唐突な暗転に、瞳孔の方は間に合わなかった。慌てて、目を瞑るも既に遅く、茫洋とした暗闇に囚われる。深淵の中では何が起こっているのかまったくつかめず、頭が真っ白になりかけて。けど、背後にある熱に雷蔵の存在を感じ、跳ねあがる心臓を押さえつける。

「っ」

鎌鼬のような、空を切る音に続いて、小さなうめき声が聞こえた。

「雷蔵っ!?」
「大丈夫」

傍から力強い言葉が返ってきて、胸をなでおろすも同時、頬に鋭い痛みが走った。俺たちを劈くような勢いで群がってくるそれらを掻きむしるように振り払うと、獣の匂いが鼻を過った。焦った雷蔵の、悲鳴のような声が届く。

「何、これ、っ」
「暗くて見えねぇけど、鳥か蝙蝠か」

ざぁぁぁ、と内耳を侵していく風を裂くような音から飛翔生物だと判断するも、まだ暗闇に潰れた視界では、何かまでは見当をつけることができなかった。

「雷蔵、散開しよう、このままじゃ埒があかねぇ」
「分かった。僕は卯から右ね」
「ん、了解」

光のない洞窟では飛び道具は使えないだろう、と服に仕込んだクナイを取り出し構える。互いに武具をぶつけないように、と足場を蹴って、双方向に散開する。背から熱が離れた。

(にしても、なんで、こんなに攻撃されるんだ?)

地面を蹴り、飛びあがる。体の重みを使ったまま、音がする方向へと斬り込む。宙を抉った手に感触は残らない。と、顔前に風圧。今度は、眼球だけは潰されないようにと頭を低くし顔面を守りながら斬り込むが、かすったような手ごたえしか残らなかった。耳元に、羽音。頭頂部を啄ばむような攻撃自体は軽くても、積もればかなりの痛手になる。力を、体をひねり、反転させる。そのまま、寅の方向へ。ギィィン!金物が擦れる音が反響する。体を小さく潜め、屈む。そこに漂ってくる、血の匂い。

(地味に痛いよなぁ)

ようやく慣れた目が、世界の隈をはっきりと型取る。もう一つクナイを取り出すと、雷蔵がいるであろう方に、ぐるりと首を巡らす。洞窟内に籠る足音の残響に耳を欹て、跳ね返って散逸したその音を濾し取り、源を探る。そうやって嗅ぎ取った雷蔵がいるであろう方向へと目を凝らす。ぼんやりとだが、柔らかな茶色の髷が見えた。と、再び、種子島から飛び出す弾丸のような速さと鋭さに、攻撃に備えて身構える。だが、軌跡だけが目の前を素通りしていくだけで、戻ってこない。思わず、じ、っと、その軌道を凝らす。

(あ、もしかして、通り道か!?)

「雷蔵っ。攻撃するなっ」

閃いた考えに、構えていたクナイを取り下げ、咄嗟に叫んでいた。

「へっ!? っ、わぁぁっ」

気がそがれたような返事に続いて、雷蔵の声が落ちて行った。さっきまで浮かび上がっていた髷は見当たらず、漆黒に塗られた闇だけがあった。

「雷蔵っ!?」

慌てて飛び出した俺に、掠めるつむじ風。頬を羽が過ぎたのを感じて、体を地に這わせる。そのまま、雷蔵が消えた方へと伏せるようにして近づく。頭上を飛来していく気配が途切れ、勘が正しかったことを知るも、じりじりとしか動けない自分に苛立ちが募る。と、ぽっかりと、穴が開いているのが分かった。

「おーい、雷蔵。無事か?」

ただでさえ暗い洞窟にある穴は、深淵に閉ざされて何も見えない。とにかく穴に向かって叫んでみる。

「……なんとか」
「足とか痛めてねぇか?」
「うん。それは大丈夫」

疲れは滲んでいるものの、ちゃんと戻ってきた声に、ほっとする。返事の素早さから、それほど、深い穴じゃないんだろう。とにかく灯りをつけようと、手元を探る。パリパリと乾いたものが、手に触れた。岩場に貼りついてそのまま乾いてしまった海藻だろう。ないよりはましだろうと、火だねから海藻に火を移し、それを穴にかざす。穴の中に入れても火の勢いは変わらず、空気がしっかりとあることを示していた。こっちに風が通り抜けてるんだな、下に向かって流れて行く煙にそんなことを思っていると、「ちょ、ハチ、ごふぉ、っ」と咳きこみながら抗議の声が上がった。

「悪ぃ。なんか燻ってんな」
「げほっ、何に火を着けたのさ!?」

雷蔵の質問に俺が「海藻」と答えると、呆れたような非難めいたような雷蔵の声が届いた。

「さっき投げた松明なら、今の場所から申へ25歩の所で見たよ」



***

「な、どうしたんだ」

どうにかこうにか寝泊まりしている館まで帰ると、呆気に取られたような三郎と兵助が俺たちを出迎えた。まだ僅かに昼の明るさが残る蒼の空に気付かなかったけど、どっくに夕飯の時刻は過ぎていたようで。「夕飯取っておいたけど、食うよな」という兵助の有難い言葉が身にしみる。着替えもそこそこに夕飯にありつこうとした俺に、とっくの昔に戻っていたのだろう、こざっぱりとした体の三郎が「お前ら、水浴びしてこいよ」と呆れた眼差しを向けた。

「そんなにボロボロか?」
「海かどっかで自分の顔、見て来いよ、酷いありさまだぞ」

俺の問に兵助は首にかけていた手拭いを投げ寄こした。傍にいた三郎がからかう様に付け足す。

「まぁ、ハチの髪の毛は前からだけどな」
「うわ、ひでぇ」

それ以上まぜっかえす気力もなく、泥のような体を引きずって俺達は井戸へと向かった。



***

「んで、そんだけボロボロになったと、」

食べながら事の顛末を説明してたから、握り飯を頬張りながら「ほーゆーほと」と頷くと、雷蔵も口に入れていたものを飲みこんでから「ホント、無事に帰ってこれてよかった」と掠れた声で呟いた。すでに食べ終わっていたためにお茶を飲みながら俺達の話に付き合っていた兵助が労わるように相槌を打つ。

「あぁ、そっか。初めての所は苦手だっけ、雷蔵」
「うん。一回行ったところなら良かったんだけどね」
「で、その後は、その落ちた洞窟を通ってきたのか?」

三郎の方は洞窟に興味津津といった感じで訊ねてきた。

「おぉ。あいつらに遭遇するの嫌だったからな。とにかく方角だけ考えて歩いて。そしたら、途中で、最初の洞窟に繋がっててさ。そっからは、雷蔵が道を全部覚えてたから、早かったけど、こんな時間になってたとはなぁ」
「ホント、ご飯、残しといてくれてありがと。で、そっちは、何か手掛かり見つかった?」

探りを入れようとしたのだろう、雷蔵が聞くと「え、手掛かりって、何の?」と兵助がボケたことを言った。

「何のって、課題のだよ。二人一組で対抗の」
「……あぁ、そのことか、そのことだったら特になかった。な、兵助」
「あ、あぁ」

三郎と兵助が一瞬、顔を見合わせたのは分かったけど、どうせ二人のことだ。手掛かりを見つけた所で、対抗相手に素直に教えてくれるわけがない。とりあえず「ふーん」と頷きながらも、明日への闘志を密かに灯した。

(ぜってぇ、こいつらには、負けねぇ!)



 
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