→ ターニング・ポイント 2





「さっきの地震だよね?どうなってる?」
 ヒムスは目の前にいるであろう人物に先ほどから何度も話しかけていた。
 それでも、相手からは何の反応もない。しかし握った手は遠慮がちではあったがしっかりと握り返している。グローブでもしているのか、布ごしではあったが、この指の細さと柔らかさで相手は女の子だと確信していた。
「もしかして、怖いの?」
 返ってくる言葉はない。
「大丈夫、」
 ずっと廊下で鳴っていた非常ベルの音がやんだ。急にしんとした空気が耳に慣れず少しだけ耳鳴りの様な感覚が残る。しかし、すぐに廊下からぽつぽつと話し声が聞こえてきた。足音も聞こえてきたから、安全になったということだろうか。
 顔を少し上げて、周りの音を聞こうと顔を左右に振る。するとここ、音楽準備室のドアが乱暴に空けられる音がした。少しびっくりして飛び上がれば、握っていた少女の手が離れた。
「おーい、ヒム!」
「ここにいたのか、探したぞー」
「ヒムならここにいると思ったんだよね」
 自分を呼ぶ声を聞いて、ヒムスはいつも一緒の3人の友人を思い出した。3人分の歩み寄ってくる足音が聞こえる。
「ごめん、あっ」
 立ち上がろうとした時、左肩に勢いよく何かがぶつかってよろけた。ヒムスの真横から逃げるように1人分の足音が走り去っていく。その音は小さくなって聞こえなくなった。
「ヒム」
 友人がヒムスの手を取って引っ張り上げる。すくっと立ち上がり、近くに落ちていたであろう彼の白杖が友人の手から渡った。
「なんだヒム、女の子とこんな真っ暗なとこで二人きりだったのかよ」
「真っ暗?」
「そうだよ。もう夜だしね、地震の後学校が停電して非常口と非常ベルの光しかないから、みんな動けないでいたんだ」
「で、あの子とここで過ごして何かあったか?」
 ぼーっとしちゃってよ、と茶化されたが、ヒムスには状況がさっぱりだった。ずっとあの少女に話しかけていたのに一言も返されなかったのだ。おそらく、停電して真っ暗闇の中で怖がっていたのかだろうと自分で結論を出した。
「何もなかったよ」
「いや、こっち見ないで走って逃げちゃったけど」
「あ、手は握り返してくれたよ。でもおれが話しかけても何も話してくれなかったんだ」
「なんだそりゃ」
「ウチの科であんな子見たことないな」
「ボク、知ってるよ」
 ひとり、あの少女を知っていると言った友人にヒムスは顔を向けた。
「あの子、美術科の子だよ。この前の春の校内コンクールで、最優秀賞もらってた」
「すげーな、優等生か」
 同じ寮の美術科の子に聞いたけど、とその友人は話を続ける。
「いつも一人でいるよ。人見知りとかそういう問題じゃないって」
「どういうこと?」
 音楽準備室を出て、背後で友人の誰かがドアを閉める音を聞いた。廊下に出て、友人は言葉を選んでいるのか数秒黙った。みんな足を止めて発言を待った。
「あの子、何も聞こえないんだって。しゃべるのもできないんだってさ」
「そっか、そうだったんだ…」
 先ほど二人きりの時に、何度話しかけても反応が返って来ないのは仕方のないことだったようだ。
「それでかー、なんか納得。つかさ、ヒムはあの子と会話する方法何もねーじゃん。まぁこれっきりの出会いだしあんま気にすんなよ」
 何もない?これっきり?ヒムスはそんな事は全く思わなかった。
 そんな事ないよ、とヒムスは友人の言葉をやわらかく否定した。
「手を握ったら、握り返してくれたんだ」
 伝えたい気持ちと知りたい気持ちが向き合えば、きっと何もないことはないはずだ。ヒムスは、もっとあの子のことを知りたいと思っていた。









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