※異国パロ。竹久々ですが、例によって5年は出張ります。竹谷:庭師、兵助:坊ちゃま、勘ちゃん:執事 etc...


「枯れたものしか、好きになれないんだ」

兵助の言葉は俺に衝撃を与えた。ハンマーで頭をガツンと殴られたような、隕石が落ちてきたような、そんな感じ。なぜなら、俺は植物が好きだったから。生きているものを愛でることができない人種なんてこの世に存在するなんて、俺は信じれなかった。



***

俺が流れ着いた街にはその外れに馬鹿でかい屋敷があった。身寄りのなかった俺はその屋敷のお抱えの庭師に拾われ、その家で厄介になることになった。家庭というものの温もりを知らなかった俺は、親方達にたくさんのことを教えてもらった。その恩を返すために、ただひたすらに庭師という仕事を覚え、いつしかその仕事に魅了されていった。親方は腕のいい庭師で、その屋敷もお得意先の一つだった。

屋敷にある広大な庭の手入れをするのはもちろん、いくつあるのか数えた事もない部屋に花を飾るのも俺たちの仕事だった。「旦那さまがな、花好きなんだ」と親方は言っていたが、あいにく俺はその旦那さまを1,2回見かけた事があるだけだった。仕事が忙しいのだという。奥さまの方とは一度も会った事がない。けど、よく知っている。大広間に飾られた肖像画の中にいる奥さまは、この辺りでは珍しく、夜のような黒い髪とそこに輝く星のように白い肌をしていた。美しい人だった、と親方が呟いた彼女は俺が親方に世話になる何年か前に亡くなったという。

「ハチ、頼んだぞ」

その日、ぎっくり腰で休まないといけなくなった親方の代わりに全体を任された俺は、珍しくプレッシャーに参っていた。庭師の仕事は冬場は花があまり咲かないから楽だ、と考える奴もいるかもしれねぇが、それは大間違いだ。土起こしに芽かき、枯れ枝の処理に病気の株がないかを見極める-------美しい春を迎えるためには、この時期が一番大切なのだ。この采配が一年を左右する、そのことを痛感しているだけに、自分にこの大役が果たせるのだろうか、と不安でいっぱいだった。



***

「お疲れさん、ハチ。少し休憩したらどうだ」
「勘右衛門! ありがとな」

テラスで手招きしているのは、出入りしているうちに親しくなった勘右衛門だった。俺と変わらぬ歳だが、さすがにその身のこなしは流れるように品がある。さすが執事見習いだ。軍手を脱ぎ棄て、俺は彼の元へと駆け寄った。慣れた手つきで白いガーデンテーブルの上に置かれた銀色の盆にはアフタヌーンセット。カップの中で濃橙色の澄んだ水面が僅かに揺れている。焼きたてのスコーンからは、ほこほこと甘ったるい匂いが昇っていた。そのまま手づかみした俺に勘右衛門が呆れたように笑った。

「手、ぐらい拭けよな」
「えー面倒」
「とりあえず、椅子に座って。みっともないだろ」

たしなめられ従うも、座りざまにスコーンにかぶりついた。さっくりと軽い感触と優しい甘みを飲み込めば、美味しさが腹にしみわたる。自然と生まれた感想を「うまっ」と勘右衛門に告げれば、彼は口を付けていたカップを置いて「ありがとう」と微笑んだ。

「で、庭の出来上がりはどうなんだ?」
「んー、一応、親方とは相談してるから大丈夫だとは思うんだけど」
「ならよかった。この庭は旦那さまも楽しみにしているからな」
「げっ……止めてくれよ、んなプレッシャー掛けるの」
「あはは、まぁ、でもハチならきっといい庭を造れるよ」

率直に褒められれば悪い気はしない。けど、照れの方が勝って俺はカップになみなみと注がれた紅茶を一気に呷った。ふわり、と鮮やかな香りが体に充ちていく。やっぱり、勘右衛門の紅茶が一番だ。世話になってる親方の奥さんには悪いけど、淹れ方一つでこんなにも味が変わるなんて、初めて飲んだ時はある種のカルチャーショックだった。その割に、こうやって一気飲みするものだから、「もうちょっと味わってくれよ」と勘右衛門には文句を言われるけど。

「そうだ、中の花もよろしくな」
「もう駄目か? この時期は寒いからもつかと思ってたんだけど」
「あー、中で暖炉を焚いてるからなぁ」
「なるほど。じゃ、外の庭木がすんだらやっとく」
「頼むな」

話しながらも、あまりの美味さにどんどんと手が伸びていたらしく、2段重ねのティースタンドに盛られていたスコーンはいつの間にか俺の腹の中に全部収まっていた。すっかりと体は温まり、エネルギーが溜まったのが分かる。さて、もう一仕事頑張りますか! 気合を入れるために、ぱん、と軽く両頬を手で叩き「よっしゃ」と俺は椅子から立ち上がった。



