■ 青い夏夜、熱く染めて
「形兆さん、制服の内ボタンのほつれ、繕っておきました。ハンガーにかけておきますね」
「……ああ」
「お夕飯のハンバーグ、億泰くんはケチャップソース、形兆さんは大根おろしのせでよかったですか?」
「……ああ」
「副菜のコールスローは多めに作っておきました、小さめのタッパーに入れておきますので、明日お弁当と一緒に持って行ってくださいね。あ、ご飯が炊けたみたい。もう少し待っててくださいね、形兆さん」
「……ああ」
「…兄貴ってよぉ〜、#name#先輩と話すとき、「ああ」しか言わねぇよなぁ。すげぇ仏頂面になるし、先輩が家来る日はすげぇそわそわしてるくせに……いっっでぇ!!ちょっ、やめ、無言のスタンド勘弁して!!」
弟を慈悲のない数の暴力で襲いながら、パタパタとスリッパのリズムを奏でながら台所へ走っていく苗字なまえを虹村形兆は仏頂面で見つめていた。
苗字といわゆる恋人関係になってから約半年が経つ。両親が海外で共働きであり、普段から炊事洗濯をそつなくこなしている彼女に、虹村兄弟は頭が上がらないほど世話になっていた。主に炊事方面で。
女の手作りの飯ってのはなんでこうも救われるのだろう、色々と。食える量は増えたのに、エンゲル計数は以前よりずっと軽くなった。救世主だ。
「うんまぁ〜い!!やばいっすよなまえ先輩!このハンバーグ!噛んだ瞬間肉汁がジュワワァ〜って口いっぱいに広がって、それがまた甘辛いケチャップソースと絶妙にマッチして!ハンバーグの中の玉ねぎも完全に炒めたのじゃなくて、シャキシャキした食感がまたたまんねぇ!!」
「ふふ。お口にあってよかった、お代わりもあるからね」
「やったぜ!二皿目、ハンバーグに目玉焼きのっけてもいい?」
「いいですよ。あ、形兆さん。お味噌汁のお代わり、よそいましょうか?」
「……ああ」
「あ、聞いてくれよなまえ先輩〜、さっき兄貴ってば……いっっだぁ!無言のげんこつやめて!」
「け、形兆さん!落ち着いてください、二発目構えないで!」
図星だった。つまり、ズバリ、そういうことだ。
俺は苗字と話すとき、九分九厘で「ああ」としか返答をしていない。別に苗字を疎ましく思っているからではない、
断じて、決して。
こんなものこっぱずかしくて、本人には面と向かって言えやしないが、俺は苗字の苗字たらしめる全ての要素が愛おしい。控えめで、かつ世話焼きな性格、優しい声、艶やかで真っ直ぐな黒髪、細い手足、整えられた爪先、白い肌、髪をまとめたときに見えるうなじ、エプロンをした際に強調されるくびれたウエストと、豊かな、胸……
『あっ、待って、ダメです、形兆さん…!こんな、お台所で、ひうっ…!やっ、お願いですっ…』
『はっ。エプロン一枚の、こんないやらしい格好しやがって、随分とカマトトぶるじゃあねぇか。ぷっくり勃った乳首が浮き出てるぞ?中はこんなにも吸い付いてくるしなぁ?少しかまってやらないうちに、すっかりメスの体になりやがって。どこの雄に調教されやがった、言えよっ、おらっ…!』
『ひゃぁん…!あっ、んっごめ、なひゃい、形兆さんが、恋しくて、一人で、慰めて、ました、んっ、あっ、あっ…!ごめん、なさい、形兆さ、あっ、だめっ…』
『くそっ、淫乱が…!はっ、こんないやらしいメスは、俺以外を求めないよう、しっかり躾ねぇとな。ほら、たっぷり奥の奥まで味わえっ…!』
『ひゃああっ、おくっ、おくに、形兆さんの、とん、とんって、いっぱい、あっ、もうっ、だめっ、きもひいいっ、あっ
ごめんな、さい、きもひ、よくて、ごめんなさいっ……!』
…………………はっ?!し、しまった。また、やってしまった…。
