※現パロのような、そうじゃないような。とりあえず、日本じゃないです。



(……寝れないや)

やや硬めのベッドには、どことなく埃っぽいシーツが無造作に被されていた。しん、とした匂い。そこに淋しさが染み込んでいるような気がした。マットレスに押し付けた耳はろうとのように外の音を集めて、僕の中に流れ込ませてきた。体を起こしている間はちっとも気にならなかった列車が枕木を越える振動、連結金具の音、風に混じる遮断機、空を劈くような警笛。普段だったら枕が変わったって熟睡できるのに、なぜだか今宵は眠りに落ちそうになる気配のかけらすらなかった。

(水でも飲もうかな)

何度目か、もう数えることも止めてしまった寝返りを打ち、熱が馴染んだシーツから身を引き剥がす。僅かな軋みに一瞬、動きを止める。自分の頭上、木の板一つ挟んだそこからは寝言どころか寝息一つ聞こえなくて。本当に、そこに三郎がいるのだろうか、と思わず不安になってしまう。

(とは言っても、覗くわけにいかないしなぁ)

視線をそちらに送っても透けて見えるわけじゃないと分かっていたけれど、つい、確かめようとしてしまった自分に苦笑しながら、ベッドを下りた。夜を掴まされたような冷たさが足裏に走り、慌てて傍に置いてあった靴の上に乗る。なめされた温い革の中に、一足ずつ突っ込み、できるだけ音を立てない様に擦り足で水差しの置いてあるテーブルに向った。列車が揺れても割れない様にという配慮なのだろう、壁に付けられたプラスチックのそれは随分と軽い。同じように曇りガラス風に加工しているのが逆に安っぽさを感じさせるグラスに水を注ぐ。たぷたぷと浮かぶ気泡が生まれ、昇り、行き場所を失い、やがて、水へと還っていく。増えた分だけの重みを片手でさせて、くい、と呷れば涼やかな味が咽喉から落下していく。

ふ、と、どっしりとしたモスグリーンのカーテンが視界の隅に絡まった。

(今、どの辺りにいるんだろう)

そこに近づき、寝る前に下ろしたカーテンを指先で左右に分ければ、窓の向こうはすべらかな夜だけが存在していた。星も月もない、夜。どれだけ見つめていても全く変わり映えのしない鈍重な闇に、時折、ぽつり、ぽつり、と民家らしき所の淡い灯りが、小さく瞬いた。まるで、絵本の世界のようだった。そこだけで完結している、触れることのできない。そんな外と自分を隔てる窓ガラスには部屋と自分が白っぽく映っていた。もう、部屋の照明を足元灯り以外は消しているせいだろう。少しでも離れてしまえば、消えてしまうだろう。それくらい、重厚な闇が全てを覆いきって、何もかもを取りこもうとしていた。

「何だ、眠れないのか」

闇が息を呑んだ。ゆっくり、ゆっくりと顎を上げる。するり、と解ける笑みは、迷惑の色を一縷も浮かべてなかった。それでも「ごめん……僕の寝返りとかで起こしちゃった?」と謝れば、彼は「初めての旅は誰でも昂奮するものさ」と小さく笑った。それから、もう一度「ごめんね」と謝ると、彼は「じゃぁ」と楽しそうな笑みを芽吹かせた。

「寝れるように、話をしてあげよう」



***

「ねぇ、それって、三郎が作った話なのかい?」

彼の言葉が途切れ、僕はささくれだった木の板の上に向かって疑問を口にした。あの後、僕は元の布団に潜り込み、彼の話をきいた。三郎がしてくれたそれは今まで読んだどの本よりも面白かった。毎日靴下に金貨を入れる老婆、街中のランプというランプを集めた男、カレー皿よりも大きなビスケットを作った少年。その小さな唇から紡がれる物語は、空気の匂いまで感じ取れる程に色鮮やかで、それでいて夢のように美しく幻想的で、幼いころに一度だけ乗った回転木馬を思わせた。

「さぁ、どう思う?」
「うーん。うそぅ、と思うけど、でもだから本当な気もする。どっち?」
「んー内緒ってことにしておこう」

逃げられた、と残念な気持ちはあったけれど、「でも、本当に話すのが上手だね」と正直に思った事を口にすると、彼の方は口を噤んだ。暫くぶりに沈黙が部屋に運ばれてくる。タンタン、カタン。タンタン、カタン。タンタン、カタンタタン。規則正しいリズムに時々混じるずれさえも、まるごと聞き取れるほどに、沈黙が煩かった。僕と三郎の間に横たわる一枚の板。どうしようもなく隔てられているような気がして。けれど、そこで濾されてしまう感情は、何一つ言葉にならない言葉にならない。

「私は詐欺師だからな。つくり話は得意なんだ」

日常の会話と同じ造りでこのような特異なことで綴られることに戸惑っていると、「雷蔵も何か話をしてくれないか?」と唐突に彼は僕に話を振った。

「え? 僕が? 話をするの?」
「そう。もう、すっかり目が冴えてしまっただろう?」
「そりゃそうだけどさ……けど、三郎みたいに面白い話なんてないよ」

最初は驚き、そして、返す物がないことに気づいて、僕の声は自然と小さくなっていった。そんなことを構う様子もなく三郎が「何でもいいよ。君の生い立ちでも、これまで過ごしてきた場所のことでも」なんて言うものだから、ますます困ってしまう。堅物とまでは揶揄されたことはないけれど、そんなドラマティックに生きてきたわけじゃないのだ。どうしよう、と頭を抱えて悩みに唸っていると、カラカラと喉を掻き揺らすような笑い声が降ってきた。

「持ってきた本を朗読してもらってもいいけど」
「うーん、暗いからなぁ。あ、けど、本の話ならできるよ」

彼の一声で名案が思いついた僕は軽くなった心のまま「何の本の話がいい?」と尋ねれば、「君の一番好きな話」と、これまた、即断できない言葉が返ってきた。それでも、浮き立つ気持ちが夜に溶けだすのが分かった。



嘘つきな聖人と正直者のペテン師


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