ぐで、っと溶けそうな体を何とか机から引き上げることに成功した私は、転がっていたシャーペンと消しゴムをバッグの外ポケットに突っ込んだ。ルーズリーフも丸めてインしようとしていると、隣から「なぁなぁ、三郎」とバブルガムみたいな声。

「今日の「ノートなら貸さないからな」

先回って断ればハチのやつは「えぇ」と情けない悲鳴を上げた。わざとらしく俺の腕に「えぇ、いいじゃん」と縋り付いてくるやつを「寝過ぎだろ」と、振り解こうとする。だが、「だって、仕事上がりで疲れてたんだからしょうがないだろ」と粘ってきて。あのなぁ、と声を上げようとした瞬間、

「それは、三郎も一緒だろ」

呆れたような声音が自分達の間に割って入った。すっかり帰り支度を済ませた勘右衛門だった。勘右衛門まで、とおいおいと泣き真似をするハチは放っておいて「珍しい、お前がこっちの味方をするなんて。明日は雪だな」と軽いジャブを打てば「俺は正論だと思った方の味方をするだけだから。ちなみに、明日は晴れだよ。寒いけど」と、あっさり流される。相変わらず、謎なやつだ。勘右衛門といると、ちょっと調子が狂う。

「なぁ、頼むって。ノート、ノート」

放置が耐えられなかったのかぎゃぁぎゃぁ叫びだしたハチに「うるせぇ」と返せば、勘右衛門が「デニーズで手を打つよ。お腹すいたし」と、にっこり、と擬音がつくような笑みを浮かべた。うぇ、とハチの喉の引き攣りがこっちまで聞こえたような気がした。

「サイゼでお願いします……金欠なんで」
「えー、じゃぁ貸さない」
「じゃ、まぁ、決まったところで、飯食いに行くか、勘右衛門」
「そうだな。じゃぁね、ハチ」
「……分かったよ、デニーズに行けばいいんだろ、デニーズに」

ぐったり、と肩を落としているハチに「ご愁傷様」とその背中を叩いてやれば「お前がさっさと貸してくれねぇからだろ」と逆ギレされた。つい、ハチに「はぁ?」とガン付けてると

「お前ら、いい加減、帰れよー。戸締まりするぞ」

黒板のクリーナーを掛け終え、教室から出ていこうと山田先生に注意される。へーい、と、とりあえず返事だけすれば「他の教室見回ってくるから、電気だけ消しておいてくれ」と先生は行ってしまった。今度こそバッグにルーズリーフを突っ込み、椅子に掛けてあったダッフルの袖に手を通す。すでに暖房が切られているのだろう、足下にはひんやりとした冷たさが迫ってきていた。さっさと暖かいところに行きてぇ。まだ何の片付けもしてなかったのか、隣の席でわたわたとしているハチに、

「先、行くぞ」

と声を掛ける。勘右衛門にも「電気よろしく」と言い渡されたハチは「ちょ、待てって」と騒いでいるけど、それを無視して後ろの扉から教室を出て行こうとすると、

「わっ」

ガシャン。慌てた声の後に続いたのは、何かがなぎ倒れる音。振りかえると、ハチがぶつかったんだろう、私が使っていた机がひっくり返っていた。てぇ、と打ったらしい腰を抑えているハチに「おーいー何、机倒してるんだよ」と文句を上げれば「お前、机の心配かよ」とじと目で見られた。本当に痛かったのか、ハチの目にはうっすらと滲むものがあったが「ひでぇ」という抗議を「当たり前だろ」と聞き流す。すると、ハチは、ぐるり、と視線を勘右衛門に向け、助けを求めた。だが、勘右衛門は床に倒れた机を拾い上げているところで。

「よいしょっと……ん?」

机を斜めにしたままで、勘右衛門の手が止まった。

「どうした?」
「鉢屋、何か入ってる。忘れものしてるよ」
「忘れもの?」

わざわざ机の中に移動させるのが面倒で、だいたい学校に来ても荷物は全部バッグの中に入れっぱなしだ。忘れものなんてあるはずがない。そう思いながらも「俺様のおかげで気づいて良かったな」なんて言っているハチは置いておいて私は勘右衛門が立て掛けさせている机の傍に寄った。

(忘れもの? 授業中に教科書を仕舞ったか?)

来てからの記憶を探るが、とんと覚えがない。それでも、次に学校に来れそうなのは来週だ。教科書がねぇと後々面倒だし、と私は机のバランスを保持している勘右衛門の体をすり抜けて、引き出し部分に手を突っ込んだ。

(ん?)

指先に引っかかったものに、そこに何かがあるはずなのだが、よく分からない。教科書よりも、高さがあるというか少し柔らかい紙の感覚に、不思議に思いつつ、さらに奥の方に手を入れて、そこから手前に引きずり上げる。

「ん?」

出てきたのは、ピンクのラッピングに赤色のリボン、綺麗に包装された箱だった。これって、と私が言う前に、手の中のものを覗き込んだ勘右衛門が「あぁ、そうか、もうすぐバレンタインだものね」と自分と同じ予想を導いた。

「え、何、なに? バレンタインのチョコ?」
「ラッピングからするに、というか、時期的にそうだろうな」

私と勘右衛門との話を聞きつけたハチは、興味ではちきれんばかりの目差しを私と箱とに行き来させ「くぅーうらやましい」と大げさに顔を歪め、地団駄を踏むような真似をした。

「ずりぃ、三郎ばっかり。俺の机、入ってねぇかな?」

ば、っと隣にある自分の机に飛びついたハチは、しゃがんで机の中を漁くったが、どうやらハズレだったらしく「くそ、何で、三郎ばっかりもらえんだよ」と吠えたてた。

「そんなもの、私が人気だからに決まってるだろ」
「自分で言うか、自分で」

わざと余裕ぶった笑みで「あぁ」と答えればハチはきぃと叫ばんばかりだった。それに笑っていると勘右衛門が「それにしても古風だね。机の中にチョコとか。ドラマみたい」と呟いた。

「あー、確かにな」
「本命チョコってやつかな?」
「かもな」

勘右衛門の言葉にそう相槌を打ったのは、チョコの雰囲気が違うからだ。直感でわかる。義理か本命かだなんて、ラッピング越しでも空気が違うのが、はっきりと分かる。授業が始まる前に何人かのクラスメートに「鉢屋、あげる」なんてチョコレート押しつけられたが、それは、いかにも義理チョコでしかない渡し方だと思った。
だが、あんな集団で取り囲まれるかのように渡されたら断ることなんてできなかった。「いらねぇ」なんて言おうものなら紛糾しそうな気配に、とりあえず受け取ってバッグの底に無理矢理詰めたのだった。思い出しただけで気が重い。

「つうか、今、チョコ、見たくもねぇし」
「はぁ? 何、言ってんだよ。自慢か? 羨ましいやつめ」
「違ぇし。お前、私のバイト先を考えてもみろ」
「あぁ、そうか」

先に同情の目差しを寄越したのは、ハチではなく勘右衛門だった。へ、と目をきょとんとさせているハチに「洋菓子屋。この時期、死ぬほど忙しいだろ。バレンタイン関係で」と勘右衛門が説明してくれたために、私は「そういうことだ」と頷くだけに留めた。

(ホント、今週は、マジ死ぬかと思った)



Love so sweet!!



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