「もう、大丈夫だと思うから、お前戻れよ」

「えっ、でも・・・」

兄さんの言葉で思考が止まる。
壁の方を向いて、ぐったりとしたままの様子では、とても大丈夫そうには見えなかった。

「多分・・・当てられただけだ」

「当てられた?何に?」

「詠唱・・・・」

「詠唱・・・ってさっきの聖書の?普段なんともないじゃない」

「しらねぇよ。でも、それ以外に考えられない・・・礼拝堂出たら、楽になったし」

「そんな・・・。あ、そっか」

一つの確信に近い仮説が思いついた。


「どした?」

「念心な教徒たちだから、聖人への祈りの力が強すぎたんだよ」

「そんなことで?」

「大勢いたしね。力の強い悪魔なら、大勢の詠唱で対応するって知っているだろ?それに・・・」

「・・・なんだよ」

「ううん、なんでもない」

その先は言わない。言えば、きっとまた傷つくから。
『神父が死んだ場所だから、兄さんの心が弱ってたんだ』なんて。

僕は、ベッドの側を離れてた。

「じゃ、お言葉に甘えて戻るよ。ちゃんと休んでなよ」

燐は無言で、手を小さく振って応対する。
体のダルさも去るごとながら、精神的ショックがどうしても拭えなかった。

サタンの致死節はまだ解明されていない。
燐の致死節があるかどうかも、勿論だけれど、少なくても礼拝堂で読まれたものがそれに値しているとは思えなかった。
なぜなら、授業でもやった内容だったから・・・。
授業では、詠唱する箇所の漢字が読めなかったぐらいで、あとは何の問題も無く授業は終わったのに。
礼拝堂では、今まで感じたことも無い倦怠感と、吐き気、寒気に襲われた。


「・・・・くそっ」

自分が悪魔であることは、嫌ってほど証明されてきた。
認めたくない現実を、自分の生まれ育った場所で突きつけられたことが、なによりもショックだった。
悔しくて、涙が出てくるがそんなもの、ちっとも拭える気になれなかった。






あれからしばらく時間が経った。
そろそろミサの方も終わるだろう。
挨拶周りとか、得意じゃないけど、一応顔を出した方がいいだろうと思っていたら、雪男が入ってきた。
身を起こそうとしてみたけれど、雪男が話しかけてきたから、なんとなくそのままの体勢会話に応じた。




「明日の『万霊節』のミサ、出るのやめておこうか?」

「はぁ?!何言って・・・っ」

雪男の発言に憤慨し、身を急に起こした為、頭がくらりと動き軽く眩暈を起こした。

「明日は教徒皆の個々の想いが強くなるし、きっと人数も増える。今日の万聖節でこれじゃ、明日は倒れるかもしれない」

「倒れないかもしれないだろ?」

「神父さんが、そこまでして祈って欲しいって思うと思う?」

「・・・っ」

「万霊節は、故人を思う日。兄さんが拘っているのはわかってる。でも、僕たちは洗礼を受けたわけじゃない。無理をしてまで出る必要なんてないんだ」

「でも・・・それじゃ・・・ダメだ」

「何がダメなの?」

雪男は燐が、複雑なことを思っていると、いつも言葉が足りなくなることを知っている。
燐が言いやすいように、問いかけする癖がついたのはいつからだろうか。
今も、一生懸命頭の中で整理しているのが見て取れる燐は、足に掛かっている布団を握り締めて、言葉を絞るように口にした。

「カ、カトリックってさ・・・自殺はダメなんだろ?俺たちが祈ってやらないと・・・」

「・・・兄さん、悪魔のくせに天国とか地獄とか信じてるんだ」

「あ、悪魔のくせにってなんだ!!」

少し涙を浮かべて、抗議するように喚く。
人が気にしていることを、どうしてこの弟はズバズバと言ってのけるのかな。
昔は、弱々しくて優しい弟だったのに。




「大丈夫だよ兄さん」

雪男の腕が伸びてきて、自分の頭を抱きこんだ。
雪男の優しい腕と、心臓の音が心地よくって、されたまま瞳を閉じる。

「神父さんは、サタンから兄さんを守って死んだんだ。決して、自殺したんじゃない」

「・・・うん」

「それに祈りっていうのは、ミサに出ることだけじゃないでしょ?一番大事なこと・・・神父さんが言っていたの忘れの?」

「忘れてねぇ・・・」

「明日、オルガンを弾いたらミサが終わるまで、墓参りをしよう。じっくり居れる時間もなかったし、丁度よかったじゃない」

「・・・うん」

「ゆっくり報告してあげようよ。この7ヶ月のことを。僕たちもこうやって、仲良くしてますってことを」

「・・・うん」

「だから、もう泣かないで?もし、神父さんが本当に地獄へ落ちてるっていうなら、僕たちが救いに行けばいい」

「・・・俺は、悪魔だ」

「なら、僕が二人を救いにいく」

「・・・欲張り。」

「なんとでも」

泣き止んだ様子の兄さんの顔を見るために、腕から離す。
涙の伝ったぬれた頬を手のひらで優しく拭っていやると、そのままキスをした。

死んだ後も永久を誓うキス。





同性愛も戒律に値するから、僕も地獄行きなんてこと、教えてあげない。
きっと、貴方は悲しむから。
自分は地獄に落ちてもいいけど、他の人はダメだなんていう人なんだから。
全く、どっちが欲張りなの?











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あとがき
人の死って中々受け入れれないものだと思います。
親しければ親しいほどに。
燐の場合、きっかけが自分だけにすごく辛いだろうなと思って書いてみました。
雪男が聖母の如く、優しく包み込んで欲しいな・・・。



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