※某チャットでお世話になった時に目覚めた(笑)音大パロです。竹久々メインだけど、勘ちゃん含む5年メンツはいつものように出張ります!ノリ重視なので音楽知識は当てにしないでくださいませ、、、


「演奏、荒れてるな」

まだ最後の音が残っているうちに勘右衛門に話しかけられ、一瞬、返答が遅れた。

「……そうか?」
「竹谷、だろ」

黙り込んだ俺に奴は視線を向けて、その眼はどことなく楽しそうだったけど、それ以上何も言わなかった。空気を震わせていた残滓がこと切れた所で、俺はようやく弓を離した。ケースの中にヴァイオリンをセットしながらも勘右衛門は断定を覆そうとしない。根負けした俺は、仕方なく「ものの見事にバラバラだよ」と俺はぼやいた。

「ヴァイオリン科の逸材、さすがの久々知兵助でも無理って?」

そう言う勘右衛門の言い方がピチカートみたいに跳ねてて、楽しんでいるようだった。ちょっとそれに苛立ちながら「茶化すなよ……あいつさ、楽譜、読もうとしないんだよな」と返せば、勘右衛門は薄い唇を含ませるようにして笑い、ケースの留め具をはめながら、こちらに視線を投げた。

「けど、面白い演奏する奴じゃないか」
「聞いたことあるのか?」
「文化祭かなんかで、一回だけな」

ダイナミックというかアクロバティックだよなぁ、と勘右衛門に対し「こっちは綱渡りをしてる気分だ」と呟けば、彼は吹き出した。言いえて妙だったらしく、暫く笑い続けた彼は、ようやく目尻に溜まった涙を拭うと、不意に真面目な顔つきになった。

「まぁ、けど、俺から言えば竹谷の演奏はお前にないものがあると思うよ」

それがお前の音が荒れてる理由だろ、と継ぎ足されて、釈然としない気持ちが増す。それは、竹谷との練習からずっと抱えているものだった。楽譜は見ない、音を間違える、勝手に解釈する。緻密に計算された楽譜通りの演奏する俺と正反対の、彼の感情がこれでもか、これでもか、ってくらいダイレクトに、熱烈に伝わってくる竹谷の演奏。俺にないもの。勘右衛門もその辺りが言いたいのだろうか、と思ったが、俺は敢えてとぼけた。

「……何それ」
「分かってるだろ?」
「竹谷の演奏は表情が豊かだって言いたいんだろ」
「まぁね。……けど、それだけじゃないけどな」

機械みたいだ、そう批評されたのは一度や二度じゃない。楽譜に記載された通りに演奏する機械。けれど、別に俺はその言葉が嫌いなわけじゃなかった。「将来が楽しみだ」と、技術は認められているし、「曲想も作曲者の意図をくみ取って演奏できてる」と感情表現についても、一定の評価がないわけでもない。もちろん、プロの演奏家になるためには、曲想の表現は確かに自分の課題だとは自覚していた。けど、

「それだけじゃないって?」
「教えない。教えたら、お前に引き離されちまうだろ」

じゃぁ練習頑張れよ、と、いつの間にか帰り支度を整えていた勘右衛門はレッスン室から出て行った。ふ、と壁の時計を見てみれば、短針がまた上がっていくところだった。竹谷との約束の刻限が迫っている。あいつちゃんと練習してるだろな、と俺も慌てて愛器をケースにしまった。

***

成績に影響する試験も終わったせいか、校舎全体がやけに静かだった。自分の靴音が、やけにはっきりと届いた。反乱射する残響が、わんわん、耳にこだまする。薄暗くなった廊下は、ぼわり、と迫る闇に足元が覚束ない。なんとなく勘右衛門の言葉が喉に引っ掛かったまま、なかなか、呑みこめずにいた。

(竹谷にあって、俺にないもの)

勘右衛門の言い方だと、曲の表情以外で、ということなのだろうが見当がつかなかった。泥沼に足を突っ込んでしまったみたいに、考えれば考えるほど分からなくなっていく。囚われる思考が酷く重たい。ぼんやりとしたまま、俺はいつものレッスン室のドアに手を掛けた。

「え、」

押し寄せてきた響きに飲み込まれる。一瞬、部屋を間違えたかと思った。コンクールの曲とも違う、全く知らないメロディ。浮き立つような楽しげな音色が部屋に溢れかえっている。音が温かいのは、長調の曲だから、というわけじゃないだろう。------音楽の中心に、満面の笑みをしたハチがいた。

(こんな顔して演奏するんだ)

本当に竹谷はピアノが好きなんだ、という事が音の端々から、その笑顔から伝わってきた。俺の心臓が、あの音を奏でる。初めて彼がピアノを触った時に感じた、あの音が。彼は俺が入ってきたことに全く気付いてないようで、温かくて優しい調べを綴っていく。“幸せ”を表現したらこんな感じだろうか、と。じんわりとしみ込んでくる旋律に俺は瞼を下ろし、身をゆだねた。

***

「っ、悪ぃ。練習してなくって」

余韻が空気に溶け消えた瞬間、俺の手は自然と拍手を送っていた。まだ、胸の奥が熱い。は、と顔を上げた竹谷は俺の存在にびっくりしたようで、慌ててコンクールの楽譜を立てようとした。

「なぁ、何ていう曲なんだ?」

そう問いかければ、熱を入れて演奏していたせいか元から紅潮していた彼の頬がますます赤らんだ。しどろもどろに「えっと…俺…が作ったんだ…だから、タイトルは、ないんだけど」と呟けば、今度は俺が驚く番だった。

「これ、竹谷が作ったのか?」
「一応、副科で作曲取ってるから…相変わらず、滅茶苦茶だけど」
「いい曲だな」
「え?」

自然と、その言葉が零れていた。お世辞でもなんでもなく、素直な自分の感情が。

「うまく言えないけど、さ。俺は好きだな、今の曲」
「ありがと、な。兵助」

竹谷が向けたその笑顔に、俺の心臓が、また、音を立てた。



追いかけないで、走り続ける二人はコンチェルト


title by Ronde of dream

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