***

「あとは中の花だな」

外の天候があまりよくない季節だからこそ、館の中ぐらい明るくしてやろうと、アルストロメーリア、オンシジューム、シンビジューム、スターチス、ストロベリーフィールドなんかを織り交ぜ、屋敷中の花瓶に飾っていく。そこに、早咲きのスイートピーやフリージアを加えれば、一気に春が来た。

「よしよし」

大広間はもちろん、旦那さまの寝室をはじめとした各部屋や廊下にも花を飾る。時々すれ違う執事や女中達が「ほぉ」とか「きれいね」と穏やかな表情を浮かべるのを見て、内心、ガッツポーズする。花好きな奴に嫌なやつはいねぇ、親方の言葉を思い出しながら、館に溢れだす色彩に一人悦に入っていると、ふ、と廊下の一番突き当りに扉があるのに気がついた。

「こんな所に部屋があるんだな。気付かなかった」

ついつい、独り言が口からこぼれる。親方と屋敷を回る時は俺は北側の担当で(日持ちが短い南側は技術がいるのだ)こっちの方に来た事があまりなかったから、知らないのも当然かもしれない。さてどうすっか、と自分を見下ろしたが、この部屋のことを勘定に入れなてなかったため、手持ちの花はフリージアが一つ。部屋の中に背のある一輪ざしがあるかどうか確認しようと扉を開けた途端、瞳孔が一気に拡散した。

「うわ、暗っ」

ひそりと閉じられた闇の世界。一瞬、自分の輪郭さえも見失ってしまいそうな暗がりに踏み入れた。部屋の明かりを灯すよりもカーテンを開けた方が早いだろう。そう思って、自分が開けた扉から差し込む光を手掛かりに歩を進める。ようやく慣れた目が、きちりと閉じられた分厚いカーテンを捉えた。勢いのまま引く。ざ、っと入り込んだ陽光に、一瞬、目が焼かれたような眩しさを感じ、目を瞑って、

「誰だ?」

不意に、硬い声が俺を突き刺した。心臓が極限まで跳ね返って、口から飛び出そうになる。同時に漏れ出た悲鳴を辛うじて飲み下して、最小限の音に留めた。振り返れば、白磁のように透いた肌に闇のような深い黒髪。肖像画の奥さまそっくりの人物が目を細めながら俺の方を見遣っていた。まさか人がいたなんて思いもよらず頭が真っ白になって、上手く答えられない。目の前の人物はそれに苛立ったように、もう一度、俺に問いかけた。

「誰だ、って聞いてるんだけど」
「え、あ、えっと、この屋敷で世話になってる庭師のものです、けど」

その人物の迫力に気圧されて、しどろもどろになりながらも、なんとか答えた。すると、特にそれに返答することもなくそいつは、「カーテン」と呟いた。

「へ?」
「カーテン、閉めてくれ。眩しい」
「あ、はい。只今」

使用人でもなんでもねぇのに、ついつい低頭になってしまうのは、その声音に有無を言わせない響きがあったからかもしれない。俺が慌ててカーテンを閉じたのと、さっきとは違った暗がりが部屋を包み込んだのは同時だった。完璧に塗りつぶされた黒とは違う、ぼんやりとした色合い。細やかな紋様の燭台がぼんやりと闇を揺らしていた。灯った橙の焔に、ようやくその人物の隈がはっきりとする。一瞬、奥さまが化けて出たのか、なんて考えが過った。それほどまでに目の前の人物は、いつも俺が居間で見かける奥さまにそっくりだった。ただ一つ、違うとすれば髪と同じ色した双眸のきつさだろうか。背筋に氷柱を押しつけられたような、ひやり、とした戦慄が這い上った。

「何しに、この部屋に来たんだ」
「えーっと、花を飾りに」

蛇に睨まれた蛙、ってこんな気分なのだろうか。ノックもなしに勝手に入ったのは悪かったとはいえ、一応、部屋に出入りする理由はあったわけで。けど、喉が竦んで上手く言葉にならない。その眼光に思わず目線を落とせば、掌の中のフリージアがくたりとしているのが視界に入った。手汗をかいたままずっときつく握りしめていたせいだろう。水上げした時は生き生きとしていた花弁は、よれてしなだれていた。その可哀想な姿に「あ、」と声を上げていた。

「何?」
「え、あ、えっと……花が」
「花?」

す、っとそいつの目の色がさらに冷え込んだのが分かった。氷よりもずっと低い温度のそれに、言い知れぬような圧迫感。さっきの暗闇よりももっと重い、とぐろを捲いたような黒。底なし沼を縁から覗きこんだような、深淵。触れたら切れそうな、世界中の絶望を集めてもまだ足りないような瞳。

「俺の部屋に、花はいらない」

花を掴んでいた指先が震えるのを、俺は止めることができなかった。



凍えた指先


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