目の前にはきっちりとシャツを襟元までボタンで硬く閉じ、膝丈のスカートに我が家の黒エプロンをつけ、皿洗いをしている苗字。エロ漫画の如く都合のいい裸エプロンで快楽に打ちひしがれ、語尾にハートマークをつける姿はどこにもない。3度見したがやっぱりなかった。
ここ数ヶ月ずっとこんな調子だ。苗字の何気ない姿を見る見るたび、声を聞くたび、淫靡な妄想が頭を支配する。
しかも回数をこなすほど、マニアックなものになっていき、自分の旬な好みまで反映されるようになってしまった。センセーショナルにも程がある。『きもひ、よくて、ごめんなさいっ…』これはしばらくブレイクするな、トレンド入りだ。
「あああ!そうじゃあねぇ!いい加減にしろ!」
「ドメスティックバイオレンス!」
特に意味のない暴力を食後のテーブルを拭いていた弟に食らわせることで、形兆はわずかな落ち着きを取り戻すことができた。
くそっ、またもや苗字を身勝手な妄想に使ってしまった…。自己嫌悪で頭がおかしくなりそうだ。
苗字とは付き合ってから、まだそういう段階へ踏み込めていない。なんせ手を握るのにも一ヶ月という時間を要したのだ。あの時は告白した時以上に顔を赤く染め、沈黙の時が続いた。あの小さく、暖かい触感は今でも鮮明に覚えている。正直、可愛かった。ものすごくグッときた。
が、苗字との恋人としてのステップはここで止まったままだ。はっきり言って、物足りない。もっとあいつに触れたい、あいつを、求めたい。ああ、言えるわけない。
「億泰くん、お手伝いありがとうございます……ってお顔!お顔が!こ、こんなに腫れて!」
「うえぇ〜んなまえ先輩ぃ〜!俺!後片付けしてた!だけなのに!兄貴が!顔面中心に!ドメスティック!バイオレンス!」
「あらあら…」
ぐすぐすと泣きながら切実に、スカッタートに、被害報告をする億泰。『ダメじゃあないですか、形兆さん』と弟を母親のようにあやしながら、苗字が困り眉でこちらを見上げた、やめろ、そんなかわいい顔でこっちを見るな。
「よしよし、あ、もうこんな時間」
「え〜!なまえ先輩もう帰んのかよ〜」
「またご飯作りに来ますから。そうそう、冷蔵庫にプリン作り置きしておきましたから、二人で仲良く食べてくださいね……、あ、形兆さん、大丈夫ですよ、一人で帰れます」
「………」
「そうですか、ふふ、では甘えさせていただきますね」
「ええ!?兄貴何も言ってねぇのになまえ先輩なんでわかるの〜!」
「形兆さんは優しいですから、またね億泰くん」
少しだけ雨に濡れたアスファルト、20時初夏の風は、少し冷たい。
街灯の白い明かりが二人分の影を作る、大きい方と、小さい方。繋がってない、二つの影。
「形兆さん、あんまり億泰くんをいじめちゃあダメですよ」
「………ああ」
「ほんとは可愛くて仕方ないくせに」
「………」
「…きゃっ、ふふ」
二文字の代わりに、さらけ出されていた白く丸い方に、学ランを乱暴にかけた。
てくてく、ざっざっ。足音だけが響く。
ふわり、夜の青い風が苗字の髪をかすった。耳元に、この前、誕生日に贈った、あいつの誕生石が小さく光った。
また、愛しさと、罪深い欲望が支配する。ああ、こんなにも厭になる。愛おしいのに、愛おしいから、目も、見れない。
「おくってくださって、ありがとうございました」
あっという間に、苗字の自宅まで、着いてしまった。扉を開けて、きちんと靴を揃えられた玄関で、向かい合う。
「……ああ」
鼻をくすぐる、甘い。苗字の家の匂い、家の中は暗く、今日も両親はいない。
「えっと、その、形兆さん…。わ、私、…………いえ、なんでもないです。また、明日。おやすみ、なさい」
「…………ああ」
