※久々知が男娼。ゆえに、気持ちR-15以上で。




夢みたいな時間だった。もう、二度と見ることのできない、優しい夢。幼い時の宝箱を見つけた時のような、そっとしまっておいて、時々、思い出しては確かめるような。そんな時間だった。「今度」なんて、ないはずだった---------。

(あー疲れた)

賑やかなネオンが街を彩り出せば、一気に、この辺りの雰囲気は変わる。快楽に堕ちたければ簡単だ、ここに繰り出せばいい。と、言っても俺は一応ビジネスで来ていた。あまたにも絡みつく視線を振り払いながら歩き続ける。会員制の出会い系のサイト作成、なんて、また怪しげなものだったが、仕事は仕事だ。指定されたビルはガラのいい場所ではなくて。相手の都合に合わせて契約確認に出掛けたのは夕刻で、商談が成立して外に出てみれば、すっかりと、闇に鮮やかなライトが何色にも浮かび上がっていた。花金、なんて言葉があるが、金曜日の今日は、いつにも増して人通りが多いような気がする。

(早く帰って、寝たい)

誘いこむのは声だけでは飽き足らないらしく、時々、艶めかしい指先が俺の腕を這いまわる。女も、男も。客引きのためだろう、色気を前面に押し出してくるその指先に、嫌悪を覚え、俯きながらそれらを適当にあしらいながら歩き続ける。と、目の前が騒がしくて、俺は顔を上げた。

(あ……確か、兵助だっけ?)

見知った顔に、足を止める。数週間前は、冬ものだったコートも今は薄く、はっきりと男だと外見の体型で分かる。その彼は、何やら傍らの男ともめているようだった。いかにも、どっかのおっさんサラリーマンていう風体の男は下卑た笑みを歯に張り付けてる。ぐ、っと眉間に寄せられた皺に、男に掴まれている腕は明らかに抵抗をしていて。拒絶の意がありありと見えた。相手の力が強いのだろう、言い争いながらもそのまま、ずるずると引きずられて行きそうになるのに、思わず、

「あのさ、俺の連れに何か?」

わざと声を低くし、男の腕を掴む。は、っと二人が俺の方を見やった。驚きに揺れるの男の表情に、握った手の力を強くし、そのまま捩じるように加圧する。びくり、と男は肩を跳ねさせながらも、「あ、あんた、だ、誰なんだ?」と、精一杯の抗議を上げた。

「あんたには関係ねぇよ。つうか、こいつ、嫌がってるようにしか見えないんだけど」

もう一睨み加え、骨が軋むほど握りしめてやれば、ひっ、と男は悲鳴を貼りつかせた。このまま叫ばれたりしたら厄介だ、と喧嘩沙汰と周りに受け取られる前に手の力を緩め、「さっさと去れよ、おっさん」と掠れた声で言う。と、男は脱兎のごとく、俺たちの前から逃げ出した。ちらり、と兵助に視線を送れば、彼はまだ唖然とこっちを見ていて。

「困ってるかと思って追い払ったけど、もしかして、まずかった?」
「……え、あ、いや。ありがとう。予定にないアフターを強引に誘ってきたからさ、助かった」

アフター、という言葉に、彼の仕事を思い出して。何でこの仕事をしてるのか、とか、今日みたいに危ない目に合うこともあるのか、とか、色々と聞きたいことがあったけど、お節介になる気がして、俺は「なら、よかった」という言葉しか言えなかった。兵助もどう会話を紡げばいいのか分からない、といった感じで、ただただ、困ったように俺の方を見ていて。

「あ、じゃぁ」

沈黙に耐えきれず踵を返しその場を立ち去ろうとした、その時、

「待って」

俺の腕を彼が引っ張るようにして引きとめた。さっきの娼人たちのそれとは違う、いやらしさも何もない手に、俺はふり返った。

「あのさ、お礼、させてくれないか」

頷いたのは、たぶん、その手が温かかったからだ。

***

何が食べたいか、と問われ、逆に「何がいい?」と尋ねれば、彼はあの時俺が勧めたイタリアンの店をリクエストしてきた。「ずっと行ってみたくて、でも、なかなか行けなかったから」と笑う兵助は、あの晩と違って、ずいぶん幼く見える。緊張が解けているせいかもしれない。(結局、直接はほとんど見れなかったけれど)細い体のくせに、どこに収まるのかってぐらい、ぱくぱくと食べた。顔を幸せそうにほころばせ「おいしい、おいしい」と連発する彼に、こっちまで、温かな気持ちになる。

「そりゃ、よかった」
「ハチは、食べないのか?」

口に食べ物を詰め込ませながら尋ねてきて、その可愛さに笑いがこみ上げる。我慢できずに笑っていると「俺、変なこと言った?」と兵助は不思議そうな面持ちで俺を見やる。それが、ますます、ハムスターみたいで、つい、吹き上げてしまった。む、っと表情を変えるのも、また俺の笑いのツボに入ってしまって、怪訝そうな兵助も爆笑している俺につられるように、なぜだか笑いだした。--------久しぶりに、声を出して笑ったような気がした。

***

「え、駄目だって、それは」

支払いの場で俺がカードを出すと、兵助は慌てて財布を取り出し、支払い確認をしようとしていた店員を遮った。

「前、約束しただろ。今度の時に、食事を奢るって」
「けど、今日のは助けてもらったお礼だし。俺が出すよ」
「いいって。カードで払っとく」

押し問答をレジの前で繰り広げていれば、店員が迷惑そうに小さく咳払いをした。あ、と顔を見合わせて。それでも、引かなさそうな気配の兵助に「じゃぁ、今回は、よろしく」と支払いを任せる。店の外に出れば、街はますます煌びやかになっていた。時計に目を落とせば、夜が輝く時間帯に突入していた。

「本当に、ありがとうな。助けてくれて」
「いや。こっちこそ、ごちになりました」

そう俺が言ったっきり、沈黙が俺たちを包み込んだ。タクシーのクラクション、客引きの高らかな声、酔っ払いの鼻歌に叫び。ざわめく闇の中で、ただ、俺たちの間だけがやけに静かだった。彼にとって、俺はただの、客の一人なんだろう。けど、俺の兵助に対する感情は、ぐるぐる、と巡っていて、色々とありすぎて、よく分からなくて。ただ、はっきりしているのは、これで「さよなら」したら、きっと、もう会うことはない、ということだった。

「あのさ、次のアフターの時は、俺が奢るから」

だから、俺から行動に出た。は、っと息を詰めるようにして、兵助は俺を見ていた。今、俺が知っている彼は、あの店の男娼であることと、それから、飯をうまそうに食うこと、その二つだけだ。けど、もっと、もっと知りたい、その感情が募る。

「だからさ、また、電話してもいいか?」

彼はこくりと頷いて、それから「今日みたいに金曜も入ってる時もあるけど、時々だから。あ、でも土曜の夜は、いつも入ってる」と付けたした。





なんだかそれは、幸せの形をしたものに見えた。

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