※異国パロ。竹久々ですが、例によって5年は出張ります。竹谷:庭師、兵助:坊ちゃま、勘ちゃん:執事 etc...


「花はいらないって……」

彼の言っていることの意味が分からず問い返そうとしたが、言葉は途中で彼の迫力に呑まれた。鋭い視線に俺はその場に縫いとめられ、動くことができなかった。息一つしたら咎められるんじゃないか、ってぐらい強い眼差し。ごくり、と飲み込む唾の音がやけに大きく響き、耳が痛い。かち合った視線を逸らすことすら許されないような気がして立ち尽くしていると-----どれくらいそうしていたのだろう-----彼が呟いた。

「出てってくれ」

その一言で、俺の呪縛がようやく解ける。一刻も早くその場から逃げ出したい、と心が急かす一方で、さっきまで硬直していた体は思うように動かず-----足がもつれた。手は近くにあったサイドテーブルにつき、足を踏ん張って耐える。

「っと」

思わず上げた声に破壊音が混じった。辛うじてこけなかったものの、勢いでサイドテーブルの上に乗っていたものをなぎ倒してしまっていた。うわ、っ、と慌てて散乱した本やらインク壺やらペンやらをかき集めていると、ふ、とある物が目に留った。

「ん? これ、薔薇か?」

薄暗い部屋の中で一点だけ輝く、緑。掌で包み込めるぐらいの大きさの植木鉢には、土を押し上げるようにして伸びた芽と特徴のある小さな葉がいくつもあった。部屋にある分には何らおかしくない、むしろこういった館ではある方が自然なそれ。けれど、さっきの彼の言葉があっただけに、信じれないような気持ちで鉢植えに手を伸ばしていた。

「触るなっ!」

飛んできた鋭い声に、指先が固まった。思わず彼の方を見遣れば、叱責に似た声を俺に浴びせた癖に、その表情は今にも泣きだしそうだった。よくよく鉢植えを見れば、葉はしなびかけていて、芽もくてりと倒れ、元気がない。心配になって「こんな暗い所に置いていたら咲くものも咲かないぞ」と再び手を伸ばしたけれど、叫びに近い声に押し留められる。

「お前には関係ない」
「関係ある」
「ないだろ」
「ある。俺は庭師だ。こんな暗い所にいなきゃいけねぇなんて、こいつが可哀想だ」

未熟で弱々しい茎や弦に、薄い色素の葉や芽。おそらく、長い間日に当たらないままだったのだろう。ずっと、この暗闇に閉じ込められていたのだ。そのことを思うと、可哀想でたまらなかった。さすがに、こればっかりは引けないと、必死に言い張っていると、ぐしゃり、と泣きだしそうだった顔がますます歪んだ。

「花なんか嫌いだ……」

衝撃を受けた。ハンマーで頭をガツンと殴られたような、隕石が落ちてきたような、そんな感じ。信じれなかった。花が嫌いだなんて言う人がこの世に存在するなんて。それと同時に、彼の切とした声音に、きりきりと心が痛んだ。冗談でもなんでもなく、彼が本気で言っているのが分かった。断絶された世界に薔薇の鉢がぽつんと佇んでいた。



***

「何、へこんでんだ、ハチ」

野太い声が頭上から落ちてきたかと思うと同時に、でろり、と机に溶けていた俺の頭を叩かれた。痛って、と顔を上げれば、「いっちょまえに悩みか? 初めてなんだから失敗しても仕方ないさ」と、べしべしと俺の髪を乱暴に撫でまわした。あの後、こそこそと逃げるように部屋から出て、庭先に広がっていた道具を片付け、勘右衛門に声を掛けることもせず俺は親方の元に戻ってきた。

「や、庭のことで悩んでるんじゃ」
「だったら何で悩んでるんだ? あ、女だろ。図星か?」
「違いますって」

なんで一日中屋敷に行ってたのに女が関係してくるっすか、と軽く睨めば、親方は豪快に笑い出した。しばらく一人で盛り上がっていると、笑いすぎたのが腰に響いたのか、いてて、と顔を顰めた。それから、「で?」と急に瞳が締まって真面目な顔つきになった。

「花なんか嫌いって」

促す眼差しに、まるで抉られたかのように俺の中に強烈に残された彼の台詞を口にした。その一言だけで親方に伝わったようだ。真剣だった目には僅かに憂いの色を帯びさせながら、「あぁ、兵助坊ちゃんか」と親方は溜息を零すように小さく呟いた。

