※鬱々しい。主要キャラが死ぬことはありませんが、死を扱ってます。


もうとっくに失われた呼吸が、もしかしたら再び宿るのでは、と起伏しなくなった胸を見つめて。ゆっくりと剥がれていく温もりを指先に覚えながら、僕はその子の手を取っていた。彼が事切れてから、どれくらい、そうしていたのだろうか。それは、一瞬にも、永遠にも感じれるほどに曖昧な時間だった。

気の遠くなるくらいの時の流れを泳ぎ切った自分の、なんとか保った意識の底が呟く。

「…あぁ、そうだ。仙蔵に知らせなきゃ」

もう息吹を戻すことはない、と自分に言い聞かせるように視線を胸から引きはがした。もはや重さだけの物となってしまった彼の掌を布団の中に入れてやる。まだ柔らかなそれも、いずれは硬く曲げることすら困難になってしまう。そうなる前に引き渡さねば、と、折れそうになる自分を奮い立たせ、僕は彼の顔に手を伸ばした。うっすらと開いていた目を閉じさせると、もう、僕にできることはなくなった。

------------もう、何もできない。

唇を噛み掌に爪を突き立てることで、迸りそうな嗚咽をなんとか胸内に留めた。ぐるりぐるりと巡る血潮に耳鳴りがする。どくり。どくり。どくり。これが僕が生きている証なのだ、としつこく打ち寄せる。それを振り払おうと、僕はその場から立ち上がった。まるで床から生えているかのように重い腰。体の隅々まで石を詰め込まれたかのような倦怠感に襲われる。

(けど、行かないと)

体を引きずりながら医務室の戸を開けると、そこに佇んでいた静けさが、ひたり、と押し入ってきて僕を包み込んだ。影さえ生みだすことのできない暗さを孕んだ闇に、今夜は朔月だったことを思い出す。

(彼が大怪我を負って戻ってきて、もう三日か)

闇夜に忍ぶことを学んできた僕たちに本任務に近い課題が課せられるのは月がやつれていく頃合が多い。消すことのできぬ血の匂いを纏わせて帰還してきた生徒たちの中には致命的な傷を抱えて戻ってくる者も少なからずいた。彼らは幾夜かを黄泉神と戦い--------こちらに戻ってくる生徒もいればあちら側に渡ってしまう者もいた。必然的に、こうやって仙蔵の元へと行くのは、月のその身が喪失され、光のない夜となる。凝らした目がようやく暗がりに慣れてきた頃、六年の生活する長屋が見えた。

(あ、起きてる)

仙蔵達の部屋の障子には、柔らかな橙色が宿っていた。蝋燭の炎の照り返しに影が時々生き物のように蠢いた。まだ、どちらかが、もしくは両者が何か書き物か読書をしているのだろう。耳を澄ませば聞こえてくる獣のような鼻の抜けぬ鼾に、起きているのは仙蔵だろう、と安堵が胸に広がる。それでも、彼と同室の文次郎を起こさないように、障子に向かってそっと囁いた。

「せんぞ、寝てる?」

からからに乾いた喉に、へしゃげた声が貼りついた。

(僕にできるのは、ここまでだ)



悼む人

 
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