とても、何か言いたそうに、顔をふし、苗字が顔を赤らめた。ああ、よかった。その顔は、かなりやばかったぞ。この短時間で10もの都合のいい展開を想像して、願望してしまった。頼むから、他の男には見せないでくれ。
「……………あ」
苗字に上着を貸したままであることに気づいたのは、半身の身軽さと肌寒さを感じた帰宅途中。苗字の家から10分ほど経った後のことだった。
明日も学校がある、きちんと制服は着ていかなくては。改造したものではあるが。
それに苗字が気付いて、返そうと一人で夜の街を出歩くかもしれない。人も車も通らない交差点、赤信号を全速力で走った。
Uターン・苗字邸。一階、二階。どの窓にも、明かりがない。
「もう、出ちまったか、それとも……」
寝ていたら、どうしようか。長考。
−−ピンポーン。
「…………」
5回深呼吸をして、冷たいドアノブに触れた。
暗い玄関で立ちすくしたまま30秒が経過した。
なんで真っ暗なのに鍵が開けっぱなしで、とか、もしかしてもう部屋で寝てるんじゃあないかとか、もしかして鍵かけ忘れて出て行ったのかとか、女子の家に勝手に入ってしまっただとか、ぐるぐると考えは渦を巻いて、ちょっとしたキャパオーバーだった。
スーハースーハー。試しに深呼吸したらそれはもう胸いっぱいに苗字の香りが広がって。違う。断じてそういうあれで息を吸ったんじゃあない。落ち着くどころかざわつきが増えた。
……苗字の部屋をほんの、ほんの少し覗いてみて、もし、いなかったら、すぐに撤退したのち、探しに行こう。そうしよう。
「………よし」
言ったことばとは裏腹に、フローリングの段差にたどり着くまで5分かかった。
ついに、たどり着いてしまった。一歩一歩、確実に体力を減らされながら、苗字の部屋の前。罠にかかったように、動けない。思考が体がもう、追いつけない。
「…………っ……、ぁ……」
ぐるぐると頭をオーバーヒートさせていると、手編みのドアノブカバーがかかった扉の向こうから、かすかに、苗字のくぐもったような声が聞こえた。
居る、いた場合は俺は、どうしようと、していたか、えっと……。いや、この状況は、まずい、非常にまずい。
俺は心のどこかで、苗字がいないことを前提に自宅へ入っていた。普通に考えて、チャイムを鳴らしたとはいえ、付き合っている男といえ、勝手に、無断で、入って、しかも自室の前にいる。サッーァ、登っていた熱が急低下した。
「……っあ、………めっ……、ん…」
ちょっと、待て、なんだ、この、声は
「ひぁっ……、んっ、だめっ…、そこっ……」
嘘、だろう、夢か、幻か、
「やぁっ、はうっ……あんっ、んん…!」
違う、だってこれは、そんなはず、
「ひうっ…!あっ、あっ、やっ……んっ…」
「!?!?!?!?!?!?!??!!?」
脳内オーバーヒート再点火フルスロットルハリケーンスペシャル。
危うく変な必殺技で自爆しそうな頭をパワーBの力技でなんとか止めた。
あえぎ、ごえ。苗字の、甘く、蕩けきった、いやらしい、こえ。
炎のごとく熱くなった頭が次に抱いたのは、マグマのようにドロドロとした、真っ黒く、どす黒い、怒りだった。
誰だ、どこのどいつが、俺の、愛おしい、あいつを、苗字を。
ぎしっ、軋む音がする、噛み締めた口元から、握りしめた拳から、扉の奥のベッドから、もう、耐えられない。許すものか。
「あんっ、ん、……はぁっ、や、…も、だめっ、」
なまえは俺のものだ。
「だめっぇ、おく、イっちゃ、あっ…」
血がにじむほどに握りしめた拳を、思い切り振り上げた。
「け、い、ちょう、さんっ……」
「……………………え」
つぶやいたのは、右手で扉をぶっ飛ばしたと同時だった。