「兵助坊ちゃん?」
「あぁ。旦那様の一人息子さ。奥方に似たのか、あまり体が丈夫でなくてな」

部屋から滅多に出ないそうだ、と続いた言葉に、あぁ、とあの青白さを思い出して納得した。

「きつい言い方をする時もあるが、根は優しい子だよ」

花を眺める時と同じように柔らかく微笑む親方に「けど」と反発心がむくりと起き上がった。そのまま、「花が好きじゃないって」とするり、と愚痴を吐いてしまえば、箍が外れたかのように、次から次へと言葉が迸り、あっという間に俺は事の顛末を親方に語って聞かせていた。それくらい、彼の言葉が衝撃だったんだと思う。俺の話を黙って聞いていた親方は「あー、すまん、すまん。お前に伝え忘れていたな」と頭を掻いた。

「一番奥の部屋だけは、花を飾らなくてもいいんだって」

一番聞きたいところはそこじゃなかったが、もう一度ほじくり返す気にもなれなくて。

「もう遅いっすよ……」
「俺の方から屋敷には詫びを入れておくよ」

明日もあるからな、と言われ、そうだった、と落胆する。庭に春を迎える支度をするために、しばらく通い詰めなければいけないのだった。部屋に篭りっきりならば、もう、彼と会うこともないのだろう、そう頭では分かっていたけれど、怖かった。自分の全てを否定されたような気がして。

「親方」

そうとう情けない顔をしていたんだろう、親方は「ま、これも修行のうちさ」と全く取り合ってくれなかった。ずしり、と酷く憂鬱な思いが体に沈んでいく。頭から、離れない。彼の「花なんか嫌いだ」という言葉と、それに矛盾した薔薇の鉢植え。そして、今にも泣きだしそうだった表情。

(--------なんで、あんな顔をしてたんだろう)

***

結局、昨夜はあまり眠れなかった。ぼんやりとした頭で庭の手入れをしていたせいか、軍手をはめずに作業に取りかかって皮膚を切ったり、植え替えの球根を取り間違えたりしそうになった。芽かきしている最中に危うくこれから新芽が出てくる部分を取り払おうとしてしまった時には、さすがに、まずいと思った。

(あっ、ぶねぇ)

しっかりしろ、と気合を入れ直すために頬を軽く両手で叩く。ぱん、と耳元で弾けた音の大きさにちょっとは目が覚めたような気がした。それでも、自然と視線は彼の部屋へと向いてしまう。さっきから微動だにしない、きっちりと閉じられたカーテンでは、影すら見ることができない。彼は今日もあの部屋に篭っているのだろうか。暗く、光のない世界に。

「ハチ」
「勘右衛門」
「今日も、お疲れ」

ふわり、と柔らかな匂いを引き連れて登場したのは勘右衛門だった。あの部屋から目を引き剥がし向き直った俺に「昨日はすまなかったな」と彼はぎこちない笑みを浮かべた。いきなり謝罪をされたことに「え?」と疑問を浮かべれば、言葉を濁しつつも最終的に勘右衛門が告げる。

「ほら…俺がちゃんと伝えておけば、ハチも嫌な思いせずにすんだのに」

ちらり、と勘右衛門が投げた視線の先は、やっぱり閉じられたままのカーテン。昨日の事を謝っているのだ、とようやく彼の言いたいことが分かって「あー。……いいって」と返せば、俺の方に戻した目を「本当に悪かったな」と伏せた。しばらく続いた沈黙を勘右衛門はどう受け取ったのか分からなかったが、ぽつりと呟いた。

「赦してやってくれないか」

彼の睫毛が頬に落とす影は深く、俺は何も言えなかった。赦すもなにも、この胸に抱えている感情が何なのか分からなかった。怒りなのか空しさなのか。その両方な気もしたし、どちらも違うような気がして。どう答えればいいのか分からず、目線を落としたままの彼を眺める。その右手が支える盆上のポットからはゆらゆらと白い湯気が上っていた。

「それ、冷めないうちにもらうな」

この話題は打ち切りとと言わんばかりに、わざと明るい声を出して、俺は軍手を脱ぎ捨てた。

(--------脳裏に過る彼の、あの泣き出しそうな表情を振り払うように)



この心は誰も知らない


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