永久の誓い

*『つたない言葉』とリンクしています




11月1日、平日にも関わらず、奥村兄弟の姿は正十字学園になかった。
翌日の2日も。
塾の方は、姿を現すも、実は前日の31日は弟の方は講師を休んでいた。


二人は、生まれ育った修道院に来ていた。
31日は、塾のある燐を置いて、雪男だけが長年修道院と懇意の仲である児童養護施設のハロウィンイベントのお手伝いに。
そして1日の早朝には、燐も合流して『万聖節』のミサの手伝いをしていた。

『万聖節』とは諸聖人の日ともいい、カトリック教会の祝い日の一つで、聖人と殉教者を記念した日で、週末行われいるミサよりも重要だった。

洗礼を受けたわけではないけれど、毎年忙しいこの日を知っているので、事前に外出届けを出している。
この日の夕方、塾がある二人は一旦学校へ戻るが、また夜にはここに戻ってくる予定だった。


けれど、二人が塾に行くことは出来なかった。






「兄さん、大丈夫?」


この春まで雪男が使っていた、二段ベットの下の段に燐は横たわっていた。
いつもの明るい様子はなく、血の気を失い、泣いた後なのか、薄っすらと涙の後が残っていた。
来るものを拒む様に、背を向けたまま横になっている燐が、雪男に目線だけ向けた。

「ん・・・ましになった。みんなは?」

「ミサの片付けと、夕食の準備してる」

「夕食・・・作んな・・きゃ・・・」

眉間に皺を寄せて、苦しそうな表情を浮かべながら、燐は身を起こそうとする。

「寝てなよ。そんなナリで行っても皆心配するだけだよ」

「・・・わかったよ」

再びベッドへ戻ると、完全に雪男を拒絶する様に視線も、丸めた背中も壁の方へと向けた。




早朝に合流した燐は、雪男と修道院の皆で手分けしてミサの準備をしていた。
毎年行われてきたことなので、誰が何をするかなんて大きな段取りは要らない。

大方の掃除が終わると、二人はオルガンの練習を始めた。
7ヶ月も触ることのなかったオルガンに、指が動くか心配だったけれど、弾き慣れた音楽だけに、1時間ぶっ通しで弾いていたら次第に動いた。


いよいよミサが近づき、声楽隊と同じ制服に着替えてる。
ミサは滞りなく始まり、久しぶりに公の場で弾いたオルガンも失敗なく終えた。
双子による演奏は、燐が嫌がることが多て、約1年ぶりだったこともあって、教徒たちに大変喜ばれた。


けれど、その頃燐には、異変が起きていた。


気づいていたのは燐本人だけで、側にいた雪男は何も感じずにいた。

聖歌隊の制服を裏口で脱いで、礼服だけになると、最後列に加わる。
神父が聖書を読み、皆が聖人たちに祈りを捧げる。
二人のとっては、聞きなれた内容だったし、見慣れた光景だった。
それだけに、雪男はこの後のスケジュールを頭に思い描いていた。



教徒たちが帰る時、挨拶周りは・・・しないわけにはいかないだろう。
それが終わったら、軽く片づけをして、夕飯の買い物をして。
今日の買出しは誰だったっけ?
明日のこともあるから、明日の分もまとめて買った方がいいかな?
それが終わったら、塾に一旦戻って・・・小テストを返さないと。
そういえば、今回のテスト、つきっきりで教えたこともあって、兄さん頑張ったな。
いつも叱ってばっかりだから、たまには褒めてあげなきゃ・・・。



そんな雪男の思考は、袖を軽く引っ張られる感覚を受け、遮断された。
引っ張られた方を見ると、燐が雪男の袖を掴んでない方の手で口元を押さえて、俯いていた。

「どうし・・・」

「気持・・・悪・い・・・」

「えっ、大丈夫?」

よく見ると、燐の顔色は見るからに青白くなっていて、触れた背中もいつもより冷たく感じた。
背中に手を回して、騒ぎにならないようにそっと表の扉から外へ出た。
相当我慢をしていたのか、扉を閉めた途端、燐は座り込んでしまい、しばらく動けずにいた。
見かねて、燐をおぶり春まで使っていた子ども部屋へ行き、自分の寝場所だった二段ベットの下段に燐を寝かせたのだった。

「いつからだったの?」

「ミサ・・始まる前」

「なんで黙ってたの?」

「気のせいだと思って・・・」

「こんだけ体温も下がっているのに、気のせいなわけないでしょ」

「ジジィが・・・」

「神父さんが何?」

「ジジィが死んだ・・場所だから・・・気のせいだと思ったんだ」

「・・・っ」



自分にとって礼拝堂は、養父が聖騎士とも、養父としても違う姿を見せる唯一の場所だった。
『神父』として働く養父の姿は、悪魔を祓う時の冷静且つ勇ましい姿とも、その時々に、だらしなくも頼もしい養父の姿とも違う。
どちらの姿も誇りに持っているが、教徒から信頼され、優しく諭『神父』の姿は、またに誇らしく思えた。

自分にとって、礼拝堂は良い記憶しかない場所だったけれど、兄にとっては養父を失った場所だった。


サタンの襲撃に遭い、体を乗っ取られてしまった養父は、最後の最後で自分を取り戻して自害をした。
全ては兄さんを守る為に。


そんな兄さんが、正十字騎士團の祓魔師育成塾に入塾すると聞いて、僕はある決意をした。

サタンの落胤として、覚醒した身で祓魔師を目指すということの覚悟の程を聞くこと。
そして、正十字騎士團の中でのサタンの落胤とはどんな風に思われているのか分からせること。



今まで兄さんにはひた隠しにしてきた自分の身分を明かし、銃を向けた。

『兄さんが悪魔である以上、危険対象に思っている。だから、一層の事死んでくれ』と。

そんな僕に兄さんは弟とは争わないと、剣を向けることはなかった。

『ただ強くなりたい。誰かが自分の為に死ぬのは嫌だ』

兄さんの強い意志を聞いて、僕は愛する兄さんの為に盾になる覚悟が固まったんだ。
僕の中では、それで終結したことだった。



けれど、兄さんは違った。



任務があって帰りが遅くなった夜のことだ。
いつもなら眠っているはずの兄さんの姿はなくて、ベッドを触れて見ると冷たくて、ベッドから離れて時間が経っていることがわかった。
夜風にでも当たりに行ってるのかと思って、屋上に上がってみると案の定そこにいた。
近づくと、兄さんが弱々しい声で何か呟いているのがわかった。
肩を小さく震わせて、いつもと違う擦れたような声。
そっと近づいて、耳を澄ますと、その呟きは懺悔と懇願だった。


『雪男、ごめんなさい・・・』

『殺してもいいから・・・だから、っ・・・ぎらいに・・・ならないでっ』



一瞬言葉を失った。
僕が言った言葉で、こんなにも兄さんを苦しめていたとは思わなかった。

よく考えてみれば、わかることだった。
『サタンに乗っ取られ、青い炎に包まれて様々な所から血を噴出す様は、今でも鮮明に覚えている。あんな恐ろしい様はない』
青の夜の経験者からよく聞いていたが、兄さんはそれを目の辺りにしたのだ。
そして、それだけでなく養父は、兄の前で自害したのだ。
どれぐらい怖い思いをしたのだろうか。
どのぐらい辛くて、悔しい思いをしたのだろうか。

そんな精神状態から、僕にあんな言葉をかけられたんだ。
傷つかないはずがないんだ・・・。
過去に戻れるなら、僕は僕を今でも殴ってやりたい。
もっと、やりようがあっただろうに・・・。



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