水色に白レースがついた、下着姿。とろとろに、甘く、快楽に染まるなまえに覆いかぶさっていたのは、
「な、んで」
同じ言葉を二人が同時に発した。見つめ合う、なまえに覆いかぶさっていたのは、
とても、とても見慣れた、俺の学ランだった。
「……あ、ああ、なななななな、けい、ちょうさ、なな、な……!?」
先に、意識を取り戻したのは#name#だった。学ランを引き寄せ、赤く染まった顔を目元まで隠し、狼狽えていた。普段の#name#からは想像もつかないほどに。
いつもは長めのスカートに封印された白く、なめらかな生足。その途中で引っかかったブラと同じ、レースの付いたショーツという絶景を目の当たりにし、一歩も動けず、一言も発することができない俺を高い声が現実へ引き戻した。
「お、う……」
「や、やぁっ……!み、見ないで…!ふぇ、ひっく、見ない、で、っひ、あ、」
自分お身体と、学ランを抱きしめながら、とうとうなまえは泣き出してしまった。
なんだ、この状況は、何が、起こっているんだ。
状況を、整理しよう。部屋には、誰もいなかった。なまえ以外。#name#は下着姿で、喘ぎ声は確かに、なまえの物で、足にはショーツが引っかかっていて、そして、俺の、学ランを抱きしめていて、
『け、い、ちょう、さんっ……』
俺の、名前を。
「………………っ!!!!!?!?!!?」
全てに合点がいき、先ほどとは比べ物にならないほどの、熱が、熱情が、支配する。
これは、現実か、俺の妄想なのか。
「ごめ、なさい、ひっく、ごめん、なさい、けい、ちょう、さ…」
「なまえ……」
「ごめんな、さ、い。けい、ちょうさん、おねが、い。きら、わ、いで、ごめん、なさい」
「俺で、俺に、されるのを想像して、一人で、してたのか…?」
ギシリ、二人分の重量を乗せ、白いシーツが影を作る。
「っ、は、い…、ごめん、なさい、けいちょう、さんに、ひっく、…もっと、触って、声、聞きたくて、感じ、たくて、こんな、わ、わたし…、ごめん、な、さいっ、ひとりで、こんな、…」
「っ…、なまえ」
「ごめん、なさい、きもひ、よくって、…ごめん、なさい…。嫌いに、なら、ないでぇっ…」
ああ、なまえ。俺は今、獣になった気分だ。最高の獲物を前に、もう、無理だ。
「なぁ、なまえ」
耳元で、低くつぶやく。大きな瞳に涙が彩り、羞恥に染まったなまえの顔がこちらを見上げる。
「お前を、嫌いになったりなんか、しない」
「けいちょう、さ」
「ずっと、こうしたかった。お前が好きだ、なまえ」
俺は、心からの願いを、一生に一度の願いを口にする。
「どうか、俺を、嫌わないでくれ」
溢れかえるほどの欲望、愛情。#name#の瞳からこぼれ落ちた涙を舌で掬う。
少し開いたカーテンから、青い光がのぞき、暗い部屋が水槽の底のように、鈍く揺らめく。
邪魔な学ランを払いのけようと手を伸ばすと、#name#の小さな手が俺の手をすくい上げ、熱をはらんだ息を吐きながら、赤く染まった頬に手繰り寄せ、頬ずりした、甘く、とけるような視線を、こちらに向けながら。
青い夏夜、熱く染めて
なな様リクエスト「虹村さん×彼女に手を出したくて出せない×ラッキースケベ」
旧ハンター×ハンターのタイトルみたいに書いちゃいましたが、なんて素敵な組み合わせを考えるんだ…。天才か…。
すごいテンション上がりましたよ、ラッキースケベがラッキーエロになっちゃうくらい上がっちゃいましたよ。ほんとすいません。
たぎるリクエストにひたすら感謝です!なな様、誠にありがとうございました!
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