「この辺りだけど」

兵助に連れてこられたのは、崖の上にあった、広場のような所だった。塩害を防ぐために植えられた松の木々が、そこだけ何もなく、ぽっかりと、空が見えた。おそらく、村人達が、いつ龍火が出ても、奉る火を焚くことができるように、守されているのだろう。周囲には雑草一つなく、均された地面からも、手入れされている様子がうかがえる。

「何もないな」

ぐるりと視線をあちらこちらに鋭く走らせ、困惑気味に言ってきた兵助に、「あぁ」と同意する。兵助の話では、崖の下からでもかなり大きな炎の柱が見えていたのだ。
組木とまでは言わなくても、地面に炭の欠片が残っているとか、何らかの痕跡が残っているはずだ。けれど、ぱっと見た感じ、最近ここで火を焚いた様子は見受けられない。

(それがないのは、逆に不自然すぎる)

「兵助、寝ぼけてたんじゃねぇよな」
「ハチじゃあるまいし。俺は確かに見たんだ。それに、雷蔵も龍火を見てたんだぞ」

兵助は少し、むっ、としたように語気を強め、詰め寄るように言った。

「それも、引っかかる」
「え?」
「一昨日、雷蔵は龍火だけを見て、こっちの火は見てない。なのに、兵助は見てる」
「雷蔵は、龍火に気を取られてたから、気づかなかったんじゃないか?」
「そうかもしれないけど……」

兵助の言い分はもっともなことだった。雷蔵は確かに優秀な忍びだったし、そんな簡単に変調を見逃すとは思えない。しかし、突然の怪異の前ではその辺りの感覚が鈍くなってしまってしまう可能性があるのも分かる。

(まぁ、実際、自分がその立場だったら驚きと好奇心できっと周りが見えなくなるだろうし)

けれど、何か重大なことを見逃しているような気がしてならなかった。そんな自分を察してか、兵助は黙ったまま広場を横切ると、さらに崖側へと足を進めた。

「見ろよ、三郎」

兵助が指した先の土は、周りと比べてやや濃い色合いをしていた。丹念に調べてみると、きれいに均された他の場所よりも小石がたくさん露出している。地面を掘った時に元の順で戻さなかった時の特徴に似ていて、思わず兵助と顔を見合わせる。

「何か埋めてあるのかもな」
「掘り返してみるか」

衣服に仕込んでおいたクナイを取り出し、その辺りの地面に突き立てる。硬そうな見た目の割に、さくり、と軽く入り込んでいく感触に、最近掘り返したばかりだと確信を得た。隣に座った兵助も「怪しいな」と呟くと、抉られた土の塊を後で戻しやすいように順に積み上げていく。



***

どれくらい掘っただろうか、くないから伝わってくる感覚にそれまでにない違和を覚えた。

「何だ?」

くないで掘るのをやめ、穴へと腕を伸ばして突っ込んでみると、指先が柔らかいものに触れ、それを掴んで引き上げた。

「何かを風呂敷に包んで埋めたんだろうな」
「さてと、中身を拝見、といきますか」

後でちゃんと戻せるように、と風呂敷の包みの形状を頭に叩きこみながら、そっと結び目を解く。検分するように息を止め、ゆっくりと開くと、ころりと光沢のある黒々としたものが出てきた。覗き込むようにしてきた兵助にそれを拾って、手渡す。

「炭になった木と火打ち石、か」
「これで奉る火をおこしたんだろうな」
「おそらく。けど、こんなのを埋める必要があるのか?」
「そこが問題だな。誰にも知られたくない、隠さなきゃいけない理由があったってことだろうけど」

鼻をひくつかせていた兵助は、「僅かに火薬の匂いもするな」と顔をしかめて呟いた。

(誰にも知られたくない、隠さなきゃいけないもの、か)



***

「なぁ、三郎。どう思う?」

できるだけ元通りに、と注意を払いながら風呂敷を地中に埋め直し、なんとなく足早にその場を立ち去る。周囲を窺いながら広場から離れ、木立の中に入ったところで、それまで黙っていた兵助が訊ねてきた。どことなく緊迫した目の色に、おそらくは同じ不安を覚えているのだろう。

「どうって?」
「これが授業に関係あるかないか」
「先生じゃ、ないだろうな」

少し迷いながらもそう答えると、兵助も「俺もそう思う」と確固たる口調で言った。その力強さに、「なんでそう思った?」と問う。兵助は考えを整理するように顎に手を当て、しばらく俯いていると、不意に顔を上げた。

「先生らは、こんな手の込み入ったものを考える必要がないだろ。そもそも、俺らがここに来たのは、昨日の龍火と奉り捧げるための火を見てるからだ。もし、見ていなかったらおかしいとは思わないし、ここにも来なかった。夜半の出来事を目撃する確率は低い。実際に見たのは雷蔵と俺だけだった。そんな賭けみたいなことを授業内容にするには、あまりに不公平だとは思わないか。違うか、三郎?」

理論整然とした推測に感嘆にも似た気持ちで「あぁ」と相槌を打つと、兵助が自分の方に向き直った。

「三郎、どうするんだ?」
「どうするって?」
「このこと先生に話すかどうか」

話すかどうか、と兵助の提案の言葉を胸の奥で深くかみしめた。


 
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