「乱太郎っ!」

つり橋を渡ろうとしていた私の背後から、鋭い声が飛んできた。振り返ると緊迫した表情で私を見つめる金吾が立っていた。橋の板が風に吹きさらされ、鈍く軋む音が耳を突く。

「金吾?」
「そのまま、」
「え?」
「そのまま、ゆっくり、下がって」
「何で?」
「いいから早くっ」

その剣幕に、そのまま彼の言葉に従い、足をゆっくりと後ろに押し下げた。



***

「このつり橋、板が腐ってる部分があってさ。それで、用具委員会に修理を頼んでたきた所だったんだ」
「そうだったんだ。ありがとう」

“危険!渡るな”と書かれた看板を渡り口に立て掛けると、手慣れた手つきで金吾は縄で結わえた。迂回路を案内してくれる、という彼の言葉に甘え、一緒に連れ立って歩く。冬でも葉を落とさない木々が頭上を鬱蒼と覆っていて。
不気味な鳥の叫び声が、響いた。

(金吾と一緒だと、なんか心強いなぁ)

随分と身長の高くなった彼を、見上げそんなことを思う。

「珍しいな、こんな裏裏裏山まで、来るなんて」

そう言った金吾は私の背負っている籠を見ると、「薬草採りか」と納得した面持ちで言った。今から取りに行こうとしている薬草の名を彼に告げる。すると、普段から、よくお世話になっている薬草だからだろうか、すぐに分かったようで。

「それって、打ち身の時に湿布にして貼ってくれるやつだろ?」
「うん。それ」
「それって、学園の周りに生えてないっけ?」

首を傾げて、金吾は問い返してきた。

「それが、採りすぎちゃってさ。育つまでしばらく掛りそうだから」
「ふーん。大変だな、保健委員長も」

だんだんと険しさを増していく山道に、少しずつ息が上がるのを感じる。
足の速さは金吾に負けない自信があるけれど、こういった道なら金吾の方が得意だろう。毎日のように、裏裏裏…いくつ裏が付くのかは知らないけれど、とにかく裏山まで走ってるのだから。

「いつもなら、取り置き分が少なくても、気にしないんだけど…もうすぐ臨時予算会議でしょ」

私の言葉に、金吾が天を軽く仰ぎ、それから眉を潜めた。私もこの前の予算会議の惨状を思い出し、つい、陰気な溜息が零れる。各委員が提出した予算書と会計委員が斬り捨てて、大騒ぎとなってしまって。

(医務室が満床とか、本当に勘弁してよ)

「あー。一回でいいから、平和に終わってほしいよね」
「そりゃ無理だな。こないだ三治郎と兵太夫が、何か本を囲んで相談してた」
「…団蔵も災難だね」
「まぁな。…けど、保健委員も予算削られると困るだろ?」
「もちろん。どうしても、この辺りじゃ手に入らない薬草もあるし。ただ、医務室の薬草を使うのって、うちのクラスが一番多いんだけど」
「そうなのか?」
「みんな血気盛んだからね。なんで、あーも大人しくできないかなぁ。こないだも、誰かさんは怪我の翌日に体が鈍るからって刀を振るってたよね」

じとり、と視線を送ると、金吾は慌ててあさっての方向に顔を背けた。

「安静にできないなら、下剤でも盛って、無理やり安静にさせるよ」

凍りついたような金吾に、慌てて手を横に振って、「冗談だよ」と否定する。

「乱太郎が言うと、冗談に聞こえないんだけど」
「そぉ? そんなことないよ」
「乱太郎には、みんな頭が上がらないからなぁ」
「その割に、全然、人の話聞いてない気がするんだけど。一応、保健委員長として注意してるのに、ちっとも守ってくれないし、無理するし」

もう分別もつく年齢なのだから、と行動を制限することまではしないし。体のことは自分自身が一番分かっているはずだ、とは思ってはいるのだけれど。それでも、その後、貧血で倒れたり、怪我が増えたりするとやりきれない思いになる。

(何のための保健委員長なのか、って)

黙り込んだ私に、「みんな無茶するの好きだからなぁ」と金吾が呟いた。彼に浮かんでいた苦笑いが、私にも伝播して。愚痴めいた気持ちが、苦笑に代わる。

「本当に無理しちゃいけない時は、乱太郎が下剤入れてでも止めてくれる、って皆思ってるからなぁ」
「え?」
「保健委員長としてだけじゃなく、仲間としてさ」

金吾の言葉に、今度は自然と唇がほころんだ。

「そうだね」



(「けど、やっぱり予算会議で怪我人が出るのはどうかと思うんだけど」)




 

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