※現パロのような、そうじゃないような。とりあえず、日本じゃないです。

そのペテン師は、ペテン師のくせに嘘を吐くのがとても下手だった。

***

ギムナジウムもあと一年で卒業。忙しくなる前に春期休暇を使って一人旅をしよう。そう思い立った次の日には、大陸横断鉄道のチケットを購入しに、駅の窓口につめかけていた。迷い癖のある僕としては、これまでの人生の中で一番早かった決断なんじゃないだろうか。行き先も決まっていた。大陸の果てにある小さな水上都市。幼いころから本と写真でしか見たことのないその美しい景色を、なんとしてもこの目で見てみたいと思っていたのだ。

こつこつと溜めてきたお金をはたいて手に入れたのは、2等のコンパートメント。トイレやシャワーは部屋に付いてないし、おまけに相部屋だ。とはいえ、きちんとドアや壁で仕切られており、簡易ベッドも設えられている。貧乏学生には十分すぎるほどの贅沢だった。小さい頃、遠足前日に眠れなかった時みたいな浮き立つ気持ちでいっぱいで。寒いだろうか、暑いだろうか。薄手の長シャツを入れてみたり、分厚いセーターを入れてみたりして。雨が降るかもしれないと合羽に傘も突っ込む。そうこうしているうちに膨らんだ荷物をトランクにぎゅうぎゅうに押し込めた。留め金を力づくではめたから、ちょっとでも衝撃を与えたら、中身が飛び出てしまうだろう。この旅のために唯一買ったトランクは、期待と希望に満ちて溢れんばかりだった。

***

大陸横断鉄道だけが停まるせいか、朝の忙しさに充ちた駅舎の中で唯一のんびりとしていたこのホームも、日の光で温まるにつれてじわりじわりと人が増えてきていた。一つ先を覗きこめば通勤や通学客で殺気立っているというのに、ここで待つ人たちは明るさでいっぱいの面持ちで、主役の登場を今か今かと待ちわびていた。僕もその一員だった。

(早く来ないかな)

そんな事を考えながら幾重にも広がった線路が束ねられていく向こうを覗きこむ。と、淡い青空にうっすらとした白い煙が見えた。蒸気機関車のそれだ、と分かった瞬間、遮断機の音が風に流されて耳に入った。それと同時に列車の到着を知らせるベルがホームに鳴り響く。主役は遅れて登場、と言わんばかりにゆっくりゆっくりと近づいてくる車体。豆粒ほど小さかったそれは、だんだんと視界いっぱいまで膨れ上がり、やがて僕たちの前で全景が分からぬほど大きくなって停まった。

(うわぁ)

高鳴る心臓に頬が自然と紅潮していく。トランクを握りしめていた手は夏でもないのに汗ばんでいた。疲れを滲ませるように車体から吐き出される白い煙と空気の閉じられる音、それに続いて、この駅で降車する乗客たちが出てきた。邪魔にならないよう、数歩、下がってその流れを見つめる。一番最後に、恰幅の良い男が出てきた。この鉄道会社に勤めていることを示す紺色の制服を来た彼は、「切符を拝見します」と乗車口の傍らに立った。我先に、と急ぐ他の乗客を横目に、僕はのんびりと検札の順番を待った。

(まぁ、切符があるから置いてかれることもないしね)

ようやく番が来ると、髭面の車掌は面倒そうに僕の切符をちらりと一瞥すると、改札鋏にそれを挟みこんだ。ばちん、と大きな音を立てて、鋏形に切ら。足元に、ひらり、と雪片のようなものが落ちた。出立を急かすようなベルが一段と大きく鳴り響いた。今度こそ慌てて、取っ手が外れそうなくらい重たいトランクを抱きかかえながら乗り込む。小さな階段を昇っている最中に、がたん、と右に押し流され、すぐさま左に圧力がかかった。

「うわっ、と」

動き出した列車の加速感に流されそうになりつつも、なんとか目的のコンパートメントへと辿りついた。同室者が先に乗ってるかもしれないと、トランクを片手に移し替えノックをする。一度、二度。指の背をドアに打ちつけたけど、返事はない。

(まだ乗ってないのかな?)

そう思いながら扉の取っ手に手を掛けた瞬間、握力が一気に引っこ抜かれた。ドアが開いた、と思った瞬間、列車が大きく揺れた。突然の衝撃に足は当然耐えることができず、そのまま部屋の中へと体が押し出されている。重たいトランクを投げだしそうになるのを、咄嗟に抱え込むことで回避し、こけそうになるのを何とか踏ん張ることができた。

(危なかった…トランク落としたら、大変な目にあうだろうし)

ほ、っと胸をなでおろしていた僕の視界に、一つの影が停まった。

「大丈夫か」

頭上から降ってきた声に「あ、大丈夫です」と答える。どうやら同室者は先に乗っていたようだ、そう思いながら顔を上げる。

(え、僕?)

そこにいるのは僕だった。いや、僕はここにいるから、僕じゃないんだけど。とにかく、僕そっくりの顔立ちをした少年が、そこにいた。あまりの驚きに、僕はばたりとトランクを落としてしまった。その途端、留っていたはずの金具が外れ、ぎゅうぎゅうに詰め込んだ荷物が全部、床に散らばった。

「うわっ」

-------------------それが、僕とペテン師の三郎との出会いだった。



嘘つきな聖人と正直者のペテン師


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