※現パロのような、そうじゃないような。とりあえず、日本じゃないです。
「……すごい荷物だな」
先に我に返ったのは、彼の方だった。彼の貌に浮かんでいた驚きは『僕と似ていた』ということじゃなく、目の前で散乱しているトランクの中身のことだったようだ。そう呟く少年に気恥ずかしくなって「あはは」と僕は頭をかいた。「迷い癖があるものだから、あれもこれも入れちゃって」と続ける。物を選べずあれこれ詰めてしまうのは何も鞄のことに限ったことではない。寮の自室も似たようなものだから、友人は「ちゃんと選べよ」と諭されることが多い。けれど、目の前の少年は「ふーん」と特に意図のない相槌を打ち、腰を屈めた。
「あ、いいよ。ありがとう」
彼が散らばってる荷物を拾おうとしてくれているのに気付き、慌てて止めようとする。けれど、彼は僕の制止を聞かずに手を伸ばした。
「いい趣味してるな」
「え?」
彼の手には、この旅でガイドブック以外に唯一持ち込んだ本だった。普段は切っても切り離せないほど本に依存している僕だけど、今回はせっかく外の世界に出るのだからたくさん見聞しようと思って、内に篭ってしまう本は置いてきたのだ。たった一冊を除いて。その一冊が褒められたのが嬉しくて、僕はすぐさま口を開いた。
「いい話だよね」
「あぁ」
「鉄道旅行する時に読むなら、これって決めてたんだ。なんたって題名からして」
いつもの癖でそのままぺらぺらと本の話をしそうになっていることに気づいて、「あ、ごめん」と口を押さえながら謝る。と、彼はそんな僕が可笑しかったのか「早く拾わないと、ベッドの下に入り込むと探すのが大変だぞ」と小さく笑いながら言った。は、っと足元を見れば、だんだんと加速していく列車に筒状の物や軽い物なんかがどんどんと滑っていく。僕は「手伝うよ」と言う彼の行為に甘えることにした。
***
着替えにお菓子、雨具に筆記用具、ガイドブック……こんなもの入れたっけ、と思うようなものなんかもあって、けれど、何とか回収することができた。
「本当にありがとう」
「いや。…それより、トランクに入るのか?」
その荷物、と彼の視線の先には拾い集めた僕の荷物が山積みになっていた。とりあえず転がったり崩れてもあまり広がらない所、ということでベッドに一旦放り込んだ。(長距離列車だから二段ベッドがあり、そこにはちゃんと柵がついているのだ)そこまではいいけれど、ベッドに溢れている物の多さに「う、うん」と言葉を濁してしまう。
「まぁ、入ってたってことは入るんだろうけど」
「そうだね」
じっと覗きこまれ、片付けられなさが見抜かれたような気がして、そうしたら恥ずかしくなってきて、つい俯いてしまった。耳が熱い。きっと顔は真っ赤だ。今すぐ荷物をトランクに仕舞いたくて「あ、ありがとう。本当に。あとは自分でするから」なんて言葉はやけに早口になってしまった。
(あ、しまった。せっかく手伝ってくれたのに)
あまりに誠意のない謝礼になってしまい、顔を慌てて上げたけれど、目の前の少年はさっきと特に変わった表情を見せることもなく「ま、がんばれ」とすぐ横にあった梯子をよじ登って上のベッドへと姿を消した。
***
(はぁ、よかった。何とか入った)
はちきれんばかりのトランクの上に乗り、膝で抑えつけながら鍵を掛ければ、どうにか収まった。ぐ、っと押しつぶすのに力がいったせいか、運動した後みたいにうっすらと汗をかいていた。トランクの持ち手の部分を革のベルトでベッドの柵に括りつけ、ようやく空いた体で、改めて室内を見回す。二段ベッドが左右に割り振られていて、本来は四人部屋なんだろうけど、目の前にあるベッドには誰もいなかった。
(後から乗ってくるのかな?)
自分のような学生はともかく、世間はまだ休暇に入ってないから長距離専用列車に乗る人物は少ないだろう。けれど、自分の上のベッドをあの少年が使っていることを考えると、途中の駅から乗車してくる可能性もないとは言い切れなかった。そんなことを何となく考えていると、不意に自分の中心から変な音が響いた。
(そういえば、お腹すいたなぁ。今、何時なんだろう?)
片付けにかなりの時間を費やしてしまったような気がして、ズボンから懐中時計を取り出せば、もうすぐお昼時だった。長い針と短い針が重なりかけている盤面に蓋をして、再びポケットにしまう。別にしてあったショルダーに財布を入れて、そうだ、と名案が浮かんだ。
「あのさ、」
ベッドの上の段にいるはずの彼に話しかけると、さっきまで身じろぎ一つなかった彼がベッドの柵に手を掛け、顔を出した。ぼやけた表情に眠っていたのを起こしてしまっただろうか、と心配になりつつ、さっき思いついたことを話そうとして-----------そこで気がついた。彼の名前を知らないことに。けど、とりあえず名前は知らなくても会話はできるし、まぁいいか、とそのまま続ける。
「ご飯、一緒に食べないかい?」
「え?」
さっきまで眠たそうにしていた彼の眼がぱちくりと開いた。その面持ちのまま固まっている彼に「ほら、さっきのお礼」と付け足す。
「そんな礼をされるほどのことじゃないぞ」
「うん。でも、お昼、まだでしょ?」
「それはそうだが」
「二人の方が楽しいよ。ほら、旅は道連れ、って言うし」
自分でも強引かな、と思ったけれど、なんとなく彼と一緒に過ごせたら楽しいだろうな、と感じたのだ。確信にも似た予感。僕の言葉に彼は口の端を上げて、「世は情け、ね」と呟いた。それからそのまま、するり、と彼は猫のようにしなやかな身のこなしで梯子を下りてきた。手には僕よりは小さな黒い革のトランク。それを持ちながらも難なく床に降り立ったその流れるような所作に、なんとなく彼が旅慣れしているような気がした。実際、「食堂車ってどこにあるの?」と尋ねれば、「3号車」と打てば響く速さで返事が戻ってきた。
「うーん、持っていくのは貴重品だけでいっか?」
「ほら、迷ってると置いてくぞ」
すたすたと歩いていく彼に、慌ててベッド脇に別にしてあったショルダーバッグを掴み、その背中を追う。ドアの所で追いつくと彼が手早く鍵を掛けた。
「ありがとう」
「スリとか置き引きとか多いからな、ちょっとした手洗いでも鍵は必ず掛けて出た方がいい」
「そうなの?」
「あぁ。君は狙われやすいタイプだし」
その言葉に、えぇ、とつい大きな声を上げてしまったら、「そういう素直に反応する所なんか、詐欺師にも引っ掛かりやすそうだな」と彼は楽しそうに笑った。
嘘つきな聖人と正直者のペテン師
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