※鬱々しい。主要キャラが死ぬことはありませんが、死を扱ってます。


「せんぞ、寝てる?」

乱れているわけではない、むしろ静かすぎる足音が、部屋の前で止まった。障子の向こうから、掠れた声が躊躇いがちに私の名を呼んだ。僅かな鉄錆の匂いとそこを穿つようにして漏れ出てくる昏い匂いに、彼が部屋に来た理由を悟って私は静かに答えた。

「伊作か。分かった。行く」

走らせていた筆を置き、机に燭台で蠢いていた火を息を吹きかけ消す。ふっ、と落ちた闇に物の隈が溶け込んで同化し、境界が曖昧になった。さっきまでこんな暗い灯など役に立たないと思ってたが、消えてみるといかに頼っていたかを実感する。

「ごめん、ね。夜遅くに」

高鼾をかいて寝ている同室者のために、一応、音を立てぬよう障子扉へ近づけば、心底申し訳なさそうな声が響いた。手を窪みに掛けて戸を開ければ、室内の暗さが外へと流れ込み、闇をとごらせる。取り巻いていた匂いが、少しだけ、濃くなって。そこに、ぽつん、と伊作が佇んでいた。

「いや。何となく、今夜はあるんじゃないかと思ってたから構わん」
「そっか」
「お前こそ、早く部屋に戻って寝ろ。酷い顔だ。ずっと寝てないんだろ?」

生気を吸われたかのような冥い目の伊作はまるでこちら側の住人ではないようだった。伊作のことだ、ずっと、つきっきりで看病していたのだろう。彼岸へと足を半分突っ込みかけているような危うさに心配になり軽く肩を叩けば、彼は小さく頷いた。反応があったことに安堵の息を吐き、背中を彼の部屋の方向に押しそうとして。はた、と気づいた。

---------------おくりだす人物の名を知らぬ、ということに。



「あ、伊作」
「何?」
「名前を教えてくれないか」
「あぁ。ごめん、言ってなかったね。5年は組の…」

伊作が告げた名前は聞いたことがあった。ただ、その造形を何一つ思い出すことはできない。さほど他人に関心を持たない自分に取って、組や委員会などで繋がりがあるか相手が学園で名を馳せていなければ、ただの音の羅列にしか過ぎなかった。おそらくは、どの授業もそこそこにでき、目立たない人間だったのであろう。

それは忍に向いていたということだろう。

(もう、過去でしか語れないだろうが)



悼む人

 
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