※久々知が男娼。ゆえに、気持ちR-15以上で。




(え、男!?)

布団を跳ねあげる勢いで、俺はそれまで温もりの境界が分からないくらい近かった体を引きはがした。まるで腕立て伏せのような体勢の下、組み敷かれていた『彼女』は呆然と俺を見上げていた。俺が変な声を上げてしまったからだろう。

(つーか、マジで男なのか!?)

手に覚えるはずの柔らかい肉感はない。だけど、夢でも見てるんじゃないかって、自分の感覚を確かめるために指をすり合わせる。けれど、自分の指の重みははっきりとしていて、寝ぼけている訳じゃなさそうだ。おずおずと自分の体の下にいる『彼女』に問いかける。

「えっと、失礼なんだけど、男?」
「正真正銘の男です、けど? それが?」

聞かれる意味が分からなかったのか『彼女』は曖昧に尋ね返してきて、俺はしどろもどろになりながら、女と思っていた根拠を挙げる。

「だって、写真、髪、長くて」
「あれ、女装です。オプションの」

彼の言葉に俺は絶句した。世の中には、いろんな趣味の奴がいるもんだと。黙り込んだ俺を『彼』はその長い睫毛を瞬かせて、見上げていた。こう、色々と思うことはあったけれど、どれも言葉にならなくて。ただただ、無言が積み重なっていく。そんな俺の様子に、ようやく、俺が勘違いしていたことに気づいたらしく、『彼』は僅かに憮然の色を浮かべた。

「……もしかして、俺、女と間違われたんですか?」

ショックだな、と呟く低い声はフィルターが外れればハスキーな声でもなんでもなく、男の声そのものだった。

***

結論から言えば、彼とはその晩は寝なかった。

***

冷静な会話に、さっきまで昂ぶっていた感情もすっかり萎えきってしまった。最近、年のせいか性欲が弱くなってきたような気がする。一度、そんな状態になってしまえば、なかなか乗り気になれなかった。俺の体の変化に気付いた彼は、困ったように視線をあちらこちらに投げて、しばらくしてから俺の方に視線を定めた。

「えっと、…続けますか?」

何を、とは言わなかったけれど、この場合、やることは一つだけなわけで。直球に近いその言葉に、一瞬、どもってしまった。

「え、っと、俺、男と寝た事は、さすがにないんだけど、」

まさか間違えたから帰ってくれ、というわけにもいかず、かといって男と寝る趣味はないわけで。やんわりと否定すれば、彼は「間違えたんなら、俺、早く帰った方が料金が安くなりますよね」と俺の腕と腕の間から抜け出ようとした。けれど、それも申し訳ない気がして、「あー、なら、時間いっぱい喋っていようぜ」と、結局、二人してローブの袂を合わせ直しベッドサイドに腰かけた。

***

好きなミュージシャンとかゲームとか、あと美味い店の話をしているうちに、すっかりと盛り上がってしまった。相当、俺と彼は相性がいいんじゃないだろうか。最初は敬語だった言葉づかいも、いつしか砕けたものになっていた。他愛のない話ばかりだったが、彼の相槌や返しが絶妙で、久しぶりに心が弾んでいるのが分かる。

「でさ、」

そんな楽しく有意義な時を電子音が水を差した。

「ん? 携帯、鳴ってないか?」
「俺かな? あ、まずい。忘れてた」
「え、何が?」
「今、何時だ?」

ベッドサイドのデジタルの文字は、日付を越えるにはまだ時間があるが、随分と遅い数字を刻んでいた。それを教えれば、彼の顔面からさっと色が退いた。

「店からの呼び出しだ。いかないと」

話に夢中になっていて気付かなかったが、最初に予約したコースの時間はとっくに過ぎていた。すっかり忘れていた。ここがホテルで、彼は風俗業の人物なのだということ。その派遣元の電話が掛かってくるまで、すっかりと。ベッドのスプリングを軋ませながら、彼は慌てて立ち上がった。ローブのとじ紐を解きながら、脱衣所の扉へと彼は消えた。それを見送って、俺はクローゼットに近づき、掛けたコートの中から財布を取りだした。しばらく衣擦れの音が聞こえ--------部屋に入ってきた時と同じような格好で出てきた。コートだけは小脇に抱えていて、平らな胸が視界に入る。

「これ、料金」

財布から札を取り出そうとした俺を、彼は押しとどめた。

「いいよ。別に寝たわけじゃないし」
「駄目だろ。しゃべってたとはいえ、そっちの時間を使ってるわけだし」
「いいって。俺も楽しかったし」
「けど、」

まだ言い募ろうとする俺に彼は「なら、今度さ、さっき言ってた美味い店で奢ってよ」と笑い、それから「それじゃあ」と、するり、と部屋から出ていった。

夢みたいな、温かく幸せな時間。けど、一夜限りの関係。だから、今度なんかない、そう思っていた--------。





なんだかそれは、幸せの形をしたものに見えた。

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