずのヒモなんて誰にも言わせない。
俺は俺にできることをして、心から名前チャンを大好きでいるんだ。





なんやかんやあって、あれから5日。
俺は毎日名前チャンの病院に通って、お世話をしている。退院まではあと二日だ。
名前チャンは毎日来なくていいって言うけど、まあ、仕事も無いし毎日暇だから、お世話を口実に名前チャンの顔を見に通っているようなものだ。

今日の名前チャンへの差し入れはサンドイッチ。

食パンを半分に切って、バターを塗ってからレタスとハムとチーズを挟んで……あれ?これはもしや先に挟んでから半分に切るものなのでは?まあいい。とにかくなんとなくハムとチーズをパンのサイズに合わせて重ねて乗せて、分かれていたパンをもう一度合わせてくっつける。

やっぱりなんだか不格好で、ベシャベシャしているけれど、パンが食べたいって言っていた名前チャンのリクエストどおりだ。

もう一つ同じように作ったそれと合わせて、無理やりサイズの合わないタッパーにぐにゃっと押し込んだ。
容器をバンダナでくるんだら、リュックに入れて、いつものキャップをかぶって自転車に飛び乗った。

ピュウピュウと口笛を吹きながらのんびり自転車を漕いで、慣れてきた病院への道を快走だ。

病院の角のお花屋さんのおばあちゃんも、毎日こうして自転車に乗って病院に来る俺に手を振ってくれる。

ウン、こうやって、豆に彼女のお世話をしないとね!それに、いつもは世話してもらっているのに、逆に名前チャンの世話をするのも何だかとても楽しくて満足感があったりして。
まあ、とても安っぽい満足感だけど。

さて、いつもの受付を通り過ぎ、いつものエレベーターに乗って、いつものフロアで降りたら名前チャンの病室に入って、明るい笑顔で病室のみんなに朝の挨拶だ。

「おはよ〜おばあちゃん!今日も顔色いいね!飴ちゃん食べるう?」
「ありがとうねえ、でも喉につまるから…」
「あ、そっか、俺ってば!…あっでも他のもの持ってないや」
「いいよいいよ。それより由竹ちゃん、これで下の売店で何か買ってきな」
「えぇ〜っ!1000円も!?いいのお〜?」
「お小遣いだよ。ほら、奥さんには内緒ね」
「いやっほぅー!」
「由竹ちゃん、こっちにもおいで、お饅頭があるよ」
「シズ江さ〜ん!俺お饅頭大好きだよ〜」


そんな風に油を売っていると、数秒してからシャッとカーテンが開いて、心底呆れた顔をした名前チャンが顔を出す。

「…白石くん」
「名前チャン!あ、顔色戻ってきた感じだね。今日も可愛いよ!」
「……」

あらヤダ、いいわねえ〜なんてクスクス笑いが起きるのを見て、名前チャンがガックリ頭を抱えてため息をつく。

「…頭が痛い」
「大丈夫?横になったほうがいいんじゃないの?めまいある?」
「あるに決まってるわよバカ…本当にバカ!すみません、ほんと皆さんも、この人に餌を与えないで大丈夫なので…ホラ白石くんお金をお返しして…」
「でもお駄賃だって…」
「いいから!!」

ヒエ…名前チャン怒った〜…と肩をすくめて渋々お小遣いを返しにいく俺を名前チャンが厳しい目線で監視しているのに気づいて、ビクッと背中を震わせる。

それでも、リュックの中からサンドイッチのお弁当を取り出して見せてあげると名前チャンも悪くないように頬を緩めているのだから、名前チャンだって単純だ。

「ほおら、サンドイッチ」
「なんか折れ曲がってる」
「ムリヤリ入れたからね!でも味は保証するぜ?」

まぁ、平日の昼間からこんなにのどかに名前チャンとサンドイッチをパクつけるなんて、お互いちょっとイイ感じだったりして。

サンドイッチを手に取って口に運んで、(ん、意外においしい…)なんて目を丸くしている名前チャンを抱き寄せて、こっそり耳元で囁いた。

「早く良くなってネ。早く名前チャンと普通に過ごしたいよ。…それに、早く一緒に寝たい…」

その意味に気づいて、少し赤くなっている名前チャンにしてやったりな俺だけど、シャッとカーテンを閉めた名前チャンが俺のほうを向いて、「…一回だけキスして」と囁き返したので、勝負は俺の負けだ。

すかさず顎を掴んで引き寄せて、そっと押し当てた唇はいつもの温度、より少し高め。

入院生活で少しだけ甘えん坊になった名前チャンもいいもんだ、とスケベな顔でニヤついた俺は、今度は2度目のキスを名前チャンに落としたのだった。



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