■   地獄世界

チック、タック、チック、タック__。ボーン、ボーン。
小さく鋭い秒針が、切り刻む。揺れて、響く、黄金の時間。 ああ、おはようございます。


吸血鬼_。一般的に連想されるイメージとして、清い乙女が好物、十字架を嫌い、日光に弱い、霧やコウモリに変身出来る、鏡に映らない、ets…….。
奇々怪界、オカルトでファンタジーな存在でありながら、その存在はかなり多くの人間のイメージに確立されている。けれども、こう言った噂が多いものほど、真実はごく一握りのものでしかないのである。世の中、そんなものである。

「まあ、日光には弱いけれど」

眩むような黄金の髪に、陶磁器の肌、果実を割いたような唇_。鏡に映った吸血鬼が、呟いた。




「おはようございます、DIO様」

「……おはよう、アイス」

ああ、今日も私は「DIO」らしい。鏡に映った美しい化け物は嘘じゃなかったらしい。寝台の前に跪く、奇抜な大柄の男の恍惚とした瞳に映る姿も、先ほど鏡で見た姿の私であった。残念。

「朝食のご用意ができております。お気に召します血があると良いのですが……」

ヴァニラの手には複数の鎖。その先には首輪につながれた複数の年頃の美しい娘たち、その顔は恐怖に彩られ、体を震わせ、目には涙が溢れている。

「食欲がないの、朝食は結構」

「DIO様っ!先日も、先々日もそう仰られて、血を召し上がられておりません! どうか、どうか、少しでも……!」

必死な形相で未だ跪きながら懇願するヴァニラ。やめて、やめて、やめて。血なんか吸いたくない、それがどんなに美しい娘の血であれ、あのどろりとした赤い命の水は、喉を通ると考えただけで重くて重くて気持ち悪い。

「……その娘たちの血は飲みたいと思えないの、だから、結構」
だから早くお家へ帰らせてあげて。

「…っ!畏まりました……。ではこのものたちは処分してまいります」

処分って……。

「役に立たないメスどもめ……!暗黒空間にばらまいてくれる……!」

血管が浮き出て、ヴァニラの凶悪さが増す。娘たちの顔色が恐怖から絶望へと変わる。その口からは悲鳴さえも出ない。
これはまずい。この男には情け容赦の文字は存在しないのだ。

「そこの娘たち。こっちへ来なさい」

「DIO様……!」

ヴァニラが振り返るよりも早く、鎖を粉砕した。いきなり金属の粉砕音が耳を支配し、何が起こったのか混乱している娘たちの前に、ゆっくりと寝台から起きる。

「アイス、しばらく下がっていて」

「はっ。畏まりました」

未だ娘達を恨むように、羨むように睨みつけながら、ヴァニラは重く大きな扉を閉じた。「あ…ああ……ううう…」言葉にならない悲鳴をか細く唱えながら、娘達はこちらを見上げる。

「大丈夫……。決して貴方達を殺しはしない。ほんの少しでいい。貴女の美しい血を、私に……」

そしたら、ここから逃がしてあげる。 娘の一人の亜麻色の髪を手で掬いながら囁くように呟く。甘く、体の奥の芯まで啄ばむように、冒すように、広がり毒されていく。息を飲む声が聞こえる。どのみち、彼女達はもう自らの足で、意思でこの館から出ることはないであろう。

「DI、Oさま……。どうか、私の、血を。私の命を、あなたさまの、中に……」

いつの間にか娘達の瞳に涙は消え失せ、そこには、一人の美しい吸血鬼しか写っていない。
ああ、まただ。だから、嫌なんだ。黒く轟く罪悪感に蝕まれながら、DIOと呼ばれた美しい吸血鬼は、やわらかな肌に牙を突き立てた。秒針の音が、その罪を刻む時を一層、生々しく、厭らしく、彩った。


重く沈む心とは裏腹に、乾いた大地に雨の恵みが降りたように、肉体は歓喜の声を上げているのが分かる。
「アイス、い…」

「御呼びでしょうか、DIO様」

早い。どこでスタンバッてたであろうヴァニラは、再び颯爽と主人の前に跪いた。恍惚な眼差しも忘れない。

「……。彼女達の血を少しずつ飲んだ。生きているわ、また『部屋』へ案内しておいて」

意識を失い、寝台の上に座る自らの長い足に、すがる様に倒れこんでいる娘達を一瞥しながら、言った。

「DIO様、また血を召し上がる際には新しいものをご用意いたします。ですからこのもの達はもう消してしまって良いのでは?私が処分しておきます」

「しなくていい。貴方は、よくやってくれているわ、アイス。無駄なことはしなくていい。そばに、いてくれるだけでいいの」

だから、そばでおとなしくしていてくれ。お願いだから。

「あっ…!あ、ああっ……!!なんと、もったいなきお言葉……!光栄の至り………!!ああ、DIO様!DIO様……!私の愛しき主っ……!!」

大きな体をねじるように震わせ、恍惚の眼差しをさらに歪ませ、足元に倒れこんだ娘達をゴミのように払い、寝台のそばに跪き白く、滑らかな足先に慈しむように手をはわせ、ヴァニラは冷たく、薄い肌へ唇を落とした。その光景は実に禍々しい。DIO様、DIO様、とまるで呪文の様に呟き続ける彼を、その主人は青い顔で見下す。

違う、それは私の名前じゃないの、アイス。怖い、気持ち悪い、やめてくれ。ああ、本当に私は何時になったら戻れるのだろうか。

「……。私、私は#####_。」

「DIO様?」

ああ、やっぱり__。口から呟いたはずの私の名は、形にもならず、姿にもならず、もはや、影も存在することができない。聞こえない、何も、ない。私の名はこの世に存在することができない、私は「DIO」だから、「ディオ・ブランドー」だから。

死んで、目が覚めたら、そうなっていた。私はDIOで、ディオ・ブランドーだった。10年経っても、20年経っても、100年経った今現在でもそうらしい。地獄という世界は、亡者は死んでいるが故、永遠にその苦痛を味わい続ける_。きっとあの時、私は地獄に落ちたんだろう。

ああ、神様。お願いです、神様。悪いことをしたなら、償います。なんだってします。天国に行きたいとは言いません。
苦しいです、辛いです、お願いです。どうか、ああ、神様。神様神様神様。__私の名前を返してください。



地獄世界、おはようございます。
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