ふぁぁ、と、けだるい欠伸は何回目だろう。押し込めても押し込めても、隙間を縫うようにして出てきてしまう。掌を押し当てて逃がせば、また、次の欠伸がすぐそこまで迫っていた。

(う、眠い……)

眠気を覚ますためにのびをしたいところだけれど、授業中ではそれも叶わない。淡々とした教師の説明とチョークの音。何より、陽の当る窓側一番後ろの席、お昼を食べた後の午後からの授業。これだけ条件が揃えば眠くなるのも仕方ないと思う。実際、目の前に広がるのは眠りに沈没してしまったクラスメートの姿。紺色のブレザーがくたりと机に貼り付いている。今学期というか学生時代最後になるであろう席替えでこの位置になった時は、暖かくてラッキーだなぁって思ったけど、実際になってみると、結構、辛い。眠くて眠くてたまらない。

(あと十分……)

遅々として動かない時計を、目を見開けて睨みつけるように眺める。そうでもしないと、瞼が閉店してしまいそうだった。ぱらぱらと空席の方が目立つ教室で、席を埋めているクラスメートのほとんどが寝ている。それでも、教師は話を進めることが己の使命だと言わんばかりに、一向に脱線することなくチョークで黒板を刻んでいた。
授業らしい授業も、もうないからそんなものなのかもしれない。二月から始まった自由登校で受験組は家庭学習をしているし、僕みたいな推薦組の中にも学校に来てない人もいる。学校に来ていても、まぁ、もう心は春休みの先にあるわけで。教師側もそれを分かってるんだろう、ほとんど注意されない。退屈でマンネリを完全に越えてしまった学校は、甘いクリームみたいな世界だった。
それから何回欠伸を堪えたのだろう。もう駄目、と眠気に負けそうになった瞬間、目覚まし時計変わりのチャイムがスピーカーを割るようにして聞こえてきた。その音に、眠りこけていた級友が浮上し出す。教師が室長に号令を求め授業が終わった。

(はぁ、本当に眠かったなぁ)

開放感に溢れる教室の中で、近くの席の子からの「月曜、来る?」という問いかけに「うん、来るよ」と応じながら、学生鞄に教科書類や筆記用具を突っ込んで帰る準備をする。すると、同じように仕舞っていた別のクラスメイトが「なぁ、不破、古典って宿題あったか?」と訊ねてきた。

「ううん。なかったはず」
「っしゃ、ラッキー、置いてけるじゃん」

 その子が入れかけた教科書を机に戻そうとした瞬間、

「おーい、明後日は通信制の授業があるから、机の中、空っぽにしといてくれよ」

いつの間にか、みっちりと書かれていたはずの黒板は綺麗になっていて、さっきの教師の代わりに担任が、ひょい、とドアから顔を覗かせていた。黒板の横に貼られている通信制の日課表をぼんやりと眺めた。僕が通っている高校は、この辺りでは数少ない通信制高校を併設している。ちょうど僕たちのクラスは教室を通信制と共有しているのだ。在籍人数が違うから全ての教室が使われているわけじゃないために、そのことを知った当初、アンラッキーだと嘆いたクラスメイトも多かった。今も、面倒だな、って思っている人も多く「はーい」と、置き勉を考えていた級友たちから、溜息混じりの返事が聞こえる。

「あ、せんせー、ホームルームは」
「特に連絡ないからなしで。じゃぁ、土日受験組はがんばれよ」
「やった、土井やん、大好き」
「土井やんじゃない、ちゃんと土井先生って呼びなさい」
「はーい、土井先生」

わざとらしくハートを飛ばしているような声だったけれど、土井先生は怒ることがなかった。多分、それが土井先生が僕たちに好かれている理由なんだろう。単に年齢が近いってだけじゃない。ジョークはジョークとして受け取ってくれるし、真剣なときはとことん真剣に最後までつき合ってくれるからだ。

「とにかく、置き勉するなら個人ロッカーにな。あ、あと、バレンタインのチョコレートは、月曜の朝に入れること」

そうジョークを残して教室を出て行く土井先生に女生徒が「先生にも持っていくねー」なんて声が飛ぶ。周りに笑い声が満ちる中、教科書を机に仕舞おうとしていたさっきの級友が「仕方ないか、通信のヤツらに盗られても嫌だし」と零したのが僕の耳に届いた。その言いようが気になって「その言い方はないんじゃない?」と僕は咎めずにはいられなかった。

「何で? だって、あいつら、そういうことしそうじゃん。休みの日とか部活で鉢合わせすると、マジ、ガン付けてくるしよ。そうじゃないやつも、変なやつ多そうだし」

確かに怖い思いをしたことがない訳じゃない。けど、怖ぇ、怖ぇと囃し立てる彼に良い感情は持てなくて「でも、決めつけは良くないよ」と言い含めようとすれば、「不破って真面目ちゃんだよな」と揶揄された。かっ、っと熱が頬を昇る。

「まぁ、だから推薦とか取れちゃうんだろうけど」

完全に嫌味だと分かっていたけど、どうやって返せばいいのか分からなかった。同じ大学の推薦枠を狙っていた、と、ちらりと聞いていたから。何となく、教師に勧められるがままに推薦を受けたけれど、自分がその枠に入った分狙っていた人が受験できなくなったわけで。後から自分の甘さに気づいたけれど、どうすることもできなくて。黙ってやり過ごすしかなかった。

「雷蔵」

微妙な空気を解放したのは隣のクラスの兵助だった。は、っと、級友は肩を揺らし、すぐバツの悪そうな面持ちを浮かべて、机の上の鞄を引ったくるようにして出ていった。

「あ、兵助。……今日は来てたんだ」
「あぁ。赤本を返しついでに……よかったのか?」

どの辺りから兵助に見られていたのは分かっていたけど、どうコメントすればいいのか分からず、話題を逸らすために色々考えてそう言ったけれど、あっさりと兵助に引き戻された。けど、やっぱりなんと言えば分からず、僕は「うん」と頷くことしかできなかった。

「気にすることないって。雷蔵が実力で得た推薦なんだし」
「……ありがとう」

そう答えたけれど、窓の向こうに広がっている晴れやかな空みたいな気持ちには、どうしてもなれなかった。



Love so sweet!!



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