重い足取りのまま、指定された研究室へと向う。

納得のいかない仕事は、今までも何度もあったが、今回はその中でも高位置に付く。


祓魔師の中には日本支部長を初めとして悪魔と縁のある者はたくさんいる。
祓魔を目的とする集団なのだから、『悪魔』に対して排除的なのは当たり前のことだけれど、そういった者まで異質な物として見る傾向にあると思う。
これは祓魔師と関わってすぐに理解したことだけれど、元々悪魔である俺には納得できるものではなかった。

悪魔は、人間ほど複雑な感情を持っていない。
悪魔は、自分の快楽の為には努力を惜しまない。
誰かに、自分の領域を侵されたとしても、それに対して恐怖や、妬みなど感じず、奪い返す喜びしかならない。
悪魔が、物質界に手を出すのも、基本的には殆ど変わらないはずだ。
人間が、もし無虚界に手を出すというのなら、きっと復讐になるだろう。

俺は、俺を救ってくれた少女の様な人間を、悪魔からの被害を受けないように護りたい。
それだけの為に祓魔師を続けいる。
決して、前の仲間たちに復讐がしたくて続けているんじゃない。
けれど、悪魔を祓う集団に属する以上、たとえ自分の思いと違っていても、従わざる得ないのだろう。
それこそ、悪魔である自分の身を捧げるようなことでも・・・。



研究室の扉をノックして開ける。
「ノック」をして入室するなんて、随分と人間のマネも上手くなったものだ。

部屋の中は、いかにも研究室らしく、あちらこちらに色んな薬品や、その材料と思われるものが棚だったり、天井から吊るされていた。
コツコツと革靴を鳴らして奥へ進むと、一人の男の姿が見えた。

男は正十字騎士團の制服を着ており、メフィストが言っていた少年であることが推測された。
少年の横には飾り気のないベッドと、実験に使うのか小瓶に入った薬品や注射器などがベットの横の机に丁寧に並べられていた。
どっと、嫌な気分になる。

すると、少年が足音に気づいたのか、振り向いた。
若君の弟と聞いていたが、思っていた以上に優顔で驚いた。

「あ、初め・・・まして」

少年の方も、自分を見て一瞬驚いた顔をした。

「何?」

「すみません、よく知った人に似ていたもので。中一級祓魔師の奥村雪男です。この度は無理を言ってすみません」

そういうと、少年はニコリと笑みを浮かべた。

「上二級祓魔師の夜だ」

短い挨拶を済ませると、奥村と名乗った若君の弟は、テキパキと準備の続きをしながら、説明を始めた。


「支部長から聞いているかと思いますが、今回の実験は『憑依された人間から、如何に肉体を傷つけずに悪魔だけを排除するか』とういう目的の為に行います。
支部長からは、貴方が憑依体の元悪魔であることを聞いています。その貴方に、憑依されている体の方ではなく、如何に貴方の本体の方にダメージを与えられるか・・・ということになりますが、ご安心下さい。
ある一定の評価が取れたら即、実験は終了しますし、直接聖水や祓魔術を使って貴方を傷つけるわけではありませんので」

優顔の少年は、恐ろしいことを何でもないかのように、さらりと言った。
この少年が本当に、あのサタンの落胤の弟なのかと、疑問に思えるほど、冷酷な宣言に聞こえた。

「祓魔術を使わないとなると、どうやってダメージを与えるっていうんだ?」

「言ってもいいのですが、できるだけ実戦でも使える形にしたいので、伏せておきます」

同じ祓魔師としての疑問というよりも、これからされる事からの恐怖心から出た言葉は、即座に叩きのめされた。

「では、そろそろ始めたいと思います。衣服を一切脱いでいただけますか?」

「はぁ?!」

祓魔の実験とは掛け離れた要望に、つい気の抜けた声が出る。

「着たままでもいいのですが・・・多分、汚すことになると思うので」

「意味わかんねぇし。全部っていうのは、つまり・・・」

「全裸ですね」

「おい、一体何をするつもりなんだ、お前は」

「お嫌ですか?元悪魔なのならその体も衣服みたいなものじゃないですか」

「っ、待てよ。そうかもしれないけど、やっぱり違うぞ、それ。だいたい、上司を全裸にしたら、お前罪に問われるだろう」

「フェレス卿の許可はとってあります」

「・・・あのおっさんっ」

「どうされますか?着たままを選択するのなら、着替えを用意しますが」

「わかった、脱ぐよ」

「じゃ、そこの籠に入れて下さい」

少年はベットの横を指差した。
はぁっとため息を一つ落とすと、俺はコートに手を掛けた。
少年の言うとおり、この体の裸など、所詮は衣服と変わらないはずなのだ。
けれど、どうも抵抗を感じるのはなぜだろうか。
下着に手を掛けたのを見計らって、少年は「脱ぎ終わったら、ベッドへ仰向けに寝て下さい」と声をかけてきた。
下着まで剥ぐと、正面を向き直るまで少し決意がいった。

言われるままにベッドに仰向けに寝る。
ベッドはあまりスプリングが利かないタイプで、硬かった。
近寄ってくる少年の手には、赤い色をした包帯のような物があった。

「両膝を立てて、手を足うるぶし辺りに置いて下さい」

「し、縛るのかよ」

「はい。あなたの悪魔の心臓が封印されているという、あの刀を抜かせて頂きますので、僕の防衛の為にも縛らせて頂きます」

「実戦志向なのはいいが、悪魔が簡単に縛られると思っているのか?」

「この拘束具が、どの程度の性能があるのかを調べるテストでもあります。期待する効果が得れれば、実戦用に改良することになるでしょう。例えば、大きな網状にするとかね」

「普通の対悪魔用の拘束具ではないってことか」

「えぇ、この実験に伴ってできた拘束具と言えます」

手と脚をがっちり固定されると、自然に股間を露出する形になる。
そのことに意識すると、急に気恥ずかしくなり、少年から目を背けた。
いや、そもそもこのシチュエーション自体おかしい。
いくら対悪魔薬学の実験とはいえ、全裸で拘束だなんて・・・。
思い出したくない、過去と被ってしまいより一層意識をしてしまう。

「では始めます。刀を抜きますが・・・長時間抜くと良くない事とかありますか?」

「え、あ、いやない。姿が少し変わって、感情が少し高ぶるけど」

「じゃ、安心ですね」


確認を取ると、僕は刀を抜いた。
すると、一瞬でその長身の祓魔師の姿は変わった。
頭の上からは大きな角。
髪の毛と同化した大きな耳。
一回り大きくなった目は吊り上り、長い尻尾が生えた。

こういう姿だと、ますます似ている。

「では始めますから、気を楽にして下さい」




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