「・・・やっぱり若先生となんかあったん?」
「え?」
「はぁ、面倒臭いことは嫌いやねんけど、紹介してもうたしなぁ。・・・何があったん?」
「・・・わかんねぇよ。ただ、身の上話を手紙でしただけ」
「身の上?若先生がか?」
「どっちも。先に雪男が書いてきたから、それに俺が返事するかたちで・・・。そこから手紙がないんだ」
「若先生の身の上か・・・そんなことあったんやね」
「なぁ、志摩。お前、雪男と友達なんだろ?今、あいつ何やってるんだよ?」
「それは俺も知りたいんよ。それもあって、ここに無理言って入らしてもろたんよ」
子猫丸の身請け人は、志摩は未成年のため正確には志摩の父親がなったらしい。
それでも、子猫丸の身請け人は志摩であることは、周知の事実。
別の遊女や男娼を買うなど許されるはずない。
志摩は、実際には身請け人でないことを盾に、一時間だけという約束で燐を呼んだのだった。
「この間、俺んちの往診日やったんやけど、行かれへんっていう電話があって、若先生も藤本医師も来ぉへんかったんよ。
急ぎやなかったし、構へんかったんやけど、次の往診日から若先生来ぉへんくなってな。
小さい時からいっつも一緒に来てはったのに、なんでなんやろうと思ったんやけど、そんなん親父の前で中々藤本医師に聞くわけにはいかへんし。
もしかしたら燐くんならなんか知っとるんちゃうかなって」
「・・・ごめん、俺もわかんねぇよ」
「やっぱり、若先生の出生について揉めはったんかな・・・」
「っ!だったら、俺のせいじゃねぇかよ」
「それはちゃうよ。そりゃきっかけにはなったかもしれへんけど、それだけで仲違いするよう親子やなよ。なんてったって、『藤本家の養子、羅紗面の子・雪男』は有名人やもん」
「!!」
「一見、色眼鏡で分からへんようにしてはるけど、よぅ見たら目の色が異国人の物だとわかるし、なにより藤本医師は、ずっと独身やった。
藤本家の唯一の跡取りが、嫁を貰わないことに、代々患者として関わっていた家々は心配していたらしいねん。
そこで、急に藤本医師が養子を取ったことが知れて、えらい騒ぎになったらしいわ。
どこの馬の骨とも知らぬ子やったし、異国人の子どもであることは明白やったしな」
「そう・・・だったんだ」
「二人とも、見えんだけで色々大変やったと思うで。かかりつけを辞めはった家もあったっていうしな。
それでも、医師は若先生を捨てへんかったし、若先生も周知が認める跡取り息子にならはった。
だからな・・・燐くん?そんな辛そうな顔せんだってええんよ。きっと仲違いやない揉め方をしてとるだけなんよ」
「・・・なんだよ、それ。仲違いじゃない揉め方って」
「親子じゃようあることや。気にせんでええってこと」
「よくわかんねぇ・・・」
「・・・そやろうな。ごめんな、上手く言えんで」
ううんと燐は首を横に振ったけれど、その後言葉が出なかった。
雪男と雪男の養父の異変には、絶対自分が原因なのだ。
あの日、別れ際にも言っていたじゃないか、二日連続家を開けてしまったからまずいと。
なのに懲りずに俺は、また来てくれとせがんでいる。
志摩から初めて聞いた雪男の生い立ち。
自分と関わることは、雪男にとって良くないことでしかなくて、きっとそのことで養父と揉めたんだろう。
もしくは・・・雪男が生い立ちについて書いて寄越したから、調子に乗っても書いた。
あの内容に、雪男が異変を起こす程、怒っているのかもしれない。
調子に乗ったことは確かだけれど、面白半分に乗っかったわけじゃない。
でも、雪男には面白半分に手紙を読まれたと思ったのかもしれない・・・。
ずっと黙っていると、志摩が心配したような顔をして、俺の肩を叩いた。
「そんな思いつめんでいいって。なんとかなるよ。
今度、若先生に会(お)うたら、それとなく燐くんが待っとったって言うとくし。
あっ、挨拶がてら子猫さん連れて診療所へ行ってもええなぁ。」
「・・・俺が原因なのに?もう、きっと来てくれないよ」
「まいったなぁ。ほんまにそんな理由とちゃうと思うんやけど。
自分で確かめてみぃ言ったって、燐くんは此処から出れんしなぁ・・・。
まぁ、なんとかなるって」
「・・・そうだといいな」
「あんまり難しぃ考えんときや」
そういうと、志摩は自分の脇に置いていた羽織を羽織った。
「もう、帰るのか?」
「ほんまはもうちょっとおりたいねんけどな。
燐くんと同じで『お前何しに来てん』って顔されたんよ。
早いこと出て行った方が、波風立てんですむかな思って」
「そうか・・・ごめんな。俺からも言っておくよ」
「かまへんよ。なんも疑わしいことしてないんやし」
志摩は結局、約束の1時間より早く帰っていった。
その後仕事のなかった俺は、厨房に入り客用の夕飯の手伝いや、熱燗の用意などをしていた。
同じように働いていた若衆からは「志摩は何のようで来たんや」と聞かれた。
「子猫丸から預かった品を持ってきただけだ」という話すと、一応納得してくれた様だった。
俺の方はそれだけじゃなかったから、、熱燗を熱くし過ぎたりして、色々失敗をやりかしてしまった。
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