※某チャットでお世話になった時に目覚めた(笑)音大パロです。竹久々メインだけど、勘ちゃん含む5年メンツはいつものように出張ります!ノリ重視なので音楽知識は当てにしないでくださいませ、、、


「そこで屍になってんのはハチか」
「大丈夫?」

最初の氷みたいに冷たいのが三郎、後の毛布みたいに温かなのが雷蔵だろう。突っ伏したテーブルから「おー」と力を振り絞って顔を上げて何とか返事すると「疲れ切ったサラリーマンみたいな顔してんぞ」と三郎が追い打ちをかけてきた。「だってよ」と言ったまま言葉が続かない俺の方を一瞥した三郎が「だから合わない、つったんだよ」と盛大な溜息をついた。兵助とコンビを組む前だったら反論していた俺も、さすがにぐうの音も出ない。

「そんな練習、大変なの?」
「練習っつうか…俺がしごかれてるっつうか」

音合わせの初日の、そして練習の事を思い出すだけで胃がキリキリと痛む。

***


「お前、ありえない」

初見と譜読みが苦手なことを告げると、兵助はばっさりと斬り捨てた。元々、珠のように透いた黒い瞳がさらに冷えた色合いになったような気がして、心臓が捩じられたように痛くなった。

「じゃぁ、曲、どうやって覚えてるんだよ」
「えーっと、耳はいいもんで」

それで聞いて覚えるんだけど、って言葉は、ごにょごにょ、と、だんだん小さくなるしか術がなかった。ただでさえ迫力のある目はますます鋭くなっていき、太刀打ちできない。自然と頭が垂れさがっていく。それでもなんとか最後まで口にして顔を上げれば、兵助の唇は硬く結ばれて下がっていた。

(あきれられた、よ、な)

楽譜通りに引けない。俺の、そしてこの道を志す者ならば致命的な課題。ソロの音づくりしかしてこなかった(というか、させてもらえなかった)のは、相手と合わすことができないから。前に授業でしたけど、そりゃ、散々な結果だった。別に、それでもいいって、思ってた。そういうタイプの奏者だっているわけだし、コンクールで馬の合う審査員に評価されることだってある。一緒に組んだ相手からも師事する先生からも、無理、って思われるのは慣れてる。だから、兵助にコンビを解消する、って言われても全然、珍しいことでもなんでもねぇのに、

(----------コイツと、兵助とやりたい)

その思いだけがどうしようもなく渦巻いていた。彼の音を聞いた瞬間から、増幅していく熱を抑えきることができなかった。けど、それは、こっちだけのものだろう。兵助が俺と組むメリットがない。彼の唇がうっすらと開き、「止めよう」という言葉が紡がれるのを凝視して待って、

「金賞、狙うんだよな」

予想してなかった言葉に、頭がついてかない。その時の俺は、相当、マヌケな顔をしてたと思う。ようやく事態を呑みこんで「あぁ!」と反応できた俺に、仏頂面だったそれまでとは一転、「口開けすぎ」と、笑いを堪えたような緩んだ表情を向けた。それから「ほら、時間ないから、音取りするぞ」と下ろしていた楽器を構えた。

その後は、地獄の特訓だった。音を跳ねかしたり、テンポを勝手に作ってしまう度に「だからさ」と兵助の目がカッと見開く。休憩一つなく、時間も延長して、ようやく一通り弾き終わった頃には、へろへろで意識がぶっ飛びそうだった。帰ったらもう寝よう、と鉛みたいに重たい体を何とか動かし、布団に飛び込むことだけを考えながら片付けていると、兵助がさらりと言った。

「あ、明日は朝の9時からな。第1楽章、暗譜してこいよ」

(こいつ、練習の、鬼だろ)


***

「ホント、ここまで合わないと、逆にびっくりだな」

初日以来、授業以外の時間は兵助との練習がみっちり入っていた。兵助の方が授業でも「一人でもいいから練習しとけよ」と言われて必死に譜面を追う。けど、さすがにそれが毎日続けば、さすがに、息抜きがしたくなる。一週間。俺にしては頑張った。よくもったよ、俺。自分で自分を褒めたい。俺はこっそりと練習室から、三郎と雷蔵の所に逃げてきたのだ。

「ヴァイオリン科の久々知っちゃあ、精密機械みたいに正確な演奏するって有名だからな」
「その彼とハチだもんねぇ。……ハチのピアノはストーリーが合って僕は好きだけど」
「ありがと、な」

それも兵助に言わせれば、『一人で勝手に盛り上がってなよ』ということらしい。兵助の特訓のお陰で音を外したりリズムを間違えたりするのは減ったが、テンポや曲想を変えてしまう癖はなかなか抜けなかった。よくよく考えればピアノと違って音が狂いやすいと言われる弦楽器であれだけ正確な音が出せるのだ。きっと楽譜に書かれた音楽記号をきっちりと守るタイプなんだろう。けど、そんな兵助の性格を差し引きしても、楽譜通りに演奏することを要求してきたのは、間違ってない。リサイタルじゃないのだ。コンクール。ましてや、二人で演奏するのだ。審査員からしてみれば、いかに忠実に演奏しているかというのは採点のポイントだろう。兵助は何一つ、間違っていない。

(けど、何か、もやもやするっつうか、なんていうか)

上手く自分の気持ちが整理できずに視線を落とせば携帯がタイムリミットを示していた。

「あ、そろそろ行かねぇと」
「どこへ?」
「練習。もうすぐ兵助のレッスン、終わるから」
「そっか…あんまり無理しないでね」
「ま、葬式に線香くらいはあげてやっから」

相変わらずな二人の言葉に俺は重たい気持ちを抱えながら、立ち上がった。

***

「よっしゃ、セーフ」

俺たちが缶詰に使っている練習部屋に兵助はまだ来てなかった。勝手に抜け出してたってバレたら何言われるか分かんねぇもんなぁ、と思いながら蓋を開け埃よけを外す。艶めいた鍵盤を指で押さえれば、大分と円熟みの増した音が返ってきた。最初は思い通りに弾かせてもらえなかったこのピアノも、今では随分と仲良くなれたような気がする。

「なぁ、何で、あいつはコンクールに出ようと思ったんだろうな」

そう話掛ければ、くすくすと笑うような音色が戻ってきた。「意気地無しね」と言われているような気がして「だってよ」と零す。兵助とは練習中は曲のことしか話さないし、終われば終わったで、次回の練習についてや(一方的な)俺の宿題についてしか話題に上ったことはなくて。一番最初に聞こうと思っていた出場の理由も結局、聞けずじまいだった。

(そういや、俺、あいつのこと何も知らねぇんだな)

ちっとも、兵助に近付けていなかった。どこに住んでるのかとか家族は、とか普段は何をしてるのかとか何が好きなのか。どんな音楽が好きなのかとか、なぜこの道を選んだのかとか、どんなこと考えて演奏してるのか、とか。-------それから、何で、演奏中に笑わないのか、とか。兵助のこと、何一つ、知らない。知っているのは名前と演奏だけで。

「つーか、何で、こんな気にしてるんだよ。あー、もー」

よく分からない、もやもやした気分を晴らそうと、俺はふ、と閃いたメロディに指を滑らせた。



踊りすぎてプルトに衝突


title by Ronde of dream

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