※現パロのような、そうじゃないような。とりあえず、日本じゃないです。


「生きることは、旅をすることだ」

あぁ、これは夢なんだ。そう分かる時がある。たとえば幼馴染と今の学友とかが一緒くたになって出てきて、場所も故郷の家にいるかと思えばパンフレットでしか見たことのない水上都市だったりして、滅茶苦茶なのだ。けれど、それが夢だと分かると「あぁ、夢か」と納得してしまって違和感を感じなくなることがある。まさしく、今、その状態だった。

「え?」

急に冥くなったと思ったら、突然声が聞こえ、不意に闇を割って三郎が出てきた。三郎、と声を掛ける間もなく、今度はカーテンを取っ払ったみたいに、ざっと世界が明るく白い光に包まれる。気が付けば、どことも分からない草原で、僕と三郎だけがそこにいた。隣にいる三郎は、僕ではなく、遠いところ----------ずっと続く草原の彼方、その地平線よりも彼はもう一度だけ、静かに言った。「生きることは、旅をすることだ」と。僕に報せるというよりも、まるで、自分自身に言い聞かせるような口調だったから、反応してもいいものか迷ったけれど、結局、僕は彼に話しかけた。

「いい言葉だね」

すると彼は僕の方に目を向け唇を綻ばせると、優しく笑いながら僕の方にゆっくりと手を伸ばした。



***

ふわふわとした浮遊感に温かく包まれ僕は夢から還ってきた。もうちょっとこのままいたい、という気持ちが勝って、なかなか瞑った瞼を上げることができない。それでもなんとか薄目を開けようとすると、僅かに取り込まれた光にぼんやりと白乳色に視界がまどろんでいる。

(ううーん。早く起きないと寮母さんに起こされる)

身をもって知っているその恐ろしさに、とにかく起きなきゃ、と、ほとんど瞑目のまま、いつものようにベッドの下に足を投げ出し、振り子のように反動を付けながら体を起こそうとして、

「ったぁ〜」

脳天から足のまで突き抜けた痛み。辺りの景色がさっきとは違う意味で滲む。自然と滲出する涙を拭って、今度はぶつけないように、ゆっくりともう片手で頭を庇いながら体を起す。すぐ傍まで迫る壁はやたらと閉塞感を覚え、不思議に思いつつ、視線を上げればいつもよりもずっと低い天井に。自分がそこに頭をぶつけたのは分かったけれど、一瞬、自分がどこにいるのか、と思考が混線する。

「おはよう」

その歌でも歌うかのような楽しげな声に、あぁ、とようやく自分が旅に出ていることを思い出した。声のした辺りに顔を向け「おはよう」と挨拶をし直すと、彼は目を細めて「すごい音がしたけれど、大丈夫か」とからかってきた。

「うー、大丈夫」

本当は、まだ痛かったけど(第一波の衝撃が去って、ズキズキしていた)、強がってそう返事する。文句を上げる頭痛を宥めながら、のったりとベッドの中を移動する。昨日はきっちりと閉めたはずのカーテンはすでに開いていて、陽気な光が部屋の中に取り混まれていた。足元に伸びる影が短いことに気が付いて、僕は三郎に訊ねた。

「今、何時?」
「今? 9時半を過ぎた所だな」

こざっぱりとした彼はもうとっくの昔に支度が終わっているようで僕の問いにのんびりとした口調で答えた。その言葉に「えぇ、もうそんな時間っ!?」と僕は慌ててベッドから飛び出そうとして-------------僕の額が二段ベッドの桟にぶつかるのと「そんな急ぐとまた頭をぶつけるぞ」という彼の言葉が同時だった。

「っ〜」

声にならない痛みを唇の端っこで噛み殺していると「おいおい」と呆れ半分心配半分の口調が振り降りてきた。ふわり、と柔らかな風。髪を掻き上げられた、と気付いた時には、彼の指先が労わるように僕に触れていた。予期せぬ彼の行動に、そこからじわりと広がる熱。さっき見たばかりの夢がリフレインする。蘇る優しい笑み。三郎に気づかれるんじゃないか、って思えば思うほど、上昇していく体温。すぐ目の前には心配そうな三郎。僕の額を検分するかのごとく、じっくりと見遣れては、どこに視線を持っていけばいいのか分からない。

「あー、赤くなってる」

その言葉に息が止まる。ドコドコドコ、と小太鼓のような振動だけが真っ白になった頭の中で響き続けていて------それは、「あれだけ派手な音を立ててぶつかれば、赤くなるわな」という一言に解放された。

「え?」
「え、って、額。ぶつけた所、赤くなってる」
「ひたい、あぁ、額ね」

勘違いに気づいて、独り納得していると、「雷蔵?」と怪訝そうな声音が届いた。かぶり振って「何でもない」と気まずさを笑みに変えながらその場を流す。三郎はまだ合点がいってないようだったけれど、それ以上、追求してこなかった。

「少し、冷やした方がいいかもしれないな」

交わっていた熱が、離れた。さっきまで気恥ずかしかったのに、その僅かな重みが無くなっただけで、心もとなくなる。接する空気の冷たく感じるのは物理的な問題だけなのだろうか。いや、違う。ふと訪れた、黄昏時のような見えにくい淋しさのその理由を、僕の頭は必死に探していた。

「ほら、」

そのせいで、もう、だいぶ痛みはなくなっていたのに、三郎がタオルを取ってこようとしたのを止めることができなかった。差し出されたそれに「ありがとう」と受け取ると、混乱を諌めるような冷涼さが指先に浸透していく。それを、ぶつけた時本来の熱だけが残る額に押し当てれば、すぐにタオルに吸い取られていくのが分かった。

「見た目、おっとりしてるのに、そそっかしいんだな」
「そんなこと、」
「あるだろ。トランクの中、ぶちまけるとか」
「……それを言われると否定できないけどさ」

収まったほてりに、どうにか彼の軽口に応じれるようになった頃、お腹が一つ鳴いた。この騒動(?)で、すっかりと忘れてしまったけれど、昨日の夕食から何も食べてないのだ。眠れずにいる僕に三郎が気づいて、結構夜更け近くまで彼と話をしていたけれど、その時も何も口にしなかった。空腹感を意識した途端、派手にお腹の虫が鳴きだした。

「ごめん、朝食が遅くなっちゃったね。待っててくれて、ありがとう」

目を見開いて三郎は僕の方を向き、立ちすくんでいた。す、っとガラスのように透いた眼差しが僕に固定されている。一瞬、黙り込んだ彼は、すぐに「どうしてそう思うんだ?」と訊いてきた。いつもより幾分低い声で。三郎が何を疑問に感じているのか分からなくて、「どうして、って何が?」と問い返す。すると、今度はさっきよりも長い沈黙が三郎を捕えてた。伏せられた目が落とす翳。やがて、三郎は僕を見ないまま彷徨う言葉をなんとか口にしたかのように、一言一言を紡ぎ出した。

「何、って…だから、つまり、私が雷蔵を待っていた、ということだよ」
「ごめん、どういうこと?」

まだ理解できない僕に三郎は急に早口になって、「もしかしたら、私が先に朝食を食べに行ってしまっていたかもしれないじゃないか」と叩きつけるように言った。ようやく三郎の言いたいことが分かって、あぁ、と僕は相槌を打った。それから、答える。

「うん。でも、待ってくれていたんだろう」



嘘つきな聖人と正直者のペテン師


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